第518話 発覚!?

 「…………ユーが?」

 「はい!えーと、ユー殿?というお名前なのですね!そうです!ユー殿が決め手なのです!」


 勢いよく首肯する朱雲の目は一切曇っていなかった。むしろ輝いている。先ほどから見ていると彼女はかなり真っ直ぐな性根のようだ。故に間違いなくユーの存在が双魔を“適格者”と判断した理由なのだろう。


 「……正確に言うならばそれだけではない……その幼子は精霊であろう?そして……貴殿は稀有な魔術の使い手だ。それを以てその幼子を養っている。それが重要なのだ」

 「「「……」」」

 「……?」


 そう断言した青龍偃月刀と双魔の顔をアッシュたちが交互に見た。ロザリン以外は少し緊張した面持ちだ。シャーロットは青龍偃月刀の言う「稀有な魔術」、すなわち双魔の空間魔術のことを知らないので怪訝な表情を浮かべていた。


 ちなみにユーについては双魔も推測は立てているが詳しくは分かっていない。皆には精霊であることは話してある。分かっていないことは話せないので細かいところは適当に誤魔化した。そして、今の青龍偃月刀の言い方ではそのユーの謎がはっきりするようなニュアンスを感じた。


 (……俺の推測はあくまで推測だ……新しく明確な情報が手に入るならそれはいいことだが……受けるにはまだ早い……もう少し話を聞く必要がある)


 依頼の内容は「蜀王の持つとある物を引き取って欲しい」としかまだ聞いていない。それが何なのか、自分が“適格者”とはどういうことなのか。申し出を断った場合、どのような事態が起こりうるのか。双魔にメリット、デメリットはあるのか。確認しなくてはならないことは多い。


 「…………もう少し詳しく聞こうかね。俺の質問に答えて欲しい。それで……受けるか受けないかは決める」


 双魔は少し突き放すように言った。あまり試すようなやり方は好きではないが、これに対する反応が事の重要性を判断する要素になる。ついでにもう少し朱雲や青龍偃月刀の人物を知っておきたいと思ったからだ。


 「そっ、それは拙のことが信用できないということですか!?」


 ガタッ!


 「いや、そういうわけじゃ……」

 「馬鹿者っ!」

 「あいたーー!!?」


 二つ返事で受け入れてもらえると思い込んでいたのか、大層悲し気に愛嬌のある太眉を八の字にして勢いよく立ち上がった朱雲を、双魔が宥める前に青龍偃月刀の手刀が鮮やかに炸裂した。


 「伏見殿が質問をするのは少なくとも事情を効き、理があれば我らの要望を飲んでくれる心積もりがあるということだ!お前はどうしてそう慌て者で直情的なのだ!」

 「そっ、そんなことを言われても……」


 朱雲はは眉のあたりを撫でながらすごすごと椅子に腰を下ろした。かなり痛いのだろう。


 「兎に角、お前は伏見殿の質問に答えろ。伏見殿、失礼した。しかし、先に言っておく。貴殿は我らの要望を飲む他ない」

 「むっ!貴様……」

 「ティルフィング、大丈夫だ。で、青龍さんアンタがそう決めつける理由は?」


 青龍偃月刀の双魔への態度に腹が立ったのか、立ち上がろうとしたティルフィングを手で制して、そのまま青龍偃月刀に訊き返す。


 「これは礼を失した。謝ろう。ティルフィング殿、伏見殿への態度は我が悪かった。そして、伏見殿の問いにも答えよう……この一件は最悪の場合、この世界を歪めかねないのだ。明確に危機の種と断言してよい」


 青龍偃月刀の言葉に双魔は眉をひそめた。青龍偃月刀自身は名が通った遺物だ。そして、これまで出てきた太公望、現蜀王の劉具の名。少ない要素ではあるが青龍偃月刀、彼女の言葉は真実味を帯びている。


 「我も中華にて多くの人を見てきた、故に分かる。貴殿は人を愛し、太平を愛する者だ。我らの要望を聞けば必ず応える。貴殿の性根だけではない。立場は人を動かす。貴殿は新たに“聖騎士”に叙せられたと聞いた。その上“枢機卿”でもある。世界の秩序を守る義務がある」

 「あっ、それは……」

 「どうした?……うん?」


 双魔が気まずそうな声を出したのに気づいた青龍偃月刀は部屋の空気が変わっていることに首を傾げた。何故か、皆が何とも言えない、強いて言えば驚いたような表情で双魔を見ていた。


