第536話 緊急通信

 「っと!」


 一瞬の浮遊感と暗闇の後、足が突いた感触と共に、数時間前までいた飛行機の客室に視界が切り替わった。


 「「きゃっ!」」

 「っと!大丈夫か?鏡華、イサベルも」

 「うん……おおきに」

 「え、ええ、大丈夫。双魔君、ありがとう」


 足をつくときに少しふらついた二人を双魔は両腕で受け止めた。双魔を挟むように転移してくれていたおかげで間に合った。


 「戻ってきたみたい?」

 「来た時も一瞬だったが、不思議な魔術だな?」

 「ねー」

 ロザリンとティルフィングは無事に床に足を下ろすと空間魔術を不思議がっていた。

 「突然で説明もなくて悪かっ……」

 「双魔殿っ!!!」

 「っ!な!……どうした?」


 謝罪の言葉を終わらぬうちに朱雲が双魔の胸に飛び込んできた。切迫した表情に、泣きそうなのを必死に我慢しているような、花にかかった声だ。咄嗟に鏡華とイサベルが背中を支えてくれたおかげで後ろに倒れ込まずに済んだ双魔は、一拍おいて落ち着いてから声を掛けた。互いに慌てていては話にならない。


 「双魔殿……はっ!いけません!こういう時こそ落ち着かなければ……スー……ハー……よしっ!落ち着きました!ご説明いたします!双魔殿たちが留守にしている間に成都城から連絡がありました……拙も本国をしばらく離れていたせいで全部は把握できていないのですが……呉で起こった叛乱軍の首魁が彼の国を掌握。国号を上帝天国と改め皇帝を僭称……その後……その後……」

 「名はまだ判明していないが、僭帝は蜀都、成都に向かって侵攻を開始したようだ。目的は略奪か、支配か……定かではない。しかし、我らの守るべき民が、国が危機に瀕しているのだ。そして、我らは成都に向かっている……伏見殿」

 「双魔殿!無論!拙も、姉上たちも身命を賭して戦う所存です!けれど、敵は未知数!どうか!どうか!拙たちに力を……むっ!?」


 出会ってから今までの朱雲の様子を見るに、頑張って説明した方だとは思うが、状況整理が足りない。青龍偃月刀の言葉を加味しても、だ。このまま朱雲の感情を昂らせては益々話が混乱する。双魔は朱雲の唇に人差し指を当てて、一旦口を塞いだ。


 「落ち着け。乗り掛かった舟だ。俺が協力することは約束する。が、状況によっては難しいこともあるはずだ……兎に角、飛行機は目的地に向かってるんだろう?まずは俺たちがいなくなってから何が起きたのか聞かせてくれ」

 「はっ、はひ……えっと、ですね……」


 朱雲と青龍偃月刀、それに残ったアッシュにアイギス、ゲイボルグたちが双魔たちがアジ・ダハーカのもとへ行っていた間のやり取りを説明してくれた。時は少し遡る。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 『関将軍!』


 一瞬にして消え去った双魔たちに驚く間もなく、コックピットの機長からアナウンスが入った。その声は謎の魔術師が既に機内から去ったにもかかわらず緊迫したままだった。


 「機長落ち着いてください!謎の魔力は……」

 『いえ、そうではなく……』

 「まだ何か……むむむ?何だか熱いような…………」


 機長に声を遮られて、他に用件があるのかと確認しようとした朱雲だったが、客室の中が妙に暑いことに気づく。布に包まれていない肌が焦げてしまいそうなほどだ。


 「……ぇ……様……お姉様っ――――!!いったいどちらに行ってしまわれたんですのーーー!!」


 声に驚いて振り返ると、飛行機に乗ってから大人しくしていたレーヴァテインが突然声を上げて泣き出してしまっていた。目元に両手を当ててまるで子供のようだ。しかも、身体から蒼い剣気が漏れ出している。熱源は彼女に違いない。


 が、遺物たちは実に冷静だった。碁を打っていたはずのアイギスが座ったままアッシュとアイコンタクトを取ると、アッシュは頷いて素早く両の掌をレーヴァテインに向けた。


 一瞬、アイギスの白い剣気をアッシュは全身に纏った。


 「“球体スパイラ”!」


 鋭い声で解技を発動すると、レーヴァテインはアイギスの剣気の球体の中に閉じ込められた。剣気の漏出がそれで遮断された。余程大きな声で泣いているのか、泣き声だけは少し聞こえてくる。


