第534話 竜の女神の試練・終
「鏡華ちゃんは大丈夫?」
「問題あらへんよ……イサベルはんがまだ戻って来てへんけど」
「イサベルちゃん?あ、もう戻って来るみたいだよ?……よいしょっ……ほら」
「きゃっ!…………ここは……」
「イサベルはん、大丈夫?」
「……あ……鏡華さん……ロザリンさんも……ありがとうございます……戻ってきたんですね……私……」
ロザリンが言った直後、上から降ってきたイサベルをロザリンがしっかりお姫様抱っこで受け止めた。鏡華が顔を覗き込むと恐る恐る閉じていた瞼を開いたイサベルは安堵の表情を浮かべた。身体に傷はないが疲労困憊と言った様子だ。かなり苦戦する試練だったらしい。
『イヤー!期待シテタ通リダッタ!根性アル娘デ楽シカッタ!!』
一方、イサベルに試練を課していたらしいアジ・ダハーカの右側の蛇頭も碧玉の瞳を光らせた。紅玉の瞳の方と違ってとても満足気で楽しそうだ。
「ご苦労だった」
『オウサ!俺ハイサベルノコト気ニ入ッタゼ!優シクシテヤッテクレヨ?』
「考えておく」
『頼ンダゼ!』
『マグス!楽シソウデズルイ!』
『何モズルクナイダロ!得意分野デ決メタンダカラ!』
『ズルイ!ズルイズルイーーーー!!』
「ええい!喧しい!大人しくしておれ!妾はまだ二人の娘に用があるのだ!」
『『……ハァイ』』
鏡華、ロザリン、イサベルが三つの頭の騒がしさに呆けていると、控えていたザッハークが歩み寄ってきた。
「お三方とも、無事試練を乗り越えていただけたことを、不肖ザッハークお祝い申し上げる。これにて……双魔殿を悲しませることもありますまい。鏡華殿は既に済ませておりますが、改めて我が主よりお言葉を賜ります故……」
ザッハークに言われて三人は居住まいをただした。そこでイサベルとロザリンは初めてアジ・ダハーカをまともに見た。
(……やっぱり……間違いなく神霊……まさか生きている間に二柱も神霊に会うだなんて…………竜……三つの頭……ザッハーク……もしかして……そんな……まさか…………)
(……おばばにちょっと似てるかも?雰囲気が)
イサベルは空いていたパズルのピースが埋まったかのように、目の前に座する神霊の名を察して、戦慄した。一方、ロザリンは自分の師に似た部分を感じ取ったのか、平然としている。
「主ら……まずは妾の試練をよう乗り越えた。故に問うてやろう。ガビロール宗家の娘、“クランの猛犬”の末葉、名は何と申す?」
圧倒的な魔力の籠った声だった。並の者ならどれだけで意識を、弱気もならば命を刈り取られるような恐ろしい声だった。しかし、二人は神の試練を乗り越えた強き者だ。全身を指すような感覚に襲われながらも、眼前の神を見上げる。
「……ガビロール宗家次期当主、イサベル=イブン=ガビロール!御前に!」
「ロザリン=デヒティネ=キュクレイン」
二人の名乗りに満足したのか、神は鷹揚に頷いた。
「妾を前にその気概、悪くない。よって妾の名を拝聴することを赦す。我が名はアジ・ダハーカ。当代で敢えて加えるのであれば、伏見双魔の師である。主らは……我が弟子の何だ?」
「婚約者です」
「お嫁さんにして貰うって約束した」
「………………………………左様か」
「……え?」
「うん?」
聞かれたことに答えただけなのだが、名乗った時と違い、思いっきり嫌そうな表情を浮かべるアジ・ダハーカに、イサベルもロザリンも一瞬困惑してしまう。
『俺ハマグス!ヨロシクナ!』
『私ハダエーワ!ヨロシクネー!』
そこにくねくねを身を躍らせながら髪房の蛇頭が名乗ってきたので、今度は三人揃って頭を下げた。微妙な空気なので何となくそんな流れだったのだ。
「……主」
「フンッ!分かっておるわ!妾の愛しい双魔が女を魅了するのは当然じゃ……妾の課した試練も乗り越えられては認める他あるまい!仕方なくじゃ!」
「……鏡華さん」
「うん……双魔のこと、溺愛してるみたいやね……」
「だから私たちのこと嫌なのかな?」
「……聞こえておるぞ」
アジ・ダハーカの反応に三人は思わず顔を寄せ合ったが、本人にも聞こえていたらしい。すぐにもう一度居住まいを正した。
「……妾は不本意であるが、仕方なく……仕方なーく!主らが双魔と契りを結ぶことを認める……故に双魔を悲しませるようなことをするでないぞ?良いな?しくじれば妾は主らを呪う。死した後にまで続く呪詛を有らん限りの力でかけてやる」
今までは三人に嫉妬を剝き出しにしていたアジ・ダハーカが初めて、尊大ではあるが懇願するような空気を纏った。双魔を思う気持ちは変わらない。鏡華も、イサベルも、ロザリンも。何も言わず、力強く頷いた。
「………………良い心掛けだ。このままもう暫し待て。多少であれば寛ぐことも許す。主らを冷遇して双魔に嫌われとうはない……直に双魔とティルフィングが戻ってくる。労ってやるように。ザッハーク」
「は」
アジ・ダハーカに命じられて、ザッハークが三人に椅子を用意してくれた。
「おおきに」
「ありがとう」
鏡華とロザリンは遠慮なく腰を下ろす。一方、イサベルは座らずに恐る恐るアジ・ダハーカに声を掛けた。
「アジ・ダハーカ様と、お呼びしてもよろしいですか?」
「……何じゃ?妾は機嫌がよくない」
呼ぶこと自体は赦してくれるらしいが、本人が言う通り完全にそっぽを向いている。
『三人ノ中デイサベルダケ魔術師ダロ?俺タチニ話聞キタインダヨ!少シは相手シテヤロウ?根性アッテ、イイ娘ダゾ?』
『ソウナノ?』
『俺ガ言ウンダカラ間違イナイッテ!』
「そうまで言うならば、主らが相手をしてやれ。妾は知らぬ!」
『ダッテサ!トイウワケデ!』
『私タチトオ話シヨー!』
「あ、ありがとうございます!えっと……」
『アア、マグスデイイ』
『私モ、ダエーワデイイヨー!』
「はい!よろしくお願いします!マグスさん!ダエーワさん!」
こうして、双魔が戻ってくるまでの間、イサベルは魔術を司る神霊との談議に勤しむのだった。己の糧とするためにも。
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