 「そっ、双魔……今のって……」


 アッシュが錆びた機械のように首を動かした。碧色の目は大きく見開いている。それに対して、双魔は親指でグリグリこめかみを刺激して息を一つついた。それを見て青龍偃月刀は事態を察したのか……。


 「……短い間に二度目か。伏見殿、申し訳ない」

 「……いや、これがいい機会だ。俺も迷ってたからな、丁度いい」

 「……双魔……否定しないってことは……」


 アッシュが恐る恐るというよりは、少し怒ったような顔をして訊いてきた。双魔は返事の代わりにローブの内ポケットに手を突っ込み、黒竜を象った金細工を取り出して机の上に置いた。それが答えだった。


 「後輩君、“聖騎士”だけじゃないくて“枢機卿”だったんだね。凄い、学園長みたいだね?」

 「ぱぱー!」


 ロザリンが普通にそう言って拍手すると、ユーも真似して小さな手をぱちぱちと打った。が、そんな優しい反応をしてくれたのはロザリンだけだった。


 「双魔!どうして黙ってたのさ!僕たち親友じゃない!いつから!?いつからだったの!?もしかして危ない目とかに遭った!?大丈夫?」

 「いや、双魔と親しくなってから色々と事件が起こるからな……只者じゃないとは思っていたが……」

 「……副議長の得体の知れない胡散臭さの正体が分かりました……何かやましいことでもあるんじゃないですか?」

 「あらー、双魔ったらそうよね!だって、私たちの目から見ても普通じゃないもの!ねぇ?ゲイボルグ?」

 「ヒッヒッヒ!違ねぇ!わざわざ言わなかったんだ。事情があったんだろ?」


 察しのいいゲイボルグはそれ以上何も言わなかった。カラドボルグもうんうんと頷いている。


 「双魔っ!何とかっ……はぶっ!?」

 「落ち着け。話すから」


 双魔は詰め寄ってきたアッシュの顔を両手で挟むとジト目で言い聞かせた。それでアッシュも納得したのか、コクコクと頷くので手を離した。


 「……ちゃんと話してよ?」


 アッシュはどうも拗ねてしまったようで、たまに見る膨れっ面だ。自分でも言っていたが、かなり心配してくれているらしい。それが分かると双魔も弱い。


 「分かった、分かった。詳しい話はそのうちな。今は軽く話す。まあ、俺が“枢機卿”に叙せられた理由は皆も知っている通り空間魔術を使えるせいだ。アレは“神の法則”なんて言われてる、人間では不可侵の領域だからな。たまたま才能があったのか、師匠に見出されて空間魔術を使えるようになった」

 「それが事実であれば魔術協会の上層部で気づく者もあるだろうな」

 「青龍偃月刀の言う通りだ。ちなみにアンタは誰から聞いた?」

 「……太公望様だ」

 「まあ、“叡智”クラスなら知ってるか。んで、空間魔術を使える子どもがいるなんて分かったら色んなところから狙われる。魔術協会は管理したい。そのためには位階を与えて協会の一員にするのが手っ取り早い。が、それは世界に俺の存在を公言するのと同じだ。そこで……俺の師匠は俺を“枢機卿”に叙することに条件を付けた。俺の名、行使する魔術を秘匿すること。それを魔術協会最高顧問、魔術聖黒竜ジルニトラは飲んだ」

 「秘密にしてたのは双魔の安全を守るため……ってこと?」

 「ん、その通り。お陰で俺は魔術関連の面倒事を今まで避けてこれたってことだ。危ない目にもとくにあってないしな。これからどうかは分からんが……アッシュ、心配かけて悪かったな」

 「……ううん。双魔に悪いことが起きてなきゃいいよ……僕の方こそごめんね?」

 「気にするな。俺とお前の仲だ。皆も特に気にしないでくれ。基本的にはまだ公表してないからな」


 双魔は申し訳なさそうに俯くアッシュの肩を軽く叩き皆の顔も見回した。皆、双魔の顔を見ると頷いてくれた。シャーロットは微妙に納得していなさそうだったが……。


 「さて、随分脱線した。朱雲、話を聞こうか……ん?」

 「……」


 双魔に声を掛けられた朱雲は何故かポカンと口を開いて、石像のように固まっているのだった。

 

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