第515話 親子に見える?
「ぱぱー!」
「んー、ユーは可愛いなー。ほれ、こちょこちょこちょ」
「きゃー!」
授業は終わり、既に昼時の終わりに差し掛かろうという午後。遺物科評議会室では魔導に関わる道を修めんと若者たちが日々切磋琢磨する学び舎には少し場違いな無邪気な幼子の笑い声が響いていた。
「ユーちゃん、今日もかわいいね!」
「そうだなぁ!普段は関わることが少ないが、子どもというのは本当に愛らしい。俺たちもユーのような子どもたちが健やかに過ごせるように世界を守らないとな!そのためにも!俺は身体を鍛える!」
「うんうん。でも、ユーちゃんは精霊だよ?ね?シャーロットちゃん」
「そうですね。というか、頭から大きな双葉が生えてる時点で普通の子供ではないのは一目瞭然です……」
ユーを膝の上に乗せてあやす双魔をアッシュたち他の評議会メンバーは見守っている。学園祭の前後は体調を大きく崩してしまい顔を出していなかったシャーロットも最近は調子がいいのか顔を出している。
「最初に見たときはびっくりしたけどね!双魔に隠し子がいたのかと思って!」
「……その流れはもう一回やったからいいんだよ。蒸し返すな」
しっかり話は聞いていたのか、双魔はアッシュの顔を死んだ魚のような目で見た。ユーの前だからか明るくしようと意識はしているが結局は双魔だった。
「イサベルさんたちから聞いたよ!左文さんが大変だったんだってね!?アハッ!」
「笑い事じゃない……左文には感謝してるが……たまにボタンを掛け違うとネジが外れて大変なんだ……」
「……?ぱぱー?」
双魔はユーが初めて姿を現した時のことを思い出してさらにげんなりとした表情を浮かべる。ユーはそんな双魔が不思議だったのかペタペタと紅葉のような小さな手で双魔の顔を触っている。
「後輩君、後輩君。ユーちゃん貸して?」
「ん、いいですよ。ほら、ユー、ロザリンさんが抱っこしてくれるってさ」
「う!りんりん!」
「うんうん。おいでー」
「う!」
ロザリンに差し出されたユーは自分から両手を大きく開いてロザリンに抱きついた。一番のお気に入りはイサベルのようだが、ユーはロザリンのことも大好きだ。少し前に初めて会ったその時から通じ合うものがあったのか、ユーはロザリンによく懐き、ロザリンも顔を合わせてはユーのことを抱っこしている。
「ハハハ!髪色が似ているからか?こうしてみるとロザリンとユーは本物の親子に見えなくもないな!」
フェルゼンが何キロあるのか分からないダンベルを上げ下げしながらそんなことを言った。確かにロザリンの若草色の髪とユーの新緑の髪は色が近い。傍から知らない人が見れば年の離れた姉妹か親子に見えるかもしれない。
「キュクレイン先輩がユーさんの母親ということは……父親は……」
「まあ、双魔ってことになるよね?」
「…………三股?最低ですね」
「…………いや……」
シャーロットの絶対零度の視線が鋭く深く双魔の心を抉った。実際、双魔はロザリンの猛アタック?に折れて少し前からロザリンとはそういう仲だ。鏡華とイサベルには丁寧に説明し、頭を下げたが皆にはまだ行っていない。つまり、心当たりしかない。
(…………世間から見れば、な……かと言って……そうだ、俺が心を強く持てばいいんだ……鏡華もイサベルも、ロザリンさんのことも、俺が三人のことを好きなのは何があっても揺らがない)
もし、何か言われようものなら自分が矢面に立って三人を守らなくてはならない。そう覚悟を決めるきっかけをくれたシャーロットにはむしろ礼を言いたいくらいだ。
「後輩君、顔が怖いよ?大丈夫?」
「……大丈夫です」
少し考えこんでいるとロザリンが顔を覗き込んできていた。心配そうに双魔の瞳をじっと見つめてくる。ユーに夢中でロザリンも話を聞いていなかったようだ。ちなみに、普段からボディタッチに積極的なロザリンだが、きっちり公私は分けるタイプらしく、二人きりの時か一緒にいるのが鏡華かイサベルの時以外は変わらず「後輩君」呼びだ。
「そう?あ、後輩君」
「なんですか?」
「私のことお嫁さんにしてくれる?そうしたらユーちゃんのお義母さんになれるよ?」
「っ!?いや……その…………です……ね……」
「「「……」」」
ロザリンが話を聞いていなかったなどということはなかった。自然な爆弾発言にシャーロットの鋭利な視線だけでなくアッシュとフェルゼンまでもが双魔をジッと見てくる。
(……針の
双魔の体感だと三人の視線はそれぞれ込められている感情が違う。アッシュは何故か少し怒っているような気がするし、フェルゼンは気の毒にと言った感じだ。種類の違う視線を集められてはやり過ごしようもない。
「ほらー、たかいたかーい」
「きゃー!たかいー!」
ロザリンは双魔を窮地に立たせた自覚がないのかユーと遊んでいる。ユーが無邪気に笑うので、部屋の中の空気はそれはもう混沌としていた。
ドドドドドドドッ!
「な、なに!?」
「廊下は走るところじゃないんだがな……」
「マック・ロイ先輩、多分気にするのはそこじゃないと思います」
そこに評議会室の外、廊下を何者かが凄まじい音を立てて走る音が聞こえてきてアッシュが驚く。正論だが少し的から外れているフェルゼンのぼやきにはシャーロットがしっかりと突っ込んでいた。
ドドドドッ!キキィー!!
『ありました!遺物科評議会室!ここですね!それでは早速……』
『馬鹿者!』
ドカッ!
『あいたーーーーーーーーー!!!?』
評議会室の前で車の急ブレーキのような音を立てて何者かが停止したと思えば、明るく元気な少女の声が聞こえてきた。そして、その後に怒りの籠った激流のような女性の声と、明らかに先に聞こえた元気な声の少女を殴ったようなやり取りが聞こえてきた。思わず部屋の中の面々は顔を見合わせた。
「う?」
ユーも突然ロザリンが遊んでくれなくなったので不思議そうに首を傾げている。
『物事を頼むときは礼が大切だと白徳殿からも散々教わっているはずであろうが!』
『うう……すいません……気をつけます……気をつけますからお会いしてもいいですか?』
『……本当だな?分かっているな?』
『はい!任せてください!スゥ……たのもーーーーー!!!』
『馬鹿者――――――!!!』
ガンッ!
『あいたーーーーーーーーーっ!!!!?』
短い間にまた少女の悲鳴が響き渡った。姿は見えないが軽快で少し阿保らしいやり取りにアッシュとフェルゼンは少し笑ってしまっていた。シャーロットは頭が痛いとばかりに眉間を指で押さえている。
「ぱぱー」
「後輩君、はい」
「ああ、はい…………また、面倒事の予感……か……」
双魔はロザリンからユーを受け取り、膝の上に乗せると天井を仰いでポツリと呟く。そして、その予想はいつも通り当たっているのだった。
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