第549話 成都入城

 入城した十五分後、双魔とアッシュは二人並んで椅子に座っていた。勿論、その横にはティルフィングとアイギスがいる。鏡華はイサベルとロザリンの付き添いで別室に通されている。


 「……ねえ、双魔」

 「ん?なんだ?」

 「王様のお部屋ってさ…………部外者がこんなに簡単に入っていいものなのかな?」

 「……ん、普通は駄目だな」

 「ってことはさ……普通じゃないってことかな?」

 「それは……この状況がか?それとも……」


 双魔がアッシュの顔を見ると、「ノーコメント」とでも言いたげに顔を逸らされてしまった。


 アッシュが戸惑うのは仕方がない。何せ今回来ている面子で現在進行形で王宮仕えをしているのだから。アッシュはブリタニア王国国王の寝室など入ったことがないのだろう。多分。


 しかし、今、双魔たちは紛れもなく蜀王、劉具白徳のプライベートな部屋に通されていた。そして、初対面のこの国で最も上位に存在する王は……。


 「いい感じに蒸れてきたかなー?あ、もう少し待ってね。大丈夫、だいじょーぶ!ちゃんと全員分用意してるから!」


 機嫌が良さそうに、普通の王はしないであろう客人たちの茶の準備をしているのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 時間は少しだけ遡る。


 鏡華たちと合流した後、双魔たちは恙なく成都城へと到着した。「正門からは避けた方が良い」という太公望の言に従って、裏門から入城を試みた。少しは守備兵と問答があると思ったのだが……。


 『関将軍!お戻りになられたのですね!』

 『関将軍!それに……貴方様は!!?』


 一般兵に朱雲が顔パス。部下の報告を聞いて出てきた上官は大公望の顔を見るや、恐縮していた。他にも、鏡華たちを迎えに行っていた精鋭部隊の存在もあって城門は無事に潜ることができた。ここで少し説明しておくと、中華の“城”は日本や西洋のそれと違い、高い壁で覆われた都市そのものだ。分かりやすく例えるならば、平安京は一つの城であると考えてくれればいい。


 よって次に目指すべき蜀王の座所まではそこそこ距離がある。が、そこは四不象と車両で移動するので大した問題ではない。さらに朱雲と大公望の顔パスが凄まじい威力を発揮し、あれよあれよという間に謁見の間を一足飛びに蜀王の私室にまで来てしまった、という感じだ。


 「さてさて!お茶が入ったよ!お茶請けは桃饅頭!遠慮せずにどんどん食べてくれて構わないよ!」


 卓に招いた客人たちに茶を配り終えると、何処から取り出したのか、湯気の上がるホカホカの大きな桃饅頭が大量に載った皿をどん!と卓の真ん中に置く。


 「ソーマ!ソーマ!」

 「ん、いただきますしてからな」

 「うむ!いただきますだっ!!はむっ!ハフッ!ハフッ!」


 ティルフィングが早速手を合わせて桃饅頭に齧りつく。それを劉具は嬉しそうに見ていた。


 「いい食べっぷりだねー!まだ、全員揃ってないけど、はじめようかな!えっと、君が伏見双魔君だね?君の話、聞いているよ!違う用件で来てもらったのに、こんな状況で悪いねぇ」

 「いえ、予測できない事態のようでしたから、仕方ないことです」

 「私のことは気軽に白徳と呼んでくれて構わないよ。あ、姉上でも全然いいから!」


 双魔は改めて、すまなそうに眉を曲げる目の前の女性を見据えた。それだけで分かる。彼女は紛れもない王だった。纏う雰囲気がそうだ。柔和な笑顔の奥に強烈な意志とカリスマ性を秘めている。ついでに身体的特徴にあえて触れるなら、二十代半ばくらいの美人だが、耳が大きく腕が長い。彼女の祖先である劉備玄徳もそんな見た目をしていたらしいので遺伝なのかもしれない。


 劉具の後ろには見目が同じで身長の異なる男女が控えている。あれは契約遺物に違いない。


 劉具、いや白徳はニコニコと楽しそうに言った。双魔が自分を観察していることには気づいているに違いない。


 「隣がアッシュ=オーエン君、君の話も聞いているよ。申し訳ないけど力を貸してくれると嬉しいな?」

 「はい!若輩者ですが、“聖騎士”としての使命を果たしたいと思います!」

 「いやー、私は幸運だよ!頼もしい味方が異国から沢山訪れてくれた!朱雲に感謝しなきゃ!入っておいで!翼桓ちゃんと子虎も!」

 「はいっ!失礼します!」


 白徳に呼ばれて、城の幹部を呼びに行っていた朱雲は元気な返事をして入ってきた。その後ろには女装をした屈強な巨漢と、何処かで見覚えのある切れ長の目の美少年が続く。さらにその後ろから両名の契約遺物らしき者が続いてきた。


 「久しぶりだな」


 切れ長の目の少年が双魔とアッシュに笑いかけてきた。双魔はその顔に覚えがあった。アッシュもだ。


 「アンタは……」

 「あー!“選挙”の時、アメリアちゃんに負けた!!」

 「その覚え方はよしてくれ……レスリー=ヂャオ、またの名を趙雨、字は子虎だ。今回はよろしく頼む」


 アッシュの失礼な思い出し方に苦笑いを浮かべたレスリー改め子虎は手を差し出してきた。二人はしっかりとその手を握る。


 「子虎が君たちの話を聞かせてくれたんだよ。子虎の紹介はいいかな。あとは、翼桓ちゃんだね。はい、自己紹介!」

 「ええ!姉上!はじめまして!俺の名は張翔、字は翼桓よ!遠慮なく“翼桓ちゃん”って呼んでくれて構わなくてよ!!こっちは相棒の蛇矛!」

 「よ、よろしくお願いします」

 「よろしくお願いする……翼桓殿」

 「あん!釣れないわね!」


 身をくねらせる翼桓の迫力にアッシュは完全に飲まれていた。お陰で双魔は冷静さを取り戻して接することができた。それにしても凄い迫力だ。契約遺物の蛇矛の方が契約者に見えてもおかしくない。


 「ここに朱雲ちゃんと私を合わせた四人がこの城の主力。精鋭部隊のみんなも頑張ってくれるけど、相手は宝貝と謎の力を持つ叛乱軍の首魁……君たちが来てくれて本当に幸運だったよ……太公望様、説明は……」

 「ひょっひょっひょ!既に済んでおる。それではな、儂ができるのは封神のみ。見守っている故、決してしくじるでないぞ。ああ、茶は美味かった」


 太公望は白徳の淹れた茶を飲み干すと席を立った。そのままひらひらと手を振ると空気に溶けるように姿を消した。


 「さて、朱雲が双魔君と協力して五王姫の一人を倒してくれたのはもう聞いてるよ。朱雲、よくやったね。双魔君もありがとう」

 「いえ!双魔殿のお陰で拙は……」

 「いや、白徳殿、貴女の義妹は素晴らしい遺物使いだ。俺はそう思う」

 「っ!ありがとう……ございます……」

 「うーん……やっぱりね?」


 双魔に褒められて照れる朱雲を見た白徳は意味深に頷いていたが、誰も何に納得しているのかは訊ねなかった。今はもっと重要なことがある。


 「残りの五王姫、四人のうち一人の宝貝は分かってるんだ。降魔杵といってね、知ってるかな?」

 「降魔杵……仙人韋護の遺物ですね?」

 「アッシュ君は噂通りの博識だね。うん、その通り。でも他の三人とはまだ交戦していないんだ……なにせ、落とされた城の守将はみんなやられてしまってるから、情報が入ってきていないんだ」


 白徳はあっけらかん言ったが、朱雲、翼桓、子虎は沈痛と義憤の綯交ぜになった表情を浮かべた。主の代わりに悼み、怒っているのだ。


 「それに加えて、洪仁汎だ。こちらは何もかもが不明。手の打ちようがない」

 「…………つまり、戦況はどちらかと言えば危うい」

 「双魔君、君、言いにくいことをズバリと言うね?まあ、でもこの状況じゃあ必要な判断だ。君、将軍の才能もあるよ」

 「そんなことは……」

 「本当のことなんだけどね?とは言え、この城は絶対死守だ。そうじゃなきゃ、この波乱は世界に広がりかねない。より多くの人が苦しむ。それは望まない。だから、打って出ようと思うんだ。幸い敵が目の前にいることは分かってる……戦力は整った。だから……」


 「先手必勝」。白徳が立ち上がり、そう言おうとしたその時だった。部屋に一人の武官が飛び込んできた。


 「白徳様!関将軍!張将軍!趙将軍!大変です!五王姫を名乗る四人が城門前で宣戦布告をっ!!」

 「……やられたね」

 「ついに来やがったわね!!!やぁってやるわぁぁぁーーー!!!!」


 室内に緊張が走った。先手を取られた白徳は渋い顔を浮かべた。これまで煮え切らない戦況に鬱屈していたのか、翼桓は思い切りガッツポーズをしていた。


 「……仕方ない、受けてたとう!!賊軍は一歩たりとも!成都城には入れない!!」


 蜀王、劉具白徳。彼女に仕える三人の遺物使い。そして、異国からの来訪者。彼らの心は一つとなった。己の治める国を守るため。世界の秩序を保つため。決戦は中天に日が昇ると同時に幕が落とされた。

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