第505話 ところで今日の御用事は?

 「お待たせ!今日はレモンのタルトとサクランボのクラフティを用意してみたわ!ハーブティーはクワの葉とイラクサのミックスティーよ!ちょうど、夏から季節のものを食べるのがいいと思って。たくさん作ったから遠慮しないでちょうだい!」

 「……美味しそう」


 ルサールカがテーブルに並べたお菓子を見てロザリンは目を輝かせた。輪切りにレモンが水面に反射する陽光のように美しく、爽やかな匂い香るレモンタルト。ルビーのように真っ赤なサクランボが散りばめられたクラフティ。振り掛けられた雪のような粉砂糖がサクランボの色を引き立ててい目にも鮮やかだ。ちなみにクラフティとは、フランスのリムーザン地方に伝わる伝統的な菓子で、簡単に言えばサクランボのタルトだ。


 「今、お茶も入れるわ。貴方、タルトを切り分けて」

 「ゲロロ!任せろ!」


 ルサールカがティーポット手に取って中の茶葉を軽く揺らす隣でヴォジャノーイはナイフを手に取ってタルトを綺麗に切り分け、取り皿に載せていく。お茶もタルトもすぐに皆のもとに渡った。


 「ああ、おチビちゃんはこれをどうぞ!」

 「う!ちゅーーー」


 ルサールカは思い出したように木製の蓋付きコップにレペロニアを使った草ストローを刺したものを手渡した。ユーは嬉しそうに両手で抱えるように受け取ると早速中身をちゅうちゅう吸いはじめた。


 「それじゃあ、お茶が冷める前に食べましょう!どうぞ召し上がれ!」

 「いただきます。はむっ……むぐむぐむぐ……ん!おいひい!ごくんっ……はむっ……むぐむぐむぐ」


 ロザリンは手を合わせるとフォークでレモンタルトを半分に切ると大きく口を開けてパクリと食べた。かなり美味しかったのか、すぐに二口目を口に入れる。一瞬でレモンタルトがなくなってしまったのでルサールカもロヴォジャノーイも目を丸くして驚いている。


 「ロザリンさんはこう見えてかなり健啖家なんだ……んっ……美味い」


 双魔にとっては日常風景なのでこともなげに二人に説明しながらカップの中のお茶を飲んだ。少し黄味の強い黄緑色のハーブティーは癖がなく、まろやかな口当たりに仄かに甘い。飲みやすく優しい味だった。今日のケーキはどちらも酸味がある。このお茶によく合うことだろう。


 「むぐむぐむぐ…………サクランボもおいひい…………」

 「ロザリンさん、俺のも食べますか?」

 「いいの?あーん……」

 「はい」

 「あむっ……むぐむぐむぐ…………」


 双魔がお茶を飲んでいる間にロザリンは自分の分のケーキを食べ終えてしまう。口を開けた来たので、双魔がフォークでケーキを切り分けて差し出すとパクリとすぐに食いついた。この光景にルサールカとヴォジャノーイは驚きを増していた。


 「……驚いたわ……思っていたより仲が良くて…………」

 「それもそうだが……ロザリンの嬢ちゃんは喰いっぷりがいいな……」

 「…………あー」


 双魔は慣れていたものだから二人の目があるのをすっかり忘れていた。今更少し恥ずかしくなってお茶を口に含みながら顔を逸らす。


 「後輩君、後輩君。あーん……」

 「……はいはい」

 「はむっ……むぐむぐむぐ……ごくんっ……後輩君に食べさせてもらうともっと美味しいかも?」

 「…………そういうことは言わなくてもいいですから」


 ロザリンの無自覚の追撃からは逃れられない。双魔は水精夫婦の温かい眼差しからも逃れられなかった。


 「おい、坊主。据え膳食わぬは何とやらてお前の故郷では言うんじゃなかったか?」

 「こんなに仲良しなんだから、双魔さんも覚悟を決めたら?鏡華さんもイサベルさんも怒らないって言ってたわよ?」

 「……いや……その……」


 ヴォジャノーイは半分呆れた目で見てくるし、ルサールカは鏡華とイサベルと何か話したらしく優しく微笑みながら言ってくる。双魔も諦めというか覚悟がついているので、逆に何も言えなくなってしまう。


 「……?」

 「う?」


 ロザリンはお茶を飲みながら首を傾げている。自分への援護射撃には疎い。というか、どこまでもマイペースなのがロザリンだ。


 「…………とりあえず、だ。先に今日の本題を済ませておきたいんだが……」

 「それもそうだな!ゲロロロロロッ!今日は何しに来たんだ?ま、別に用事がなくてもいつでも歓迎するけどよ!」

 「この人の言う通りいつでも双魔さんたちを歓迎するけれど……今日は何か用事があったの?」


 双魔の話題転換にヴォジャノーイもルサールカも案外簡単に応じてくれた。精霊という存在は他者の心の機微を読み取る力が備わっているという伝承がある。二人も双魔の心を察してくれたのかもしれない。


 「……ああ、今日はロザリンさんのヘアオイルを作ってほしくて来たんだ」

 「ヘアオイル……なるほど、そういうことね!どんなものがいいかしら?」

 「ロザリンさんは嗅覚が常人よりかなり鋭いんだ。だから、それをあまり邪魔しない……気にならないようなやつがいいらしん」

 「それなら香料を使わないものがいいわね?少し待っていてね。貴方、私の化粧台の横に置いてある小さな瓶を全部持ってきてちょうだい」

 「分かった。よっこいせっ……とっ!」


 ヴォジャノーイは椅子をギシギシ軋ませながら立ち上がると二回へと上がっていった。


 「それにしてもヘアオイルなんて……ロザリンさんが欲しいって言ったのかしら?」

 「ううん、後輩君が。私の髪は綺麗だから勿体ないって言ってくれたの」

 「ウフフ!そう!」

 「……さっきからその視線はやめてくれ……」

 「あら?ごめんなさいね?双魔さん、昔よりも楽しそうだから。私たちも嬉しいの」


 そんなことを言われては双魔は何も言い返せない。確かに最近は昔よりも明るくなったような自覚はある。皆のお陰だろう。視線は何となくロザリンの方へ行く。膝の上のユーの頭を撫でて穏やかな表情を浮かべていた。耳に掛かる若草色の髪がさらさらと流水のように揺れている。


 (……いつまでも……このままでいるわけにもいかないしな……そろそろ……折れるというかなんというか……はっきりさせた方がいいのか……)


 「後輩君?」

 「っ!?いや、なんでもないです」

 「?」


 不明瞭な考えをまとめようとしたところでロザリンと目が合ってしまった。ばっちりと。ドキリと心臓が跳ねたがいつも通りを装って誤魔化す。ロザリンは不思議そうに首を傾げていた。


 そんな二人の、滑らかさの中にほんの少しの酸味があるような甘い空気をルサールカは柔らかく微笑みながら楽しんでいる。


 『おーい!持ってきたぞー!』


 そこにヴォジャノーイのガラガラ声が聞こえてくる。声に少し遅れて小瓶がいくつも入った木箱を持ったヴォジャノーイが部屋に入ってきた。そのままテーブルの上にそっと箱を置く。


 「それじゃあ、はじめましょうか!ロザリンさんはどんなヘアオイルが好きかしら?」

 

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