第507話 やっぱり眠り姫?

 ロザリンが気に入った香りのオイルを決めてから二時間ほど経った。ルサールカがオイルを新しく作ってくれている間にロザリンは外でユーと遊んでいた。ファーストコンタクトの時から気が合っていたが、ユーは完全にロザリンに懐いたのか、ギュッとしがみつくように抱きついている。ちなみに双魔は遊んでいる二人を日陰で眺めていた。


 そして、ヘアオイルが完成したので今日はもう帰ることにする。


 「ルサールカさんもヴォジャノーイさんもありがとう」


 ロザリンは籠を手に二人に礼を言う。籠の中はヘアオイルを小分けにして貰った小瓶がたくさん入っている。


 「いえいえ、私たちも楽しかったわ!双魔さんのこと、よろしくね。いつでも遊びに来てくださいな!」

 「ゲロロロロロッ!俺も楽しかったぜ!また来てくれよ!双魔、他の嬢ちゃんたちにもよろしくな!」

 「ん、分かった」

 「ああ、そうそう!双魔さんはこれも持って行ってちょうだい!さっきのお菓子、ティルフィングさんたちに!もちろん、ロザリンさんの分も入ってるわ!」

 「何から何まで……悪いな」

 「いーえ!これくらい当然!双魔さんにはお世話になりっぱなしだもの!」

 「りんりん!」

 「りんりん?私のこと?」

 「う!」

 「うんうん、そうだね」


 双魔の腕の中でユーはロザリンに一生懸命腕を伸ばして、小さな手をぐーぱーと開く。突然なれない名前で呼ばれたロザリンは一瞬、キョトンとしたがすぐに頷いて、ユーの手を優しく握った。


 「…………ユー、一緒に来るか?」

 「う!」


 まだまだ、ロザリンと離れたくなさそうだったので聞いて見ると、ユーは元気に頷いた。


 「というわけで、ユーも連れてくよ。しばらくしたら勝手に帰ってくると思うから、一応気に掛けてやってくれ」

 「おう、任せろ!」

 「んじゃ、また」

 「ばいばい」

 「かえるさん!るーちゃ!」


 双魔が右手を水平に振ると外へと繋がる光の扉が形成される。双魔、ユー、ロザリンがそれぞれ手を振りながら光の中に消えていき、やがていつものように光の扉も霧散した。ユーも行ってしまったのでヴォジャノーイとルサールカの二人きりだ。


 「ゲロロロロロッ!チビ助も行っちまったな……あん?……ルサールカ?」


 ヴォジャノーイが少し寂しそうに笑い声をあげているとルサールカがもたれかかってきた。その目は怪しく、獲物を魅了する、“水の貴婦人”の輝きを帯びていた。


 「貴方……久々に二人きり……ね?おチビちゃんがいるのも楽しいけれど……せっかく二人きりなんですもの……」

 「る、ルサールカ?」


 ルサールカが細く、真っ白な指でヴォジャノーイの水かきの張った緑色の大きな手を淫靡に撫でた。


 「ウフ……ウフフフフフフ…………」

 「ゲ……ゲロォォォォーーーー――――――!?」


 ヴォジャノーイの声が二人きりの箱庭に響き渡った。この後、ユーが水車小屋に顔を出した時、干からびたヴォジャノーイと艶々のルサールカがいたらしいが、それを双魔たちが知ることはない。だって、ユーはまだそんなに喋れないからねっ!!



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ヘアオイルを貰った翌日、双魔はティルフィングとレーヴァテインを連れて朝の評議会室でロザリンを待っていた。


 『後輩君、明日の朝、評議会室で、ね?』


 昨夜、ルサールカに貰ったお菓子のついでに夕食まで双魔の家で済ませたロザリンは、帰りに送っていった学園の正門の前で別れ際の双魔にそう言ったのだ。が、既に一時間は待っているのだが顔を出さない。暇を持て余したレーヴァテインは勝手にお湯を沸かして紅茶を淹れる準備している。


 「……最近は自分で起きられるようになったと思たんだけどな……ロザリンさん」

 「まだ眠っているのかもしれないな?」

 「あの方、お食事と睡眠がお好きですからね……ああ、お姉様!お紅茶のお砂糖はいくつになさいますか?」

 「我は自分で…………いや、三つで頼むぞ」

 「はい!かしこまりました!」

 「む?ソーマ?」


 段々と板についてきた姉らしさを駆使してティルフィングが折れたのと同時に双魔が立ち上がった。


 「ちょっと様子を見てくる。レーヴァテイン、もし誰か来たらそいつにもお茶を淹れてやってくれ」

 「……仕方ないですね。分かりましたわ」

 「ティルフィング、レーヴァテインを頼むぞ」

 「うむ」

 「お姉様とお紅茶~♪」


 鼻歌を歌うレーヴァテインに少し呆れ顔のティルフィングに見送られて双魔は評議会室を出た。直接、時計塔の魔力エレベーターに向かう。始業のチャイムまでまだまだ時間はあるので学生はまばらだ。


 チーン!


 エレベーターの少し手前まで来たところで到着のベルが聞こえた。開いた扉からはゲイボルグが軽い足取りで降りてきた。


 「おはようさん」

 「おう!双魔じゃねえか!丁度よかったぜ!もうそろそろロザリンが風呂から出ると思うからよ、髪乾かしてやってくれよ。前もやってやったんだろ?」

 「ん?」

 「んじゃ、俺はサロンで朝から一杯やってくるから頼んだぜ!ヒッヒッヒ!」


 ゲイボルグはそれだけ言うと双魔の返事も聞かずに触り心地の良さそうな尻尾をフリフリ揺らして行ってしまった。


 「……風呂上がりに鉢合わせないように気をつけるか……うん」


 エレベーターに乗っている間に、この前見てしまったショーツと肩に掛けたバスタオルだけのあられもないロザリンの姿を思い浮かべかけて冷静に記憶をかき消した。気のせいか分からないがロザリンとはそんなハプニングが多いような気もする。大体は双魔の不注意で、ロザリンもあまり気にしないのでたちが悪い。


 チーン!


 「……」


 双魔はエレベーターから降りると親指でグリグリこめかみを刺激して気分を整えながらロザリンの部屋への短い廊下を歩くのだった。

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