第519話 ”聖騎士”としての承諾
「……朱雲?」
「はっっ!?申し訳ありません!実は双魔殿が“聖騎士”に叙せられたことも、“枢機卿”であったことも知らなかったものですから……驚いてしまって!拙の目は間違っていなかったとも思いましたがっ!双魔殿は本当に凄い方ですね!」
「あっ、ああ……」
桃色の瞳ををキラキラと輝かせてズイッっと身を乗り出してきた朱雲に、今度は双魔が面食らう番だった。
「あ、遅れましたが拙も“竜騎士”に叙せられています!」
「そうなのか?」
「はいっ!」
“竜騎士”と言えば“聖騎士”の一つ下の位階。ついこの間までアッシュも“竜騎士”だった。ということは、ティルフィングの見立て通り、朱雲はかなりの実力者で間違いない。
「それは心強いな……というわけで、二三聞いてもいいか?」
「はいっ!拙の知っている範囲でなら何でもお答えします!」
朱雲は背筋を伸ばし、「フンスッ!」と鼻を鳴らして気合十分だ。そこまで気合を入れてもらう必要もないのだが、やる気になっているのだからそれを削ぐのも悪い。双魔も一つ呼吸を挟んで質問を始める。
「まず、一つ。俺に預かって欲しいものってのは何だ?」
「お答えしましょう!それは“
「……“扶桑“……まさか扶桑樹のことか?」
「はい!仰る通りです!」
“扶桑”、“扶桑樹”とは古代中華に作られた地理書、『
「……“扶桑”を引き取るっていうのはどういうことだ?」
「えーとですね、“扶桑樹”は神代の終わりに枯れ果ててしまったようなのですが、その種が代々皇帝たちに伝わっていたのです。色々とあって今は姉上がお持ちなのですが……私もよく分からないのですが、どうやら目覚めが近いようでして、その前に“適格者”である伏見殿に引き取っていただきたいのです!」
(……目覚める?)
朱雲はよく分かっていないようだが事態はかなり急がれるものらしい。
「……預かるものはが何なのかは分かった。それを踏まえて、俺が“適格者”ってのはどういうことだ?」
「え、えーとですね……えーと……青龍……」
難しい話は得意ではないのか、朱雲は眉を八の字にして青龍をちらりと見た。最初からこうなることが分かっていたのか青龍は一つ息を吐くと代わりに話しはじめた。
「仕方ない。伏見殿、これは太公望様より聞き及んだことだが……貴殿は貴殿の魔術を用いた一つの広大な空間を常に維持している。間違いないか?」
「…………ああ」
“箱庭”の存在は双魔の他にはごく限られた者しか知らない。その存在を会ったこともないのに把握しているとは。太公望の恐ろしさがそれだけで伝わってくる。しかし、相手は神代から生きる仙人だ。いちいち気にしていては話が進まない。双魔はただ頷いた。
(……“扶桑”に“箱庭”……それにユー…………そういうことか)
出揃ったキーワードで双魔は己が何を求められているのかを悟った。
「つまり、だ。その“扶桑樹”の種を俺の“箱庭”に植えることが望ましい。その理解で合ってるか?」
「っ!!はいっ!その通りです!」
「流石だ。理解が早くて助かる」
「……もし断った場合はどうなる?」
「言ったはずだ。世界が歪む。延いては破滅に繋がる可能性は大きい。このような言い方は好まぬが……先に言った。貴殿に断るという選択肢はない」
青龍偃月刀はそう言い切った。少し口淀んだのは、先ほどティルフィングを怒らせてしまったことに気を遣ったのだろう。そして、その言葉は朱雲の言葉でもあるのか、彼女は緊張した面持ちで双魔を見つめていた。
「貴殿にとって利点がないということもない。詳しい話は太公望様が直接すると仰っていた。そこの幼子のことも教えてくれるはずだ」
「……そうか」
(……確かに……ユーのことはまだあまり分かっていない……もし太公望が説明してくれるのならば、今後のために聞いておいた方がいい……)
“扶桑樹”の話とまだ漠然としているが、青龍偃月刀の「世界を歪める」という言葉に、双魔は胸の奥がじりじりと燻るのを感じた。悪い予感だ。確かに話を聞けば選択肢というものはなかった。
「……分かった」
双魔が呟くように答えるとそれを聞いた朱雲の日焼けした顔から不安が霧散し、瞳が桃簾石のようにキラキラ輝いた。
「双魔殿っ!!それでは!!?」
ガタッ!ガターンッ!!
