第540話 笑う白徳

 「翼桓ちゃんお疲れ様―!大きな声出したからねー、まずは喉を潤してよ」

 「まあ!姉上、気遣ってくれてかたじけないわ!いただきます!」

 「すまんな……ふぅー……ふぅー……」


 呼び出しを受けて王の私室に入った翼桓を迎えたのは敬愛する姉貴分が用意してくれたお茶だった。喉にいい蜂蜜入りの逸品だ。礼を言って椅子に座ると早速いただく。もちろん、蛇矛の分も用意してある。翼桓は一気に流し込んだが、蛇矛には少し暑かったのか、だらりと垂らした長い舌をチロチロ揺らすと、息を吹きかけて冷ましはじめた。


 「白徳様」

 「うん、また来るかもしれないからね。手短に話そう。ちなみに、今日の相手も同じだったが?」

 「ええ、黄衣の子と降魔杵ごうましょだったわ」


 “降魔杵”、中華の神仙大戦争を記した『封神演義ほうじんえんぎ』に登場する宝貝ぱおぺえの一つだ。”宝貝”とは神話級遺物の中華での呼び名である。降魔杵は太公望側に味方する韋護いごという仙人の宝具で、使い手の手の中では草のように軽く。敵にぶつかると泰山のように重くなるという権能を有する。


 翼桓の報告を聞いて吐くときは頷いた。


 「そっか。軍師殿の陣のお陰で向こうの軍勢が成都圏内には入って来れていないお陰かな。他の四人が来ないのは……さて、これからのこちらの動きだよ。まず、子虎の報告に合わせて朱雲ちゃんたちを迎える部隊を全部で五隊出発させた。勿論、別ルートでね」

 「五隊も……ですか?」

 「太公望様の話だと、向こうには超長距離攻撃が可能な宝貝がいるみたいだからね。備えるに越したことはない」


 蜀を太公望が訪れたのは数日前のことだ。契約遺物の打神鞭と乗騎の四不象を伴ってふらりと朝議をしているところに現れた。


 『たっ、太公望様!?お飲み物を!すぐに!』


 来るとは聞いていたが、前触れがなさ過ぎて何の準備もできていない。白徳は慌てて傍にいた女官にすぐに厨房に行くように指示した。


 『ひょっひょっ!蜀王、達者か?』

 『はい!ようこそお越しに……』

 『うむ、伝えることを伝えたらすぐに去る故。ああ、安心せい。気遣いは受ける。喉も乾いておるしの?ひょっひょっひょ!』


 太公望は白髭を揺らして笑うと、早速用件を済ませた。話の内容は全部で四つ。


 一つ、中華のみで起こった内乱であるため、太公望を含めた仙人たちは基本的に介入できないこと。


 二つ、敵の首魁が洪汎仁という男であるということ。また、上帝天国を率いる洪仁汎は尋常ならざる力を有し、並みの遺物使い、道士では歯が立たないということ。民は彼を支持しているということ。


 三つ、強力な宝貝が五つ、仙界の宝物洞を抜け出して洪仁汎の麾下にある者たちと契約したということ。遺物使いの五人は全員女性であり、五王姫と称され上帝天国の主力を担っているということ。さらに、五つの宝貝の詳細も教えてくれた。


 最後に四つ。白徳たちの勝ち筋について。洪仁汎を無力化でき得る者は現状只一人。幸いにもその者は朱雲が扶桑の引き取り手として選んだ者であり、蜀に来るということ。その者の名を伏見双魔。彼の到着と協力の約束を取り付けるまではこちらから打って出ることはせずに、籠城に徹すること。


 『うむ、蜀の酒もなかなかの味。では、伝えることは伝えた。蜀王劉具白徳、お手並み拝見と行こうか。ひょっひょっひょ!』


 太公望は話を終えると、白徳の用意させた酒を一気に呷って、またふらりと去っていった。


 今、籠城を終え、打って出るべき時が近づいている。こちらの主軸となる翼桓には大いに猛って欲しい。子虎も同じだ。だから、白徳は二人を呼び出した。


 「朱雲ちゃんが帰ってきたらすぐに打って出るよ。翼桓ちゃんも、子虎も万全の準備をしておいて!」

 「オホホッ!もちろんよ!」

 「はっ!仰せのままに」

 「場合によっては私も出る」


 そう言った白徳に翼桓と子虎は反対の反応を見せる。翼桓は両手を合わせて満面の笑み。子虎は眉間に皺を寄せて不服な様子だ。


 「姉上と一緒に出陣できるなんて!俺の生涯の誇りになるに違いないわ!」

 「白徳様、貴方は王であらせられる。戦場に出るなど……翼桓殿も、ここは喜ぶのではなく諫めるところです」

 「子虎、姉上の決定に文句があるのかしら?」

 「ええ、大いに」

 「何ですってっ!?」

 「はい!そこまで!」


 主張をぶつけ、今にも身体までぶつけそうな翼桓と子虎の間に、白徳は割って入った。主に止められては二人共矛を収めるしかない。


 「私は場合によってはって言ったでしょ。まだ決定したわけじゃない。逸ると隙が生まれる。二人共落ち着きなさい!」

 「……はっ」

 「そっ、そうね!私ったら……悪かったわ」


 子虎は頭を下げ、翼桓も大きな身体を縮込ませて申し訳なさそうにする。白徳は丁度撫でやすい位置に来たので、翼桓のツルツルの頭を撫でてやりながら、視線を子虎に向けた。


 「それで?子虎は伏見双魔君とは会ったことあるんだよね?改めて、どんな子?協力してくれそう?」

 「はっ、協力を申し出れば断ることはないでしょう。歳は自分の一つ下ですが、遺物使いとしても、魔術師としても新世代で突出した存在であることは間違いなく……その上、かなりのお人好しと見ています。こちらに義があれば必ず、味方に着くはずです」

 「ふんふん……なるほどね。もう少し詳しく聞かせて?なーんか、ピンと来ちゃったかも」

 「は?……はっ!」


 子虎は、にんまりと怪し気に笑った白徳に戸惑いながら自分の知っている限りの伏見双魔についての話をするのだった。


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