第544話 ”青龍波導”

 一方、双魔に啖呵を切った朱雲は右手に青龍偃月刀を握りしめ、大の字で衣をはためかせながら目下に広がる広大な森を見下ろしながら降下していた。


 「青龍!やりますよ!」

 『今更ながら……お前に全てが掛かっている。自信のほどは?』

 「っ!大丈夫です!やって見せます!双魔殿たちに拙たちの力をお示しする良い機会です!」

 『その意気やよし!』


 青龍偃月刀から迸る青緑の剣気が朱雲の身体を包み込む。そのまま、両の目を閉じて身体中に剣気を漲らせる。初動で力を爆発させるのが肝心だ。


 朱雲は静かに深呼吸を二度繰り返し、目を見開いた。桃色の美しい瞳が森を縫うように流れる川を捉える。


 「“青龍波導”壱式“水操円舞”っ!大いなる青東帝の名の下に馳せ参じよ!!」


 朱雲は両手で青龍偃月刀の柄を高速回転させながら周囲一帯に剣気を放散させる。


 ザッ……ザザッ……ザザザザザザザザザザッ!!


 すると、剣気に引き寄せられるように森の清流が宙に浮かび上がり、渦巻きながら朱雲の下へと集まってくる。そも、青龍偃月刀は関羽の残した遺物であるが、その名と力は、関羽が鍛冶師に偃月刀を打たせている際に青龍が炉に飛び込んできたのが理由である。青龍すなわち神の力をその身に宿した青龍偃月刀は青龍の権能を有する。ゆえに水を眷属として操ることができるのだ。


 トプンッ!ぴちょんっ!


 朱雲は宙に出来上がった水塊、長さは数キロ、幅は二百メートルにも及ぶそれは、まさに宙に浮かぶ河と言っても過言ではない。朱雲がその上に降り立つと小さな波紋が大きく、大きく広がっていく。


 「準備完了です!双魔殿はっ!」


 上を仰げば、墜ちてくる機体が目に入った。両翼が紅氷、ティルフィングの剣気に包まれて宝石のように輝いている。


 『あちらは上手くやったようだ。朱雲、気を抜くな。我らはここからが本番だ』

 「分かっています!青龍も頼みます!」

 『言われるまでもない。ゆくぞ!』


 朱雲は青龍偃月刀を一度大きく振ると下段に構えた。すると、水塊が朱雲の意思に従って移動しはじめた。長さを大きくとっているので、水塊自体は飛行機が墜落してくるであろう位置の真下には到達している。その位置に余剰分の水を集中させ、完全に飛行機を受け止め切らなくてはならない。


 飛行機は朱雲がいる地点よりもう少し先に墜ちてくると見える。水面を高速で滑るように進む朱雲に付き従って水が動く頭上の機体は機長が上手くコントロールしてくれているのか、一定の速度と軌道を描いて高度を下げてきている。しかも、予想される落下地点は丁度、森の中にぽっかり空いた半径一キロメートルほどの草原地帯。運が味方したとしか言いようがない。


 (しかし、まだ油断はいけません!っ!?まさか!!?)


 朱雲が緩みそうになった気を引き締めたその直後だった。今度は朱雲にも分かった。肌を突き刺すような感覚。視界にも白色の光が機体目掛けて飛来するのが確認できる。狙撃手が二射目を放ってきたのだ。


 ビギャン!バシュウーーー!


 とはいえ、今度は予想済みの事態だ。真装を纏ったアッシュがアイギスの障壁と周りを浮遊する小さな盾を操って狙撃を完全に無効化していた。


 「あれが………アッシュ殿とアイギス殿の真装……」

 『お前もあれくらいできるようになってもらわねばな』

 「がっ、頑張ります!っと、もうすぐです!」


 アッシュの技量に思わずポカンと口を開けてしまった朱雲は青龍偃月刀の突っ込みで我に返ると最終的な立ち位置に到着した。目前に迫った飛行機の真下には水が満ち満ち、そのまま着水する。


 ザッバーーーーーーン!!!!


 凄まじい音と水飛沫を上げて巨大な鉄の塊が朱雲が形成した水塊に落ちた。


 「くっぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーっ!」


 朱雲は剣気をコントロールして水面を滑る機体の進む先に水を回しつつ、勢いを削っていく。やがて、飛行機は動きを完全に止めた。その位置は原地帯からはみ出る瀬戸際。朱雲が主体となった。不時着作戦は無事、成功をおさめたのだ。


 『気を抜くのは早い。機体を下ろしつつ、従ってくれた眷属たちをもとの場所に戻してやらねば』

 「っ!そうでした!えいっ!ご苦労様でした!」


 言われた通りに朱雲が青龍偃月刀を振ると水が徐々に機体を草原の上に着地させる。そして、そのまま青緑色の剣気に誘われるように、水は森の中の清流へと帰っていった。


 ビギャン!バシュウーーー!!


 そのタイミングで三射目が飛来したが、まともアッシュとアイギスが完全に打ち消した。


 「朱雲!」

 「双魔殿!」


 またも思わず呆気に取られていると、双魔がこちらに走ってきた。その右手にはティルフィングを握ったままだ。燐灰の瞳が真っ直ぐに朱雲を見つめている。


 「よくやってくれた!が、これで終わりじゃない。鏡華が狙撃手の位置を特定した!ここから東南東九十キロ地点だ!ソイツを仕留めなきゃ、このまま撃ち込まれるばかりだ!アッシュにも限界があるからな……」


 双魔の言うことはもっともだ。そして、その眼差しには信頼と、期待が込められているのが朱雲には分かった。この状況で朱雲に狙撃手の位置を教えてくれたということは…………


 「双魔殿は……拙の力を知っているのですか?」


 朱雲の問いに、双魔は頷いた。朱雲の胸に浮かんだ疑問はそれで晴れた。嫌な気持ちは微塵もない。双魔が博識なだけで、何より付き合いの短い、一方的に蜀に来て欲しいと頼んだ自分の力を信じてくれているのだ。それが、朱雲の胸を打った。


 「朱雲、お前さんはあの関帝の末裔だ。遺物ってのはそれを手にしていた英雄の力や逸話も解技や真装に昇華しうる。つまり、朱雲、アレを使うのは今だ!」

 「……っ!分かりました!双魔殿もご一緒に!」


 温かな思いを燃やして、朱雲は双魔にその手を差し伸ばした。双魔はその、自分よりも小さな力強い手を取るのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る