第516話 関桃玉

 コンッコンッコンッ!


 悲鳴から数十秒後、色々と整理がついたのか小気味よく扉がノックされた。


 「はい、どちら様ですか?」


 双魔たちは目配せをし合って、アッシュが代表して返事をした。


 『拙は遺物科所属二年の関桃玉かんとうぎょくと申します!伏見双魔殿に用件があるのですが、彼の御仁はこちらにいらっしゃいますでしょうか?』

 「「「「…………」」」」


 如何やら双魔が目的で訪ねてきたらしい。室内全員の視線が双魔に集まる。居留守を使う意味もないし、つもりもないので双魔はアッシュを見て頷いた。


 「今開けるね!」


 アッシュがドアを開けるとそこには二人の人物が立っていた。一人は少し日焼けした肌と左右で結って青と金の布で包んだ中華風お団子シニョン、桃色の瞳と愛嬌のある太い眉毛が特徴的な溌剌とした雰囲気の美少女。もう一人も容姿端麗。浄玻璃鏡と似た漢代の貴族服を身に纏い、大きな頭巾を纏った切れ長な眼が特徴的な女性だった。こちらは少女よりも頭二つ分くらい背が高い。扉の向こうで少女を叱っていたのは彼女なのだろう。


 (…………ん?)


 双魔は訪ねてきた二人のどちらとも見覚えがあった。


「お忙しいところ失礼いたします!改めまして、拙の姓は関、名は桃玉、字は朱雲しゅうんと申します!隣にいるのは拙の契約遺物、青龍偃月刀です!以後お見知りおきを!」

 「部屋の前で騒いでしまい申し訳ない。青龍せいりゅう偃月刀えんげつとうと申す。何卒よしなに……」


 少女と美女は名乗るなり拱手した。礼には礼を以って返さなくてはならない。双魔は椅子から立ち上がって二人に近づいた。一瞬、ユーをどうするか迷ったが、ローブを小さな手でギュッと握りしめていたので、腕に抱いたままだ。


 「……関桃玉さんに青龍偃月刀か。俺が伏見双魔だ。よろしく頼む……関桃玉さんは前にも会ったよな?」

 「は、はい!その件につきましては大変お世話になりました!それと、拙のことは朱雲と呼んでいただいて結構です」


 双魔は学園祭の準備で街に出た時に、道に迷っていた彼女を助けていたのだ。特徴的な見た目と変わった時期に転校してきたと言っていたのでよく覚えている。ティルフィングはかなりの実力者だと評していた。


 青龍偃月刀は直接話したことはないが、闘技場の前で見かけていた。こちらも見慣れない遺物だったので忘れられなかったのだ。


 「ん、分かった。俺も双魔で構わない。んで、朱雲。あの後、無事に学園には辿り着けたか?」

 「は、はい!おかげさまで!」


 桃玉は両腕を身体の側面にぴったりとつけた直立不動の体勢でコクコクと首だけで頷いた。そして、日焼けしているので気のせいかもしれないが顔が赤くなっているように見えた。


 「……顔が赤くなってるみたいだが……大丈夫か?」


 双魔は特に深いことは考えずに正式に名乗り合ったばかりの桃玉を心配しただけだったのだが……この気遣いが思わぬ方向に話の舵を切ってしまった。


 「はい!拙は健康だけが取り柄ですから!ただ、伏見……双魔殿のお顔を見たり、思い浮かべたりすると胸の鼓動が早くなったり、顔や身体が熱くなったり、しばらくの間遠くから拝見した貴殿の顔が頭から離れなくなってしまうだけですので!拙は健康だけが取り柄なのです!」

 「………………」

 「えっと……それって……」

 「だ、大胆な娘だな……いや、分かってないのか?」

 「アッシュ君、フェルゼンも、しー……」

 「副議長…………貴方って人は……」


 言葉を失う双魔。他の面々は朱雲と真っ直ぐさと純真さに戸惑っている。もちろん、シャーロットの視線は鋭さを増していた。


 「馬鹿者!」

 「あいたーー!!」


 微妙な空気になりかけたところで青龍偃月刀と手刀が朱雲の眉間に振り下ろされた。先ほど扉越しに耳にした悲鳴が再び上がる。


 「青龍!痛いです!拙は何もしていないではないですか!」

 「お前は自覚なしに色々とやっておるのだ!止めはしないが後にしろ!先に用件を済ませろ!」

 「うう……なんだかよく分かりませんが、青龍の言う通りです……えーとですね!実は双魔殿にお願いしたい儀があるのですが……っと、ややっ!!?せ、青龍!?」


 気を取り直して双魔への用件を口にしようとした朱雲は目を丸くして青龍偃月刀を呼んだ。


 「……今度はなんだ?」

 「見てください!この子!」

 「う?」


 そう言った視線の先は双魔にしっかり抱かれているユーだった。朱雲に呆れていた青龍偃月刀もユーをまじまじと見ると驚きの表情を浮かべた。


 「……これは驚いた……お前の勘は大したものだと思っていたが、ここまで的中させるとは……」

 「そうでしょう!!もっと褒めてくれても……あいたーー!」


 調子に乗りかけた朱雲に青龍偃月刀はすかさず眉間に手刀を見舞った。朱雲はまた額を両手で押さえていたがっていた。この数分で二人のやり取りには見慣れたが、用件を聞いていないので、ユーを見て驚いた理由は双魔たちには分からない。


 「うー?」


 ユーはぴょこぴょこと双葉を揺らしながら首を可愛く傾げているが、双魔やアッシュたちの心中を表してくれていると言ってもいい。


 「あー……用件をまだ聞いていないんだが……」

 「はっ!これは失礼しました!では早速……」

 「ん……待った」

 「はっ、はい?」


 「用件を聞かせて欲しい」と言われて、話そうとした矢先、双魔に待ったを掛けられた朱雲が今度は戸惑い気味に首を傾げた。


 「立って話すと忙しなくなる……あー、朱雲も青龍偃月刀も座ってくれ。茶を用意する。それと、ティルフィング……俺の契約遺物を呼びたいから少し待ってくれ」

 「なるほど!これは失礼いたしました!お待ちします!しかし、頼みごとに来たのにお茶までご馳走になっては……」

 「こういう時は黙って厚意を受け取るものだ。いいから座れ」

 「……分かりました。それでは、失礼します……」


 先に空いた椅子に座っていた青龍偃月刀に諭されて朱雲もその隣に座った。落ち着かないのか少しそわそわしている。大体、遺物使いと遺物はいいコンビなのだが、このペアも例にもれず仲が良いようで双魔は思わず笑みを浮かべた。


 (さてさて……“頼み事”か…………やっぱり、面倒事の予感)


 「ロザリンさん、お願いします」

 「はーい。ユーちゃんお出でー」

 「あー!」


 先ほど感じた予感を噛み締めながら双魔はユーをロザリンに預けるのだった。


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