第503話 ロザリンのやりたいこと

 「「…………」」


 仕事を初めてしばらく経った。ロザリンは箱の中の羊羹を食べ尽くしてしまってからは静かに双魔をジーッと見ていた。無論、視線には気づいているがただ見られているだけなので特に気にならない。


 ゲイボルグはロザリンの興味が羊羹と双魔に移っているのでその場でクターッと茹でられたほうれん草のように寝そべっている。


 (……ここがこうなって……ん、論理に矛盾もない。取り敢えずこれでいいか。あとは反応を見て臨機応変に、だな)


 「……ふぅ」

 「終わった?」

 「まあ、あとは授業しながら調整する感じですね」

 「後輩君は私より年下なのにお仕事してて凄いね?」

 「たまたまそういう機会があっただけですよ。ロザリンさんだって強いじゃないですか。卒業したらどうするつもりなんですか?」

 「前は何も考えてなかったけど、最近はやりたいことができたよ?」

 「そうなんですか?いいじゃないですか。俺なんて行き当たりばったりでやりたいことなんてあまりないので羨ましいですよ……ちなみに、どんなことですか?」

 「うん?えーっとね……」


 双魔に訊かれたロザリンは何故か立ち上がって双魔の後ろまで寄ってきた。そして、そのまま首に手を回して抱きついてくる。


 「……ロザリンさん?」

 「後輩君とずうっと一緒にいられたら嬉しいなって思ってるよ?はむっ……」

 「ちょ、ちょっと……ロザリンさんっ!?」


 ロザリンは全く表情を変えずに傍から聞けば恥ずかしいことを言って、そのまま双魔の耳を甘噛みしてきた。代わりに双魔の身体が熱くなってくる。


 「ヒッヒッヒッ!双魔、お前責任取れよ?」

 「責任って何のだ!?」


 楽しそうに生温かい目で見てくるゲイボルグに双魔は全力で突っ込んだ。


 「はむはむはむ……あ、そうだ」


 双魔の耳を甘噛みしていたロザリンは何かを思い出したのか双魔から離れた。双魔の座っている椅子をくるりと回して自分と正面から向き合わせる。


 「……何ですか?」


 今度は何をされるのかと少し身構えた双魔だったが、特に何かするつもりはないらしい。


 「約束。私用のヘアオイルを一緒に作ってくれるって言ったよね?」

 「ああ、ちゃんと覚えてますよ。ロザリンさんの髪、綺麗ですからね。ちゃんとした手入れをしたらもっと綺麗になりますよ」

 「……うんうん……後輩君、私の髪が綺麗になったら嬉しい?」

 「ん……まあ、ロザリンさんが喜んでくれるなら嬉しいですよ?」

 「そっか」


 少し視線を逸らして照れ臭そうに頷いた双魔にロザリンは満足気だ。表情はあまり変化しないが何となく伝わってくるのだ。


 「それじゃあ、ヘアオイル選びに行こう。明日は用事ある?」

 「明日ですか?特に何もないので大丈夫ですよ?」

 「うんうん。じゃあ、明日。デートだね。待ち合わせはこの前と同じ場所でいい?」

 「いや、それなら俺の家に直接来てください」

 「後輩君のお家?」

 「はい」

 「うんうん。分かった……じゃあ、ぎゅーーー」

 「ろっ、ロザリンさん?」


 ロザリンは不思議そうな顔で頷くと今度は正面から抱きついてきた。草原に吹く風のような爽やかな香りとロザリンの胸に実ったたわわな二つの果実の柔らかい感触が双魔の体温をさらに上げる。ついでに何故抱きつかれているのかもよく分からない。


 「デートって言っても、違うって言わなかった。嬉しい」

 「……そうですか」


 それだけのことで喜んでくれたのか。そう思うと絆されてしまうし、愛しいとも思ってしまう。別に悪いことではないのになかなかロザリンの想いに応える決心がつかない自分が情けなく思う。


 双魔は返事の代わりに精一杯、行き場のなくなっていた両腕を優しくロザリンの細い腰に回すのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 それが昨日の出来事。約束通り三十分程前に赤レンガのアパートを訪ねてきたロザリンを双魔は箱庭に招待した。すると二人が出てきたところに丁度ユーが待ち構えていたのだ。そして、今の不思議な状況に戻る。


 因みにロザリンの服装は白のオフショルダーブラウスにレースガウン、デニムのワイドパンツと夏らしい涼し気で爽やかな姿だった。よく似合っていて気を抜くと見惚れてしまいそうになる。


 「……う」

 「……うんうん。よいしょっと」

 「きゃー!」


 と、双魔が気を抜いてばっちり見惚れているとユーとロザリンは互いに右手の人差し指を出してチョンッと触れ合った。何か通じ合うものがあったのだろうか。ロザリンは両手を伸ばすとそのままユーを抱き上げた。抱き上げられたユーはかなり嬉しそうだ。


 「後輩君、お待たせ」

 「ぱぱー!」


 ロザリンが振り向くとその腕の中からユーがニコニコと手を伸ばしてくる。ロザリンはユーの言葉を聞いて首を傾げた。


 「ぱぱ……後輩君の子?」

 「いや、そう呼ばれてるだけで……ユーの本体はアレなんですよ」


 双魔が巨樹を指差すとロザリンはそれを見上げた。そのまま数秒動かなかったが納得したようにもう一度頷いた。


 「この子はあの大きな樹の精霊?」

 「ご名答、です」

 「うんうん。だから樹の匂いがするんだね。かわいい葉っぱも生えてるし。ユーちゃんていうの?」

 「う!」


 ロザリンに名前を訊ねられたユーは元気に頷いた。頭の双葉がぴょこっと揺れる。鏡華のことは怖がっていたが、イサベルと同じようにロザリンのことは気に入ったようだ。


 「……ユーがロザリンさんに懐いてくれてよかったです。いきなり会うとは思ってなかったですけど。んじゃ、まあ、行きましょうか。あそこに植物を使って色々作ってる人がいるので」


 ロザリンが首を動かして双魔の指差した水車小屋を見ると、抱っこされたユーもその動きを真似していた。


 「うんうん。行こー」

 「おー!」


 右腕を空に向けて突き出すロザリンを真似てユーも可愛らしく手を挙げた。双魔も笑顔になってしまう。双魔とロザリンは青々とした芝生の上を並んで歩き出す。ユーは抱っこされたまま。まるで仲の良い家族のような雰囲気で。


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