第532話 竜の女神の試練3

 師と許嫁にして幼馴染の双魔を巡る鞘当てが収まって少し経った。鏡華の前で御座に腰掛けたアジ・ダハーカの機嫌は全く直っていない。気だるげにそっぽを向いて自分の髪をいじっている。纏う雰囲気は剣吞至極、ピリピリと肌を焦がすような魔力が広い間全体に充満していた。


 それでも、鏡華は動じない。何せ生まれは地獄。神の存在には慣れている。見くびっているのではなく、本当にただ単に慣れているのだ。神という存在は良くも悪くも極端だ。司る権能にもよるが感情の起伏にも凪の状態が少ない。そして、人間からの他者からの敬意に敏感だ。だから、鏡華は双魔を導いた師としてアジ・ダハーカに最大限の敬意を持って口を開いた。


 「何と、お呼びすればよろしおすか?」

 「……………………何とでも好きに呼ぶがよい」

 「そうですか。せやったら、お師匠はんとお呼びします」

 「……妾は主の師ではない…………妾をそう呼んでよいのは……」

 「双魔は何処に?」


 アジ・ダハーカは自分の言葉を遮った鏡華に思わずこめかみを痙攣させた。が、アジ・ダハーカには分かる。鏡華が完璧に自分を敬っていることを。真の姿であろう冥官のままで対峙しているのがそれを顕著に表している。神というものは自分への敬意に弱い。さらにアジ・ダハーカは聡明である。もう、愛弟子の許嫁と自分の相性が芳しくないことは理解している。だから、諦めた。


 「……心配することはない。師と弟子が久方ぶりに顔を合わせれば授けるべきものがある。ティルフィングとやらも一緒だ」

 「そうですか……イサベルはんとロザリンはんは?」

 「貴様と同じように双魔に相応しいか試しておるわ……して、閻魔の孫よ。主は如何にして妾の幻術を打ち破った?神でさえも惑わす力を込めた。あの後、主を絶望させて反応を見るつもりであったが……」


 アジ・ダハーカは千の魔術を操る神としての純粋な興味から訊ねた。例え身体に四分の一、高位の神の血が流れていようと、打ち破られたのには納得がいかなかったのだ。


 「ほほほ、双魔には昔から言うてますから……白無垢のうちを貰ってくれなあかんよ、って。ウエディングドレスもええかもしれへんけど、双魔はうちとの約束は忘れたりしまへん」

 「…………」


 思いもよらない答えと双魔との絆を見せつけられてアジ・ダハーカは閉口してしまった。


 「……それに、もし、うちを絶望させはっても、うちは絶対に双魔の傍を離れない。それだけは生涯違わないと誓うてますから……」


 鏡華の脳裏に浮かんだのはロズールとの闘いの際に、力の解放と引き換えに双魔との離別を考えた時に感じた身を引き裂きそうな悲しみ。その思いを通して、改めて覚悟を決めたのだ。双魔の傍にいるためにあらゆる手を尽くすことを。


 (……この娘…………やはり、認めざるを得まい……)


 一方、鏡華の意思の強さを改めて垣間見たアジ・ダハーカは心内にて鏡華を完全に認めていた。この強固な意志は戦いに身を投じる運命にある愛弟子を支えるに申し分ない。


 「フンッ……閻魔の孫、主は本当に気に食わない……」

 「ほほほほ……お褒めの言葉として受け取っときます」


 (……さて、“クランの猛犬”の末葉とガビロール宗家の娘はどうなっておるか…………)


 アジ・ダハーカは瞼を閉じて、他の二人の試練を任せている喧しきマグスとダエーワの視点に同調を開始するのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「ホラホラホラホラホラホラァ!!」

