幕間?のようなもの。11月11日はあのお菓子の日ですよ!

第510話 例のお菓子に例のゲーム

 「あー……今日も終わった終わった……よっと」

 「あっ!双魔!今日は……外で演習だったっけ?おつかれさまっ!」


 季節は夏。双魔は午前中、魔術科一年生の演習監督でずっと外にいた。日を追うごとに度を増していく暑さに体力をごっそり奪われて、軽くふらつきながら冷房の効いた事務科棟に足を運び、手すりに頼って階段を昇り、評議会室の扉を開けるとアッシュが明るく迎えてくれた。


 「ん……」

 「暑かったでしょ?アイスコーヒー飲む?」

 「ん……頼む……」

 「はいはーい!」


 覚束ない足取りで自分の椅子に倒れ込むように座ると、アッシュが机にデニムのコースターをセッティングし、その上にアイスコーヒーと氷の入ったグラスを置いてくれた。丁寧にガムシロップとストローも用意してくれた。長い付き合いなので互いの好みは承知済みだ。因みにアッシュはコーヒーに関しては温冷問わずブラックが好きだったりする。


 「ありがとさん…………んー……ごくんっ……冷たさが染みわたる……」


 早速、ガムシロップを注いでストローで何度かかき回すと一口飲む。コーヒーの風味とガムシロップの甘味、そして何より冷たさに火照った身体が喜んでいる。


 「……ん?それは?」

 「あ、これ?さっきね、イサベルさんのお友達の幸徳井さんが持ってきてくれたんだ!これ!双魔も知ってるでしょ?」


 身体を内外から冷やして思考に余裕が出てきた双魔はアッシュの机の上に置いてあった大きな包みに気がついた。訊ねてみるとアッシュは嬉しそうに包みの中から何かを取り出した。見てみると、赤い箱が特徴的な細長いプレッツェルをチョコレートでコーティングした日本のお菓子だった。あまり食べた記憶はないが、もちろん双魔も知っている。


 「……幸徳井が?何でそんなもの……しかも、随分多いな?」


 双魔が疑問に思ったのはそこだった。梓織が遺物科評議会室に来ることは今までなかったし、そもそもチョコレート菓子を持ってくる理由もよく分からない。量も一箱二箱ではきかず、三十箱くらいありそうだ。


 「何か、お兄さんから大量に送られてきたんだって!それで、一人じゃ食べきれないから普段お世話になってる人に配って回ってるんだってさ!うちはロザリンさんがいるし、ティルフィングさんも甘いもの好きでしょ?いっぱい食べてくれるんじゃないかって、思ったんじゃない?」

 「…………まあ、それは一理あるか……それにしても檀さんがねぇ……」


 双魔の脳裏に浮かんだのは年末年始の里帰りの際に世話になった梓織の兄、檀の顔だった。非常に真面目で好感の持てる人だった。菓子を大量に送ってきたのも何か理由があるのかもしれない。


 「それよりさ!せっかくもらったんだから食べようよ!カリッカリカリカリ……」


 双魔が送り主の顔を思い浮かべている間に、アッシュは箱と内袋を開けてプレッツェルを兎のように食べていた。


 「…………まあ、たまにはいいか。んじゃ、俺にもくれ」

 「はいはーい……あ」

 「ん?」

 「ふっふっふ……いいこと思いついたよ!……こうひて……ふぁい!」


 何を思ったのかアッシュはプレッツェルの片端を咥えたまま双魔に顔を突き出してきた。


 「……何してるんだ?気でも触れたか?」

 「ひらないの?カリカリカリカリ……むぐむぐ……ごくんっ!こんなゲームがあるんだって!端っこを二人で咥えて交互に食べ進めていって、先に折った方が負けってゲーム!ってことだから……ふぁいっ!」


