幕間『若草髪の君へ』
第502話 ……にらめっこ?
「…………う?」
「…………うん?」
「「…………」」
「……う?」
「…………うん?」
(…………これは……どういう状況なんだ?)
双魔は目の前の光景に混乱していた。場所は箱庭、いつも外から入るときに座標を置いている巨樹の麓だ。少し離れたところにはヴォジャノーイとルサールカが住む水車小屋が見えている。
そこで、かれこれ二十分ほどになるだろうか。芝生の上にちょこんと立ったユーとその正面にしゃがみ込んだロザリンは互いの顔を見つめ合って同じタイミングで左右に首を傾げているのだった。
(…………どこで声を掛けるべきか…………)
別に悩むようなことではないはずなのだが何となく悩んでしまう謎の空気。頭の動きに合わせてぴょこぴょことユーの双葉が揺れていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時間は前日に遡る。金曜日の授業後、双魔は教室を出ると少し迷っていた。
「んー……さて、どうするか?」
最近は講師として魔術科の授業を運営する方が多いのだが、今日は予定が入っていなかったので普通に遺物科の授業を受けた。因みにハシーシュはいつも通り遅刻してきた。
アッシュは王宮騎士団の用事で騎士団の詰め所に行ってしまった。鏡華はイサベルとクラウディアとお茶をするらしい。
『双魔、女の子の秘密のお話に首突っ込もうなんて、野暮なことせぇへんよね?ほほほっ……言ってみただけ。双魔がそんな無粋なことしいひんの知ってるよ。冗談冗談』
そう言って鏡華も行ってしまった。クラウディアも一緒とはいつの間に仲良くなったのだろうか。ついでにティルフィングはいつものようにサロンでお菓子でも食べているはずだ。レーヴァテインも一緒にいる。突然訪れた一人きりのポカンと空いた時間。双魔は少し戸惑っていた。
(……前はそうでもなかったが…………一人でいるってのは……少し侘しいんだな?)
クラスメイト達は既に思い思いの場所へと足を向け、この階には双魔一人しかいない。久々に孤独というものを感じた。そして、孤独に弱くなっていることも自覚した。それがいい子とか悪いことかの判断はしないでおくが、大切な人が増えたという裏返しと考えればいいことなのかもしれない。
しかし、今、困っていることには変わりはない。腕を組んで何か用事や行き場所がなかったか考えてみる。
(……そう言えば、来週の二年生の授業で変えておきたい部分があったな?今日の内に済ませておくか)
用事はすぐに思いついた。次に悩むのは場所だ。が、こちらもすぐに決まった。
(準備室でする気分でもないし……評議会室に行ってみるか。誰かいるかもな)
そうと決まれば善は急げだ。階段を降り、一度評議会室のある事務科棟を通り過ぎ、魔術科棟の地下にある自分の準備室に向かう。魔術科の講師陣は自分の準備室に引き籠っているか、仕事で準備室にいないかの二択の人が多いせいか誰ともすれ違わない。
魔力認証で部屋の鍵を開けると仕事机の一番上の棚にしまってある授業ノートを取り出す。それだけで準備室を後にしようと思ったのだが、ふとそこで立ち止まった。
(……たまには学園でも緑茶が飲みたいな?)
近頃学園で飲むものと言えば、アッシュが入れてくれるコーヒーか紅茶だ。家ではほとんど毎日飲んでいる緑茶も学園という場所になるとなんだか恋しい。というわけで、戸棚にしまってあった茶筒を手に取る。
「ん?これは……ああ、前に貰ったやつか」
目に入ったのは茶筒の隣にあった紙の箱だった。中身は一口羊羹の詰め合わせで大分前に貰ったものだ。
「誰かいるかもしれないし……羊羹は日持ちするから大丈夫だろ」
ついでに茶菓子も見つかったので持っていくことにする。仕事道具、お茶、茶菓子と完全装備が出来上がった。
「んじゃ、行くか……まあ、シャーロット以外なら大丈夫だろ」
アッシュ以外の三人がいる可能性があるわけだが、シャーロットと二人きりにならなければ大丈夫なはずだ。シャーロットには女たらしでだらしがないと冷たい視線を刺されるので苦手だ。嫌われている自覚はあるが、女たらしの自覚は双魔にはなかった。
ノートを脇に挟み、茶筒と羊羹の箱を抱えてもと来た廊下を戻り、階段を上がり、三分ほどで遺物科評議会室の前に着いた。
「さて……誰かいるかね?」
コンッコンッコンッ!