朱雲が勢いよく立ち上がった。今度は椅子が倒れるほどの勢いだ。青龍偃月刀の手刀は飛んでこなかった。
「ん、行くしかなさそうだな、蜀に」
「っっ!!!!かたじけないです!ありがとうございます!」
「荒々しき物言い失礼した。かたじけない」
要望を受け入れてくれた双魔に朱雲は最大の謝意と部屋に入ってきた時の数倍の敬意を詰め込んだ拱手をして頭を下げた。青龍偃月刀もその横で深く頭を下げている。
「ん、顔を上げてくれ。俺も”聖騎士“のついでに隠しているとはいえ“枢機卿”だ。青龍偃月刀の言う通り世界秩序の維持には協力する立場だからな。そんなに気にしなくていい。その代わり……俺は中華には行ったことがない」
「心配ご無用です!双魔殿は姉上の賓客、つまり国賓としてお招きいたしますので!交通、宿、食事、全て最上級でお迎えさせていただきます!そ、その……もし、女性をお望みのようでしたら……不法調者ですが拙がお相手を……」
朱雲が赤ら顔をさらに真っ赤にしてそんなことを言い出したせいで双魔は一気に針の筵だ。
「いや、最後のはいい……」
「そ、そうですよね……拙のようにガサツな女とも言えないような女では……」
「そうは言ってない!今回はどう考えても仕事だ。だから、交通と宿、食事は有難く受け取る……気遣いは嬉しいし……朱雲も可愛らしいと思うぞ」
「っ!!お……お褒めいただきありがとうございます!そうですね!これは一種の任務と言って差し支えないかもしれません!双魔殿は何と誠実な御方なのでしょうか!万事この朱雲にお任せください!」
「万事を任せては伏見殿も不安であろう。我も世話をさせていただく。安心せよ」
気分の急下降と急上昇させた朱雲は最期に自信満々といった感じで自分の胸をドンと叩いた。青龍偃月刀も猪武者味のある朱雲のフォローに入る。一応話は纏まりそうだ。
「……双魔、仕事じゃなかったら朱雲さんの接待受けるつもりだったの?」
「……んなわけないだろ…………」
「そうだよね!アハハ」
(……最近、俺の女性関係での心象が良くない……しかも心当たりしかない……)
アッシュがジト目で睨んできた。そんなわけないのでジト目で返してやると乾いた笑い声で返されたので、双魔はひっそりと傷ついた。
「ソーマ、中華に行くのか?」
「ん。中華は食の宝庫だ。きっと美味いものをたくさん食べさせてもらえるぞ」
「本当か!?うむ……中華か、楽しみだ!」
「双魔さん!もちろん私も連れて行ってくださるんでしょうね?」
「後輩君、私も行きたい。美味しいもの食べたいし、後輩君と一緒にいたい」
ティルフィングとは一時も離れたくないレーヴァテインが詰め寄ってくる。さらに後ろからロザリンも抱きついてきた。
「いや、そうは言ってもだな…………」
「こちらから招待するのだ。何人でも連れてきてもらって構わない。話は我が通しておこう」
青龍偃月刀が気を遣ったのかそう言ってくれた。とても助かる。
「悪いな。行くのは俺の判断だが、身内にしっかり説明はしておきたい。すぐには出発できないと思うんだが……」
「承知した。今日より一週間後でよいか?」
「それで頼む」
「うむ。人数が決まったら教えてくれ。それでは今日は失礼する。朱雲、行くぞ」
「……っ!!はいっ!双魔殿!お引き受けくださりかたじけない!またお会いしましょう!それでは!」
朱雲は一瞬、熱に浮かされたように呆けていたが青龍偃月刀に声を掛けると姿勢を正し、拱手を決めて評議会室を出ていった。
(……最後、少し様子がおかしかったか?……ま、それは置いといて……左文にまた怒られるかもなぁ…………)
朱雲と青龍偃月刀を見送った双魔は角を生やした左文を想像してグリグリと親指でこめかみを刺激するのだった。
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