 親友の奇行に双魔が訝しげな視線を送ると、アッシュが講釈を垂れてきた。何故それを自分とやろうとするのか、双魔には理解不能だ。が、アッシュはたまにこうしておふざけをやりたがる。


 「……まあ、アイスコーヒー代だな……ほれっ」

 「ふぇ!?ふぉ、ふぉんとにやるの!?」


 双魔はおもむろに突き出されたプレッツェルを咥えると、自分で誘ってきたアッシュが動揺しはじめた。


 (言い出したのはそっちだろ)


 「カリッ」

 「っ!!?」


 視線で文句を言いながら一口食べ進めると、アッシュが目を白黒させて慌て出した。まさか双魔が乗ってくるとは思わなかったのだろう。プレッツェルを口から離しはしないが、それはもう面白い顔をしている。そして、双魔はそんな親友の珍しい顔を見てすぐに満足した。


 「クックック……冗談だ、冗談」

 「へっ?あっ……」


 双魔はニヤリと笑って、人差し指で二人の口に架かっていたプレッツェルをポキンッと半分に折った。そのまま近づいていた顔を離すと、アッシュは呆けた顔をしていた。


 「……サクッ……意外と美味いな?付き合ってやったし、これで……ん?」

 「そ……そ、そそそ双魔のバカーーーーッ!」


 タタタッ……バーン!


 冗談に付き合ってやって喜ぶと思いきや、アッシュは双魔を罵倒しながら走って評議会室を出て行ってしまった。何やら一瞬、顔を真っ赤にしていたように見えたので、かなり怒っていたようだ。


 「…………何なんだ?」

 「アッシュくん、どうしたの?」


 終始意味不明な行動をした挙句逃げていったアッシュに混乱して、開けっ放しの扉を見ていると、今度はロザリンがひょっこり顔を出した。


 「いや、よく分からないですけど……」

 「そうなんだ……あ、これ知ってる。はむっ……ふぁい」


 ロザリンは部屋の中に入って扉を閉めると、アッシュの机の上に放置された中身の残った袋を手に取ってプレッツェルを咥えた。そのまま、双魔の傍まで来るとアッシュと同じように顔を突き出してきた。これには双魔も面食らう。


 「……ロザリンさん?」

 「?ゲイボルグが好きな人とこうやって食べるお菓子だって言ってたよ?」


 いつも通り、ゲイボルグの入れ知恵らしい。しかも、アッシュのはおふざけだったが、ロザリンとやるとなると双魔の気持ちも大分変る。何しろ、恋仲なのだから。


 「…………分かりました……はむっ」

 「カリカリカリカリカリ」

 「ひょっ!?ロザリンは……んむっ!?……んっ!」

 「んっ……ちゅ……はもはもっ……んっ……」

 「ん-!はぷっ!ちょ!んむっ!?」


 双魔が照れながらプレッツェルを咥えた途端、ロザリンは猛烈な勢いでプレッツェルを食べ進めると、そのまま双魔の唇を奪ってきた。フレンチキスをしたかと思えば、双魔の唇を自分の唇で優しくほぐすように甘噛みして。チョコレートの甘さとロザリンの魅力に双魔は為されるがままだ。


 「ちゅっ……ちゅっ…………ふー、うんうん、ごちそうさまでした。それじゃあ、また後でね」


 そのまま何度かほとんど一方的にキスを交わすと、ロザリンは満足したのか軽い足取りで部屋を出て行ってしまった。一人、呆然とした双魔だけが残される。


 「………………これは……危険な菓子だぞ……」


 ただただ、そんな的を射ているのか、外しているのか分からないこと呟いてから双魔は汗をかいたグラスを握って一気にアイスコーヒーを飲み干した。味覚と感情のどちらもに甘味を受けた直後のコーヒーはガムシロップが入っているのに、最初に飲んだ時よりも苦く感じたのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 (……幸徳井に文句を言ってやりたいところだが……菓子を差し入れてくれただけで、何も悪いことはされてないからな…………)


