第506話 レッツセレクトッ!

 「……色んな匂いがする」

 「ここにあるのは全部、この箱庭で採れた植物から搾った天然成分由来の精油よ。だから、不快な香りのものはないと思うのだけれど……どうかしら?」

 「うんうん、大丈夫」

 「それじゃあ、一つずつ香りを確かめてみてちょうだい。もし、気に入った物が無くても遠慮しないでね?」

 「分かった…………スンッ……」


 ルサールカに付き添われてロザリンは小瓶の蓋を開けて一つずつ匂いを嗅ぎはじめた。きっとそこそこ時間がかかるはずだ。こうなっては女性同士の時間。双魔はロザリンと交代でユーを膝の上に載せてゆっくりお茶を楽しんでいた。


 「ゲロロロッ!しばらくかかりそうだな」

 「ん、そうだな……また、それ食べてるのか?」

 横目でヴォジャノーイを見ると缶に手を突っ込んで好物のカブトムシの砂糖菓子をボリボリ食べていた。

 「ゲロロロ!そろそろ新物の時期だからな。在庫処分だ!あんむっ……ボリボリボリボリ……んぐっ……ゲロロロロロッ!美味い!」

 「確かにそんな時期か……今年の夏はどうするかな……」


 ブリタニア王立魔導学園にももちろん夏季休暇はある。七月の末から九月の下旬までとそこそこ長い夏休みだ。去年は誰もいない実家に帰って鏡華と少し会ったくらいで他は無為に過ごしていた。が、今年はティルフィングがいる。鏡華、イサベル、ロザリン、レーヴァテイン、アッシュもいるし、フェルゼンやシャーロットもいる。何処かに遊びに行くことになるかも知れない。夏の日差しは嫌いだが、そう考えると楽しい夏になりそうな予感はする。


 「ちゅー……ちゅー……」

 「……ユーはさっきから何を飲んでるんだ?」


 膝の上で一生懸命草ストローを吸っているユーが持っている木製カップの中身がふと気になった。


 「そこの小川の水で箱庭で撒いてる肥料を薄めた栄養ドリンクだ。試しに飲ませて見たら気に入ったみたいでな。来る時はいっつも飲んでくんだ。まあ、俺が作ったんだけどな!ゲロロロッ!」

 「なるほど……ユー、美味しいか?」

 「う!」

 「ん、そうか……よかったな」

 「ちゅー……」


 元気な返事をして栄養補給を再開するユーの頭を撫でてやる。肥料と水で作った飲料を愛飲するとは、やはりあの巨樹の精霊であるということを双魔は改めて理解したような気分だ。


 「ボリボリボリボリ……」

 「ちゅー……ちゅー……」

 「…………あむっ……」


 (…………程よい酸味と甘さ……タルト生地もサクサク……今日のハーブティーによく合う)


 ヴォジャノーイはカブトムシに、ユーはドリンクに夢中になってしまったので双魔もロザリンにあげて半分になった自分のレモンタルトを一口食べた。夏にぴったりな爽やかな風味が口いっぱいに広がる。


 「……んっ……んぐっ…………あむっ」


 今度はサクランボのクラフティを一口。レモンタルトとはまた違った季節感を感じる甘さだった。


 (美味い……こっちは卵と砂糖でカスタードクリーム風味だからな、濃厚。サクランボの酸味をカスタードのまろやかな甘さが包み込む感じがまた……)


 「あむっ……もぐもぐ……」

 「ちゅー……ちゅー……」

 「あんぐっ……ボリボリボリボリボリボリボリボリ」


 三人は完全におやつタイムに没入していた。一応、目の前ではロザリンがルサールカに色々と教えてもらいながらヘアオイルを選んでいるのだが、双魔はいつの間にかケーキとお茶に夢中になってしまっていた。


 ロザリンにあげたレモンタルトがもう少し食べたくなったので、もう一切れ皿にとり、お茶も飲んでしまったので自分でティーポットから注ぐ。


 そんなこんなで小腹が満たされてからは何となく、ボーっとロザリンの横顔を見つめていた。ロザリンは健啖家なせいでオシャレにはあまり関心がないように思い込んでいたが、楽しそうにオイルを選んでいる。相変わらずの無表情だが、気に入らない香りの時は分かりやすく眉を八の字にしていた。


 (そう言えば…………私服はいつもセンスいいよな……まあ、ロザリンが綺麗ってのもあるが………………ロザリンさんは…………頼りになる先輩で……美人で……不思議な愛嬌もあって…………可愛らしい女の子……か…………そのロザリンさんが……俺のことを…………俺は……)


 いつの間にか、双魔の燐灰の瞳にはロザリンしか映っていなかった。奔放で愛らしい彼女のことを双魔は好ましく、それでは足りない。愛おしく思っているのだ。それを自覚した。


 『私のことも、好きになってくれなきゃ駄目だよ?ね?』


 二人で出掛けたとき、ロザリンは微笑んでそう言ったのだ。


 (……敵わないなぁ)


 「……クックッ」

 「ちゅぱっ……うー?」


 今は向けることのできない彼女への愛しさを代わりにユーに向ける。頭を優しく、丁寧に撫でられたユーはストローを口から離してニコニコしたまま不思議そうに首を傾げた。


 目の前ではロザリンがまた一つ、小瓶の蓋を開けて匂いを嗅いでいる。今度はさっきと違い、目を見開いて何度も確かめている。初めて食べたものが美味しかった時と同じ顔だ。お気に入りが見つかったようだ。


 「……?」

 「…………」


 双魔の視線に気づいたのか、ふと、ロザリンがこちらを見た。双魔は何も言わずに笑顔でそれに返した。体温が少し上がったように感じる。きっとそれは気のせいではないのだ。双魔はそう感じた。


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