 「ヒッヒッヒ!大好きなお姉様が突然いなくなったら無理もない、か。まだ少し暑いかもしれねぇが、少し経てば空気が入れ替わるだろうぜ。それより、朱雲の嬢ちゃん、用事は聞かなくていいのか?」

 「そっ、そうでした!機長!また、何かありましたか?」


 レーヴァテインと対処したアッシュとアイギスに気を取られていた朱雲の意識をゲイボルグの声が引き戻してくれた。慌てて朱雲は機長に問い返した。


 『はい!通信です!成都の趙将軍よりです!』

 「緊急!?すぐに繋いでください!」

 『はい!只今!趙将軍!関将軍に繋ぎます!』

 『朱雲か?聞こえているか?』


 (あれ……この声、何処かで……)


 聞こえてきたのは若い男の声だった。緊急通信といいながら実に落ち着いた声だ。それだけで連絡役として適任であることが窺える。ただ、アッシュはその声を聞いて首を傾げた。何処かで聞き覚えのある声だったのだ。しかし、アッシュは蜀に知り合いはいない。思い出そうと唸る横で朱雲と通信相手の会話は進む。


 「はい!子虎殿!聞こえています!緊急事態ですかっ!?もしや、姉上の御身に何か……」

 『青龍偃月刀殿もおられるか?』

 「勿論いる」

 『それは良かった。事態を伝える前に朱雲が暴れぬようにしっかりと押さえておいていただきたい』

 「……承知」

 「拙を?青龍?あいたー!たったたたたたーー!何をするんですかー!」


 何かを察したのか青龍偃月刀は朱雲を背後から羽交い締めにすると思いきや、思いっきり両腕の関節を極めた。朱雲が素っ頓狂な悲鳴を上げる。それを見てゲイボルグが楽しそうに笑っている。


 「子虎、準備が整った。申すがいい」

 『かたじけない。現在、成都城は賊軍から襲撃を受けている』

 「っ!!?何とーーー!今すぐ援軍に向かっ……いたたたたーーーー!!」


 案の定、慕う姉貴分と祖国の危機を耳にして、無謀にも搭乗口に走り出そうとした朱雲を青龍偃月刀がしっかりと抑え込んだ。今は上空四万フィート、いくら遺物使いであっても落ちればただでは済まない高度だ。しかも、まだ蜀の空域には達していない。


 「愚か者は無視して話を続けろ。何が起きている」

 『賊軍は呉国にて反乱の狼煙を上げ、そのまま国を乗っ取った上帝天国を名乗る僭帝の軍勢です。呉は数日で奴らの手に落ちました。支配か略奪か……目的はまだ分かりませんが、呉を手中に収めた後、矛先が蜀に。軍勢は既に荊州を横断。成都も目前ですが、軍師殿の陣で七割を。三割は翼桓殿が抑えています。敵の詳細はいまだ不明。白徳様も何か思うところがあるようで、防衛戦に備えるだけに止まっています。一刻も早く、朱雲と青龍偃月刀殿に帰還していただきたい』

 「きっ、機長!蜀まであとどれくらいですか!?」


 関節を極められて額に脂汗を滲ませながら朱雲が叫んだ。目は口程に物を言う。桃色の瞳が爛々と輝いている。居ても立っても居られないのだろう。


 『まだ十一時間はかかるかと!』

 『十一時間、か。それならば十分だ。半日であれば問題ない。翼桓殿一人でも成都城は守り切れる。打って出るのは朱雲と青龍偃月刀が戻ってきてからだ。伝えることは伝えた。兎も角、無事に白徳様のもとに帰って来い。ああ、客人もいるのだったな。そちらは俺がどうにかしておく。それではな』

 「あっ!子虎殿!実は……」

 『……通信、切れました』

 「……そうですか……双魔殿やアッシュ殿たちについて知らせておこうと思ったのですが……」

 『それでは、私は操縦に専念いたします。緊急時のようですが、残りの時間もお寛ぎください』


 機長は朱雲を含めた乗客たちに気遣いの声を掛けるとアナウンスを切った。数瞬、客室に静寂が訪れるのだった。


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