 そのまま家に帰る気にはなれなかった双魔は魔術科に移動して準備室のソファーに座って天井を見つめていた。午前中に行った演習の評価を纏めるという仕事はあるのだが、やはりというか手はつかない。ロザリンのマイペースは双魔の兎角双魔の心を乱してくる。嫌ではないのが、必要以上にドキドキさせられてしまう。


 「あー…………」

 

 時計を見れば時刻は既に十五時過ぎ、仕事を持ってアパートに帰ってもいい時間だ。


 (……いっそ帰るか)


 「……ん?あー、評議会室の菓子持ってくればよかったな……ティルフィングが喜ぶ……」


 コンッコンッコンッ


 「ん?」


 ソファーに預けた上半身を起こして立ち上がろうとしたその時だった。誰かがドアをノックしている。午前の授業の生徒が質問があって訪ねてきたのかもしれない。流石にだらしない姿は見せられないので、立ち上がって軽く身なりを整える。


 「どうぞ……ん?イサベルか」

 「もしかして、お仕事中……だったかしら?」

 「いや、丁度帰ろうと思ってたところだ」

 「そう……なのね……」


 入室を促すと控えめにドアを開けて顔を出したのはイサベルだった。イサベルは準備室に入ってくると、何処か落ち着かない様子で双魔の傍までやって来た。

 

 「ん?」

 「……とりあえず、座って」

 「あ、ああ…………」


 話したいことで阿もあるのか、イサベルはソファーに腰を下ろすと隣をポスポスと叩いて双魔にも座るように求めたので、双魔はもう一度ソファーに腰掛けることになった。


 「…………」

 「……イサベル?」

 「え、えーと……その……梓織にお菓子を貰ったのだけど……これ」


 そう言って何故か少し緊張気味のイサベルが鞄から取り出したのは、評議会室で見たあの赤い箱のチョコレート菓子だった。


 「……俺も知ってるぞ……それは」

 「あ、そうよね?日本のお菓子だって言っていたわ!……それで……その…………恋人同士がする……特別な食べ方があるって……梓織に聞いたのだけれど……」


 (…………幸徳井)


 双魔はそれで全てを察した。イサベルが頬を染めて、双魔と目が合っては恥ずかしそうに俯いているのもそのせいだ。つまり、イサベルは梓織に吹き込まれたのだ。アッシュが言い出したあのゲームを。


 「イサベル」

 「な、何かしら?」

 「一応、確認しておく……幸徳井が言ってたのは……プレッツェルを両端から」

 「っ!?そ、双魔君も知ってたの!?」

 「まあ、噂くらいはな……」

 「そっ、そうなのね!あの、えっと……それなら……っーーー!!わ、私としましょう!!!すぐに準備するわ!!ほらっ!ふぁいっ!!どうぞっ!!」

 

 自分のしようとしたことが双魔にバレていると分かった瞬間、イサベルはスイッチが入ってしまったのか、素早く箱を開け、袋を破り、プレッツェルを咥えて双魔に顔を突き出してきた。顔は真っ赤で、いつもは理知的な濃紺の瞳にはぐるぐると渦が巻いていた。イサベルは恥ずかしさのキャパシティーを越えると暴走してしまう傾向がある。据え膳食わぬは男の恥。双魔はそれ以上何も言わずに突き出されたプレッツェルを咥えた。


 「そ!それじゃあいくわ!カリッ!」

 「……カリッ」

 「カリッ!」

 「…………カリッ」


 イサベルと双魔は交互にプレッツェルを食べ進めていく。一度齧るごとに顔が近づいていく。本来ならば途中でどちらかが根を上げて二人の口に架かった細く脆い橋は分断される。だが、愛し合う二人にその橋を崩落させ理理由はなかった。やがて、刻一刻と短くなっていった橋は消え、二人を遮るものはなくなった。


