第542話 “翔風・死の雲竜柳”、不発

 約一分前。機体後方のハッチを開いて上に機体の上に飛び出たロザリンは上空で巻き起こる強烈な突風に若草色の髪を靡かせながら、鏡華の言った十時方向を見据えた。緊急事態だ。既に奥の手の真装”我が名はクーフーリン・クランの猛犬エ・モ・アインム”を発動している。翡翠の瞳はすぐに青い軌跡を捉えた。こちらに真っ直ぐ向かい来るそれは、鏡華の言っていた狙撃に間違いない。


 「ゲイボルグ、いくよ」

 『いくよ……って、ロザリン!本当に大丈夫なんだろうな!?』


 槍姿のゲイボルグが声ロザリンに握られたまま声を荒げる。これもまた珍しい。ゲイボルグはロザリンを気遣って確認する体を取っているが、ほとんど制止に近い呼びかけだった。が、目標をその目に捉え、皆が乗るこの機体を守るという覚悟を決めたロザリンには届かない。既に投擲の姿勢に入っている。


 「”翔風トニトゥルス死のボルグ・雲竜柳ドラグ・ウィロウ”……っ!」


 速度と鋭利さに特化した解技。しかし、ロザリンの手をゲイボルグが離れるその瞬間、僅かにロザリンの姿勢が崩れた。


 『言わんこっちゃねぇ!』

 「うう……お腹減った…………」


 ロザリンは栄養補給の途中で飛び出してきたのが仇になった。ロザリンはその圧倒的な強さと引き換えに燃費があまり良くない。少し動くのにも大量のカロリーを消費する。それがロザリンが大の健啖家であり、かつスリムなボディを保っている理由だ。満腹にならない状態のまま真装を発動し、その上、解技を放ったために踏ん張りがきかなかったのだ。


 ヒュッ!


 ゲイボルグは「ほら見てみろ!」と文句を言いながら、全力時より数段劣る勢いで射出された。その直後、アッシュとアイギスの障壁が展開される。そして、障壁の向こうで青い軌跡と深碧の一条が衝突した。


 ギャリンッ!ズドンッ!ドガァァァァーーーーン!


 威力の足りない“翔風・死の雲竜柳”は狙撃を相殺するには至らず、軌道を逸らすだけにとどまった。しかも、運が悪いことに、そのせいでアイギスの障壁からずれて右翼のエンジンを破壊されてしまったのだ。


 クルクルと回転しながら機体の上まで戻ってきたゲイボルグは空中で犬の姿に戻ると、そのまま膝をつくロザリンの傍へと飛び込んだ。真装は既に解除されている。


 「おいっ!ロザリン!」

 「私は大丈夫……でも、私のせいで飛行機が…………」

 「あいつらを助けたいって気持ちは汲むが、無茶はやめろ!この様だ!よく分かったろ!」

 「……うん」


 ロザリンはゲイボルグに叱られて、真装を発動後にしばらく生えたままの犬耳をぺしょっと曲げて落ち込んでいるようだった。


 「ロザリンさん!ゲイボルグ!」


 そこにアイギスを手にしたアッシュが駆けてきた。心配そうな表情を浮かべている。


 「悪いな!しくじった!俺はロザリンを下に連れてく!ここは任せていいか?」

 「うん!任せて」

 『後始末と警戒は任せておきなさい』


 ゲイボルグは器用にロザリンを背中に背負うとハッチから機内へと姿を消した。


 「このまま二射目は避けなきゃ!着地は双魔たちがどうにかしてくれるとして…………」

 『万全を期した方がいいわ。真装を解放。二重の“スパイラ”。外の一枚で射撃の位置を確認。二枚目と小盾(ユニット)で無力化。それでいいわね?』

 「うん!分かった!真装解放!”破邪のアマルティア雲羊聖鎧・アスピダ”」


 アッシュはアイギスの提案通り、真装を発動すると堕ち行く機体を二重の巨大な“球”が包み込んだ。白亜の鎧を纏ったアッシュの周りを浮遊する小盾もいつでも対応できる。


 (双魔っ!あとは頼んだよ!)


 親友への信頼を胸に、アッシュはアイギスを強く握りしめ、一射目が飛来した雲の向こうを睨みつけるのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「っ!双魔殿!広い水場はありませんが、細い川が何本か流れています!これだけあれば……拙と青龍で何とかします!不時着できるはずです!」


 どうやら双魔が指定した通りの場所はないらしい。しかし、朱雲の後ろで腕を組んでモニターを眺めていた青龍偃月刀も力強く頷いた。二人の力はまだ見ていないが、事態に猶予はない。双魔は朱雲と青龍偃月刀を信じる決意を固めるとすぐに動いた。


 「ん!分かった!今からこの機体を地上に近くまでに転移させる!」

 「なっ!?そんなことができるのですかっ!?」

 「できるかできないかで言えばできる」

 「……双魔」


 朱雲は双魔の返答を聞いてポカンと口を開けて驚いている。呼ばれて鏡華の方を見ると、暗褐色の瞳が真っ直ぐに双魔を見つめていた。


 「無理はしない。師匠に修行もつけてもらったし、大丈夫だ。イサベルを頼む」

 「うん。こっちはこっちで何とかするわ」


 双魔が左手で頬に触れると、鏡華は少し微笑んでくれた。右腕で抱いていたイサベルを鏡華に委ねると、視線をそのままティルフィングとレーヴァテインに移す。


 「ティルフィング、行くぞ。レーヴァテインは鏡華たちを頼む」


 レーヴァテインの拘束から逃れ切れていなかったティルフィングは双魔に声を掛けられると、「義を得たり」とばかりにレーヴァテインの腕の中から飛び出し、そのまま双魔の腕に抱きついた。


 「うむ!任せておけ!おい!レーヴァテイン!ソーマの言う通りにするのだぞ!」

 「あぁ!お姉様……分かりましたわ……双魔さん!勘違いなさらないでください!私はお姉様の言いつけを守るだけですからね!」

 「ああ、それでいい」

 「なっ!?なんですかその雑なお返事は!」


 レーヴァテインはお冠だが敢えて無視する。文句は無事に着陸できてからいくらでも聞ける。


 (……ここからは一手も間違えられない)


 命懸けの不時着劇が今、幕を開ける。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る