第517話 桃玉のお役目

 バーン!


 「ソーマ!来たぞ!」

 「お姉様に紅茶を淹れて差し上げようと思ったところでしたのに……双魔さん、相変わらず間が悪いですわ」


 少し待っているとノック無しで勢いよく扉が開き、ティルフィングが元気に入ってきた。その後ろには見慣れた不服顔のレーヴァテイン。さらにその後ろにはゲイボルグとカラドボルグが立っていた。


 「あれ?ゲイボルグも来たの?」

 「ヒッヒッヒッ!チラッと見ただけの遺物がいるとなりゃあ面白れぇ。顔の一つも出すぜ。な?カラドボルグ?」

 「ええ!退屈してたから丁度良かったわ!あれが学園祭の時に闘技場で自分の契約者を探してたって遺物?」

 「…………」


 カラドボルグの問いを聞いた青龍偃月刀はあまり触れて欲しくないところを突かれたのか、恥ずかし気と忌々し気のちょうど中間くらいの表情で片目を細めた。


 「む?おおー、いつか会った遺物使いに、いつか見かけた遺物ではないか!」


 ティルフィングは双魔が朱雲と初めて会った時一緒にいた上に、青龍偃月刀のことも見ている。一方、レーヴァテインは初対面なので警戒しているのかティルフィングの後ろから冷たい視線を送っていた。


 「貴殿が双魔殿の契約遺物のティルフィング殿ですね!?お初にお目にかかります!拙の姓は関、名は桃玉、字は朱雲と申します!朱雲とお呼びください!隣にいるのは拙の契約遺物、青龍偃月刀です!他の皆様も御高名な遺物方と心得ます!以後お見知りおきを!」


 立ち上がってビシリと拱手を決めて礼を示した朱雲にティルフィングたちは好意的な印象を受けたようだった。


 「青龍偃月刀だ。ティルフィング殿、ゲイボルグ殿、カラドボルグ殿。貴殿たちの力は先の一件で拝見した。実に素晴らしい契約者と縁を結んでいる。羨ましい限りだ」

 「む!お主……セ、セイリュウ?エン?ゲツ……」

 「青龍と呼んでくれて構わない」

 「セイリュウ!分かっておるではないか!」

 「フェルゼン!褒められてるわよー!照れちゃうわねー!」


 自分のパートナーを誉められたティルフィングは胸を張って自慢げに、カラドボルグは身体を妖艶にくねらせて上機嫌だ。フェルゼンも頬を掻いて少し照れ臭そうに笑った。


 「ヒッヒッヒ……この前の一件を見てやがったのか……緊急事態だったとはいえ、俺たちの誰にも気づかれないとは抜け目ねえな……」

 「少なくとも“槍魔の賢翁”と“聖剣の王”は気づいていたようだったがな……それはさておき、至らない主だが我ともどもよろしくお願いする」

 「おう、仲良くやろうぜ。ヒッヒッヒ!」


 青龍偃月刀の拱手にゲイボルグは笑って答えた。初対面だがなかなか雰囲気は悪くない。


 (……一安心か……この間のデュランダルみたいにならなくてよかった)


 『フハハハハハッ!』


 双魔はお茶を蒸らしながら、デュランダルのことを思い出してきた。一度耳にすれば忘れられない高笑いが聞こえたのは空耳に違いない。そうであって欲しい。


 「さて、お茶が入った。座ってくれ」


 双魔は用意しておいた人数分のカップにお茶を注いでいく。ティルフィングを呼べばレーヴァテインがついてくるのは分かっていたし、カラドボルグが来たのは予想外だが、一人分くらい増えても問題ない。ゲイボルグは酒は飲むが茶はあまり嗜まないのだ。


 「ソーマ、手伝うぞ!」

 「ん、ありがとさん」

 「お姉様、私もお手伝いしますわ!」

 「うむ」


 ティルフィングとレーヴァテインが配ってくれるようなので、双魔は先に自分の席に座った。部屋の中には心を落ち着かせる良い香りが漂っている。


 「いい香りですね!これは茉莉花ジャスミンですね!」

 「香りでも分かる。これはいいものだ」


 朱雲と青龍が漂う香りに表情を和らげる。双魔が今日用意していたのは早摘みのジャスミンを混ぜた烏龍茶だった。中華出身の客人が訪ねてくるとは思わなかったが、偶然にしてはよいセレクトだっただろう。


 「んじゃ、まあ、まずは一杯」

 「いただきます!」

 「いただこう」

 「うーん!双魔が用意するお茶は美味しいから好きよ!」

 「そうだな、いただきます」

 「いただきまーす」

 「いただきます」

 「……いただきます」


 皆、カップを手に取ってゆっくりとお茶を口に含む。心身を癒す茶葉の効能に皆リラックスしていく。味わって茶を一杯飲めば、時間を掛けずとも空気が和み、話をする雰囲気が整うものだ。双魔と向き合って座る朱雲はほとんど同時にお茶を飲み干した。そして、その流れで先に朱雲が口火を切った。


 「初めてお会いした時にお世話になり、お茶までご馳走になってしまった上で厚かましいとは思うのですが、双魔殿にお願いしたい儀があるのです」

 「……ん、まあ……聞いてから考える。それでいいか?」

 「はい!それで構いません!まず、拙が何故、遠くブリタニア王立魔導学園に転校してきたか。という話からになるのですが……」

 「ああ」

 「拙は姉上……太公望様の命を受けて、姉上……現蜀王、劉具の所持しているとある物の引き取り手を探しに来たのです!」

 「……太公望」


 その名に反応したのは双魔だけではなかった。アッシュ、フェルゼン、シャーロットは目を見開いて驚いているようだった。カラドボルグとゲイボルグも興味が湧いたのか朱雲に視線を送る。ティルフィングとレーヴァテインはよく知らないのか双魔たちの顔色を見ながらお茶を飲んでいた。


 「こしょこしょこしょ」

 「きゃー!」


 ロザリンは興味がないのか膝に乗せたユーをあやしている。


 太公望と言えば“叡智”の序列二位。世界においてヴォーダン=ケントリスに次ぐ魔術師。しかも、神代の末期、殷周革命から今日までこの世界に居座る仙人で神々と比べても遜色のない強大な力を持つ大物中の大物だ。その名が出てきたことに皆が驚くのは当然だった。


 「はい、太公望様は拙にブリタニアにその引取り手……“適格者”がいると仰りました!そして、その者は拙、関桃玉が見つけるであろうと……」


 朱雲はその桃色の瞳で真っ直ぐに、双魔を見つめていた。それだけで十分だ。言葉はいらない。双魔は理解した。太公望の名が出たことと朱雲の真剣な表情から、事が重大なのだろうということも察した。その上で話を進めなくてはならない。どうするかを決めなくてはならない。“枢機卿”と“聖騎士”の称号を持つものとしてそう思った。


 「…………つまり、その“適格者”が俺ということか」

 「はい!ここに来るまでは拙の勘でしたが……お会いして確信に変わりました!拙たちが求めているのは双魔殿!貴殿で間違いありません!」

 「……確信……その理由は?」


 (勘で目をつけて、直接会って確信ときたか……ん?そう言えば……)


 朱雲の誠実さはひしひしと感じるのだが、双魔はそこが気になった。そして、あることが引っ掛かった。


 「理由は……あの子です!」

 「うん?」

 「う?」


 自信満々の笑みを浮かべそう言い切った朱雲。その視線の先では、ロザリンと抱っこされたユーが目をぱちくりと瞬かせているのだった。


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