「…………誰もいないのか?」
とりあえずノックしてみるが返事は返ってこない。が、ドアノブに手を掛けると部屋の鍵は開いていた。
「……誰かいるのか?」
双魔は中の様子を窺いながらそーっとドアを開けてみた。すると……。
「……すーっ……すーっ…………んんっ……」
議長席でロザリンが穏やかに寝息を立てていた。フェルゼンとシャーロットの姿は見当たらない。如何やら一人のようだ。
「……大丈夫なような気もするが……不用心……無防備というか何というか……ん?」
実際、ロザリンに害意がある者が近づけばすぐに気づくだろうが流石に放っておくわけにもいかないような気もする。起こした方がいいのかどうか、双魔が悩みはじめた丁度その時だった。もぞりとロザリンの足元で何かが動き、顔を出した。
「ヒッヒッヒ!流石にそこまで不用心じゃないぜ?」
「いたのか……安心した」
顔を出したのはいつも通りのニヒルな笑み?を浮かべたゲイボルグだった。しっかりとお昼寝中の契約者を守っていたようだ。
「残念だったな?俺がいなかったらロザリンのこと襲えたのにな?ヒッヒッヒ!」
「そんな気はない」
「ヒッヒッヒッ!知ってるぜ。お前は紳士だからな?今日は仕事じゃねぇだろう?何しに来たんだ?くわーっ……」
ゲイボルグは双魔と話しやすい場所に身体を臥せると大きな欠伸をした。ロザリンを見守る目が増えたおかげで少しリラックスモードに入ったらしい。
「……少し人恋しかったというか……魔術科の仕事をしようと思ってな。ここなら誰かいるかと思って……な。そんな感じだ」
「そうか。それならよかったな。まあ、相変わらずの眠り姫だけどな!ヒッヒッヒッ!」
「…………すーっ………………すーっ……」
ゲイボルグはロザリンに優しい眼差しを送りながら今度は穏やかに笑った。
「んじゃ、俺はお茶でも入れて仕事をする」
「ヒッヒッヒッ……好きにしな。邪魔はしねえぜ」
「ああ……」
双魔は自分の机に持ってきた物を置くと電気ケトルのスイッチを入れた。
「……んん……むにゃ…………後輩君の匂い…………あっ、後輩君」
「ん?ああ……すいません。起こしちゃいましたか?」
ロザリンは鼻をひくひく動かしたかと思うと目を覚ました。ぱっちりと目を開いてスッキリした顔だ。睡眠欲は満たせたように見える。
「大丈夫。私はお昼寝しに来たけど、後輩君は?今日はお仕事ないよ?」
「魔術科の仕事をする場所で思い当たったのがここだったんですよ。ああ、ロザリンさんもお茶飲みますか?日本茶ですけど……茶菓子もありますよ?」
「日本茶……うんうん。飲む」
ロザリンは目をぱちぱち瞬きするとこくこくと頷いた。お茶とお菓子という言葉に意識がはっきりしたに違いない。
「分かりました。少し待ってくださいね」
「うん。ゲイボルグ」
「へいへい」
ゲイボルグはのそりと起き上がるとロザリンの傍まで寄って大きな尻尾を差し出した。ロザリンはそれをモフモフして手持ち無沙汰な時間を潰すようだ。
お湯はすぐに沸いた。普段は鏡華や左文がやってくれるが双魔もそれなりに心得はある。五分と経たずに二人分のお茶を用意し、紙箱の蓋を開けてロザリンの前に置いた。
「……甘い匂い。美味しそう……」
ロザリンは匂いで美味しいものと判断したようだが、羊羹は見たことがなかったのか不思議そうに箱の中を見つめていた。
「羊羹っていう小豆餡を使った茶菓子ですよ。こうやって……食べるんです。あむっ……」
双魔は箱から一口サイズの栗羊羹をとって食べて見せた。一口羊羹の包装のビニールは少し特徴的だ。
ロザリンも一つ手に取ってビニールを剥くと小倉羊羹をパクっと一口に頬張った。
「むぐむぐむぐ……おいひい……甘いね」
「ええ、お茶にも合いますよ。それじゃあ、俺は仕事するので何かあったら声かけてください。箱の中は全部食べてもいいですよ」
「むぐっ……ごくん……うんうん、ありがとう……はむっ……むぐむぐむぐ……」
ロザリンは夢中で羊羹を齧りながらもう一度こくこくと頷いた。それを見て双魔は温かい気持ちになった。思った通り、今日は誰かが一緒にいてくれた方が仕事がはかどりそうだ。
(それじゃあ、取り掛かりますか)
双魔は口元に笑みを、心中にやる気を得てノートを開き、ペンを手に取るのだった。
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