 「んっ……」

 「ちゅっ……そうま……くん」

 「…………んんっ」

 「んんっ!」

 いつになく積極的に思いを込めてくる双魔をイサベルは受け入れる。二人の熱で僅かに残っていたチョコレートが溶けていく。大人なキスではない、甘く蕩けるような口づけに、愛し合う二人はしばし時を忘れるのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「…………今日は……凄かったな……としか言いようがない……」


 夜、双魔は自分の部屋でベッドに寝転んでまたまた天井を見上げていた。思い返すのはロザリンとイサベルとのやり取り。冷静に考えると、密室だったとはいえ学園の誰かが来る可能性のある場所であんなことをするというのは、一言で言えば「ヤバかった」としか言えない。 


 「あー…………あの菓子……恐ろしすぎる……幸徳井に文句言うのも無しだ」


 双魔はチョコレートプレッツェルの魔性の力を身に染みて理解した。梓織に余計なことを言っては墓穴を掘りそうなので何も言えない。この行き場のない気持ちをどうすればいいのか。そう思った時だった。ふと、部屋の外に気配を感じた。


 「……鏡華か?」

 『そっ、正解。入ってもええ?』

 「…………ああ」

 「お邪魔します」


 入ってきた鏡華は風呂上がりの襦袢姿だった。夏ものなので、春まで着ていたものよりも少し生地が薄くて色っぽさも二割増だ。そして、双魔は鏡華の手許を見て目を見張った。鏡華はお盆を持っていた。そして、その上に載っていたのは湯気が上がる二つの湯吞と……例の赤い箱だった。


 「隣、座ってええ?今日、梓織はんに会ってな?お菓子貰ったの。やから双魔と一緒に食べよう思って」

 「……ああ、うん」

 「?」


 まさか、今日何度目か数えるのも疲れる赤い箱を見て双魔はぎこちなく頷いた。鏡華は不思議そうな顔をしながらお盆を机に置き、赤い箱を手にベッドに腰掛けてきた。


 「ブリタニアじゃああまり見いひんから珍しいね、このお菓子」


 鏡華は機嫌よさ気に紙箱を開けて、中袋を破りプレッツェルを一本取り出した。


 (…………まさか)


 双魔は咄嗟に身構えた。二度あることは三度ある。鏡華も同じことを言い出すのではないか……と。


 「はい、あーん」

 「……………………ん?」

 「ほほほほ!変な顔……自分で食べる?」


 しかし、双魔の予想は大きく外れた。鏡華はニコニコしながら摘まんだプレッツェルを双魔の口の前に差し出したのだ。これに双魔は逆に面食らってしまった。余程おかしな顔なのか、鏡華は楽しそうにころころ笑っている。それを見て双魔は身体から力が抜けていくのをはっきり感じた。


 「……いや、食べる……あぐっ」

 「ほほほ、ベッドの上でお行儀悪いねぇ……左文はんには内緒やね」

 「……ああ」

 「さっきから気のない返事ばっかり……さては、イサベルはんかロザリンはん……ううん、二人となんかあった?」

 「…………カリッ……カリッ」


 流石鋭い。双魔は鏡華の問いに答えられずにプレッツェルを齧った。が、これは何かあったと言っているようなものだ。


 「そ。まあ、別に怒ったりせぇへんけど……うちにも同じこと……してくれる?」

 「……ん」


 幼馴染の悪戯っぽい笑みを見て、双魔はそっと手を広げて鏡華を抱きすくめた。


 「……赤い箱よりも、鏡華が一番怖いな」

 「ほほほ、何言うてるん?酷いこと言うたら、嫌いになってまうよ?」

 「……ほれ見ろ、一番怖い……んっ」

 「んっ……」


 そっと、互いに自分の唇を触れ合わせた。長い付き合いの中で、まだ数えるほどしかしたことのない接吻。それは優しく、穏やかで、安心する、ミルクチョコレートのように甘い接吻だった。



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