第541話 狙われた特別機
蜀到着まで一時間を切った機内は張り詰めたような空気……ではなく、楽し気な空気だった。
「まさか双魔殿のお師匠様がそのような凄いお方だったとはっ!双魔殿の強さにも納得です!それに…………双魔殿も……その、素敵ですね!」
思い詰め表情で見るからに余裕のない朱雲を気遣って、双魔は気晴らしにアジ・ダハーカの神殿であったことや、やり取りを話してやっていたのだ。
初めは気もそぞろだった朱雲も話を聞いているうちに段々と夢中になっていった。アジ・ダハーカについてはあまり知らなかったようだが、青龍偃月刀やアイギス、ゲイボルグが双魔に会いの手を入れて説明をしてくれたので、朱雲も話を理解できたようだ。話を聞き終えた朱雲は興奮しながら、何故か顔を赤くして両手で頬を押さえている。
「……また、僕には秘密にしてた」
一方、アッシュは不満げだ。アジ・ダハーカのことを話していなかったのがお気に召さなかったらしい。下手に声を掛けると火に油を注ぎそうなので双魔は敢えて何も言わない。思うところがあるのか、アイギスがアッシュの頭を撫でて宥めている。
「むぐむぐむぐ……ごくんっ……足りない」
「ヒッヒッヒッ!中華のエールってのも中々いけるな」
ロザリンはアジ・ダハーカのところでかなり体力を使ったらしく、栄養補給中だ。ロザリンの周りには機内の今すぐ食べられる分の食料が客室の一角を占拠している。隣ではゲイボルグがちゃっかりエールを相伴している。
「……スー…………スー……」
「イサベルはんが一番疲れたみたいやね……けったいなこと、耐え切ったんやろね」
賑やかにしている面子はこれくらいで、イサベルは双魔の肩を借りて穏やかな寝息を立てていた。気力体力、共にかなり消費したらしい。マグスとダエーワと楽しそうに話をしていたが、ここに戻ってからは気が抜けてしまったのか、ふらついていたので少し休むように双魔が言ったのだ。すると、すぐに寝てしまった。鏡華は労うようにイサベルの紫黒色の髪を指で梳いている。
「お姉様ぁぁ……うぅぅ……ぐすっ……ぁぁぁ……」
「そろそろ離せっ!ぐぐぐっ……力が強いっ!」
やっと落ち着いてきたようだが、レーヴァテインはティルフィングにまだ抱きついていた。見た目がそっくりで大きい方のレーヴァテインが小さいティルフィングに抱きついて泣きじゃくっているのは少しおかしく、微笑ましくもある光景だが、ティルフィングがそろそろ我慢の限界のようだ。
(……そろそろ、ティルフィングを助けてやらないとな……)
双魔が姉妹剣を見て苦笑を浮かべたその時だった。
「っ!?玻璃っ!!」
「…………ふ……む……」
鏡華が突然勢いよく立ち上がった。目を大きく見開き数瞬前までの穏やかな表情は掻き消え、切迫した表情に切り替わった。鋭い声で呼ばれた浄玻璃鏡も鏡華の意図するところが分かっているのか、すっと立ち上がった。
「鏡華?」
「双魔!来るっ!この飛行機、狙われてる!」
「何っ!?」
「むぐむぐ……ゲイボルグ」
「あ!おい!ロザリン!お前まだ……チッ!双魔!アッシュ!フォロー頼むぞ!」
鏡華の言葉にいち早く反応したのはロザリンだった。手にしていた肉まんを口の中に詰め込むと客室から飛び出ていった。ゲイボルグも珍しく慌てた様子でロザリンを追う。この飛行機は特別な機体だ。機体の上に出るハッチがある。そこに向かったに違いない。
「アッシュはん!アイギスはん!十時の方向!上から来るっ!強い障壁やないと防がれへんっ!二十九秒後!備えて!」
「う、うん!分かったっ!」
アッシュはすぐに盾に姿を変えたアイギスを構えて機体の外、鏡華が指定した座標に障壁を展開する。
「双魔は防ぎきれなかった時に備えて!狙撃手は……地上にいる!」
「ん!」
浄玻璃鏡は現在と過去を見通す鏡。故に感知能力が非常に長けている。上空四万フィートを飛行するこの飛行機が狙われていることに気がついた。感知能力という点ではロザリンも高いが、こちらは嗅覚と聴覚によるものだ。今の状況では気づかなかっただろう。鏡華と浄玻璃鏡が気づいたことにより、双魔たちは九死に一生を得ることとなる。
「朱雲っ!」
ズドンッ!ドガァァァァーーーーン!ガタガタッ!ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!ビーッビーッ!ビーッ!
双魔が朱雲に呼び掛けた瞬間、外から嫌な轟音が響き渡った。強力な何かが起こした貫通音と爆発音。ザッハークが現れたときとは比べ物のにならない警報音と赤灯が客室内を満たした。
「っ!ごめんっ!向こうの軌道が逸れた!」
『こちら機長っ!関将軍!皆さまっ!右翼エンジン二機!何者かによって破壊されましたっ!!このままでは墜落しますっ!』
この飛行機には一般人は乗っていない。故に機長は勇気を以て客室にいる朱雲たちに報告をした。
「アッシュ!二射目を喰らったら不味い!ロザリンさんも頼むっ!」
「うん!名誉挽回するよっ!アイッ!」
双魔の指示にアッシュはアイギスと共に機体の上へと向かう。双魔はまだ目を覚まさないイサベルを抱き寄せると視線を朱雲に移した。
「朱雲!この近くに不時着できる湖はあるか!?河でもいい!」
「っ!機長っ!」
『はい!空域周辺の地図です!』
客室の大きなモニターに地図が映され、朱雲は齧りつくように、決死の表情で見る。黒煙を上げ、堕ち行く機体の運命はまだ、定まっていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます