第一章「蜀よりの使者」

第514話 予想しなかった叙任

 学園祭での事件から一か月半程経った。その短い間に双魔の立場は


 学園祭の数日後、例のごとく学園長から呼び出しを受けたのだ。いつもと違っていたのはアッシュも一緒に呼び出されたことだ。


 二人で顔を見合わせ、首を傾げてから学園長室に向かった。わざわざエレベーターの前でグングニルが待っていたので、双魔もアッシュも何となく重大なことなのだと察して身構えた。


 学園長室に到着すると、執務机に何やら大仰な装飾の施された箱が二つ置いてあった。双魔はそれが何か分からなかったが、アッシュが目を見開いて驚いている。


 「あ、あれって……」

 「ん?知ってるのか?」

 「し、知ってるも何も……」

 「伏見君、オーエン君、二人ともよく来てくれた。早速じゃが、用件を済ませてしまおう。グングニル」

 「はい」


 アッシュが何かを言う前に相変わらず座り心地の良さそうな椅子から立ち上がった。呼ばれたグングニルが学園長の横に立った。


 「今日呼んだのは他でもない。遺物協会から君たち二人に“聖騎士”の位階を与えるとの報せと共にこれが届いた。故にこの学園の最高責任者として、そして、“英雄”として協会の顧問に代わって叙任を行う」

 「「っ!?」」


 学園長の言葉に双魔もアッシュも驚く他なかった。アッシュは既に“竜騎士”の位階を与えられているため、その叙任の時のことを思い出していたのだろうが、一気に位階が上がったことが予想外だったのだろう。双魔に至っては正式に遺物協会の遺物使いとして登録されていない。にもかかわらず“騎士”と“竜騎士”を二つ飛ばして“聖騎士”に叙任されるとは異例中の異例だ。正直全く心当たりがない。驚きを通り越して何か疑念が湧いてくる。


 「……これは……どういうことですか?」

 「僕も……双魔も特に目立つような活躍はしてないと思うんですが…………」


 アッシュのいう活躍は勿論、「表向き」という言葉が頭につく。ロキの件やこの間のアンジェリカとデュランダルの暴走など、強敵とは闘ってはいるが、表沙汰にはなっていないことだ。


 「ふむ、それもそうじゃな……しかし、君たちのことは遺物協会の顧問には逐一報告させてもらっていた。理由については詳しく話せぬが、黙っていたことは儂も申し訳ないとは思っておる」

 「……いえ」

 「そ、そんな謝られるようなことじゃないですよ!」

 「うむ……では、お主らが“聖騎士”に叙せられる理由を説明しよう。伏見君の場合は分かりやすい。先日、“英雄”アンジェリカとの互角の闘いは多くの者の目に焼きついておる。そんなものを放っておくわけにはいくまい」

 「あれは……」


 双魔が「空間魔術を多用したことが遺物使いとしての評価に加えられてよいものなのか」、と訊ねようとしたが、学園長はただ何も言わずに頷くだけだった。如何やら、それ込みで今回の叙任が決定したと理解していいようだった。


 「オーエン君の方は儂から推薦した。先日の一件でも暴走するアンジェリカとデュランダルの力を封じ込め続け皆を危険から守った。正当な評価であろう」

 「そ、それは光栄です!ありがとうございます!」

 「うむ。“聖騎士”は百人。伏見君は序列三十六位、オーエン君は五十二位となる。この先の……世界を担う自覚を持ち励んで欲しい。この地位を得たことによって良いことも悪いこともあるじゃろう。君たちはまだ学生でもある。抱え込まずに先達たちに遠慮なく相談するが良い……それでは、グングニル」

 「はい。お二人ともこちらを」


 学園長は言葉を終えるとグングニルの方を見た。グングニルは執務机の上に置かれた箱の蓋を開け、中身を紫色のアクセサリートレーの上に乗せて差し出した。


 トレーの上には剣と盾を模した緻密な造りの金細工が二つ。“聖騎士”の証だ。前にハシーシュが同じものを持っていたのを見せてもらったことがある。


 (…………まあ、魔術協会も遺物協会も同じようなもんか)


 双魔は周囲には隠しているが魔術協会の“枢機卿”の位階を保持している。魔術協会の場合は黒竜と杖を模した金細工が“枢機卿”の証だ。既に経験しているので双魔は特に何も考えずに差し出された金細工を手に取った。


 「……うわぁ……」


 一方、アッシュは嬉しさと緊張とその他諸々が入り混じったような声と表情で恐る恐る金細工を受け取っていた。


 「今後はキュクレイン君やマック・ロイ君も君たちの後を追うことになるじゃろう。皆で力を合わせて励むように」

 「そう言えば……ロザリンさんは叙任されないんですか?実力は俺たちよりも……」

 「その件については諸般の事情がありますので」

 双魔の疑問はグングニルにやんわりと抑えられてしまった。これ以上は聞いても詮無きことだろう。

 「もう一つ……伏見君に言っておかねばならぬことがある」

 「……何でしょうか?」

 「君も今回の叙任で表に出てきたと言ってよい。ジルニトラが自分の好きなようにと言っておった」

 「…………そうですか」

 「?」


 双魔は学園長の言葉の意味をすぐに理解したが、アッシュは意味が分からないので不思議そうに双魔の顔を見てくるだけだった。


 その日はそれで済んだ。話はすぐに広まって双魔もアッシュも注目の的だ。最近は流石に視線に疲れて、なるべく魔術科棟の準備室か遺物科評議会室にいるようにしている。


 アッシュとは長い付き合いだ。今まで深くは聞いてこないが気になっているはずだ。ジルニトラは世界魔術協会の顧問で魔術師たちの序列を決めている伝説の黒竜だ。双魔は直接会ったことはないが、伝言の内容から「“枢機卿”であることを明かすか否か」の決断を下すように求められているのだろう。


 最近は色々と悩みが尽きない。双魔は今日も何処か上の空だった。

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