 「わっ、わっ、わっ」


 荒野では凄まじい攻防、否、一方的な攻撃と為す術なき回避が繰り広げられていた。


 ハイテンションな声を上げているのはダエーワ。自分の周囲に浮かべた魔法円から禍々しい光線を撃ちまくって執拗な攻撃を仕掛けている。


 その攻撃をいつも通りのマイペースで回避しているのがロザリン。いつも通りと言っても、それは声だけで表情は厳しい。既に攻撃が始められてから十分以上は経過している。高速かつ高威力の魔術狙撃を生身で避け続けるのは流石のロザリンでも難しい。最初は余裕もあったが、今はもう一撃一撃を紙一重で避けるのが精一杯だ。走る、跳ぶ、側転、バク転。隙の出ないように地面からなるべく足を離さないように動いている。


 「避ケテルバカリジャ私ハ倒セナイヨ!!!!ホラホラァ!」

 「……仕方ないね?アレ……やってみようかな?スゥ……ふっ!」


 ダエーワの光線が繰り出される速度がまた一段上がった。そこでロザリンは息を整えて、自分の中の力を一気に解放した。深碧の輝きが身体を包み、弾ける。


 「ナニソレ!アッ!“クランノ猛犬”ノ力カ!!」


 一瞬、ダエーワが戸惑って攻撃の速度が下がった。紅玉の瞳に映るロザリンの姿。それは頭からピンと凛々しい犬耳と、お尻から触り心地の良さそうな大きな尻尾が生えたものだった。


 「できた……このままっ」


 ロザリンは陸上競技のクラウチングスタートの姿勢を取ると一気に駆け出した。しかも、二足ではなく両手も使った四足姿勢でだ。スピードが数瞬前とは比べられないほど飛躍する。


 「噓ッ!!?捉エラレナイ!?ッテ!来ナイデヨーッ!!」


 魔術狙撃の間とも絞れなくなり、距離を詰めてきたロザリンに慌てたダエーワは新たに自分の尻尾に魔法円を出現させるとピシリと地面を叩いた。


 「ッ!」


 すると、その瞬間、ロザリンが駆けていた地面が巨大なスプーンでくり抜かれたように宙に浮いた。


 「エイッ!」


 ダエーワがさらに声を掛けると宙に浮いた巨大な岩の塊はコブサラダの具材のように賽の目に分裂した。ロザリンはそれで足場を失い、一気に機動力を奪える。ダエーワはそう考えた。しかし、紅玉の瞳に映ったのは予想とは全く異なる光景だった。


 「エッ?エッ?」


 なんとロザリンは宙でバラバラになった岩を蹴って全く読めない軌道かつ猛スピードで高速移動を始めたのだ。あまりの速さに深碧の光が尾を引いて残像が見える。


 「ナンダヨソレー!!」


 ダエーワは苦し紛れに魔法円から闇雲に光線を撃ちまくる。が、ロザリンを捉えることはできない。逆にダエーワに隙が生まれてしまう。最早、狩人と獲物は完全に逆転した。


 大英雄クーフーリンから受け継いだ力と自分の身体に染み込んだゲイボルグの剣気を活性化させて犬耳と尻尾を生やしたロザリン、言うなれば“猛犬モード”のロザリンはその隙を見逃さない。


 「”魔王の封邪眼バロール・オクルス”」

 「今度ハ何!?ウ、動ケナイー!!バロールノ魔眼!?君何ナノー!」


 黄金の魔眼に囚われて動きを封じられたダエーワは想定外に想定外が重なって泣き出しそうになっている。そして、ロザリンはそんなことでは容赦しない。


 「えーと、こうかな?あ、できた。“贋造イミテーション死の柳槍ゲイボルグ”」

 ロザリンは手に剣気を集中させるとそのままゲイボルグを形作った。即席のゲイボルグを手に動きを封じたダエーワ目掛けて思い切りきり足元にあった岩塊を蹴った。その瞬間だった。

 「ワー!モウ無理!認メル認メル!合格ダヨー!モウ終ワリ!」

 「うん?」

 ダエーワがそう叫んだ途端、ロザリンの視界は真っ白に染まるのだった。


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