第497話 サロンへの珍客

 コンッコンッコンッ!


 鏡華には昔からだが、そのうちイサベルにも敵わなくなりそうだな。などと双魔が考えているとドアがノックされた。


 「どうぞ」


 鏡華が返事をするとドアが勢いよく開いた。ずかずかと入ってきたのは宗房。その後ろからはクラウディアが遠慮気味に入ってきた。


 「カッカッカッ!昼間っから美女を二人侍らせて、やるじゃねぇか!」

 「……何だよ」

 「そっ、双魔さんっ!その、一応診察を……」

 「ってわけだ。念には念をが俺たちの医者としてのモットーだ!大人しく診せやがれ!」

 「分かった……イサベル、少し……」

 「ええ」


 双魔はイサベルに断ると起き上がった。すぐさまクラウディアが触診を始める。


 「にしても、お前が女神の生まれ変わりだったとはなぁ!しかも、その姿に変身できるって!カッカッカッ!面白れぇ面白れぇ!やっぱり規格外だぜ!流石、俺の見込んだ男だぜ!」


 宗房とクラウディアには約束通り昨日の検査の間にフォルセティやティルフィングたちとの因縁については話していある。宗房は何故か爆笑しながら、クラウディアは真剣に話を聞いていた。何はともあれ信じてくれたようだ。二人とも驚かなかったことに逆に双魔が驚いてしまったほどだ。


 「そっ、双魔さん……その、シャツのボタンを外していただけると……」

 「ん?ああ……」


 聴診器を着けたクラウディアに言われて双魔はワイシャツのボタンを外し、中に着ていたシャツを捲った。


 「あっ、ありがとうございます。それじゃあ失礼しますね……」

 「…………」


 クラウディアが何故か恥ずかしそうに胸に聴診器を当て始めた。さらに何故か、イサベルが食い入るように双魔を見ていた。何故だか突っ込んではいけないような気がして双魔は為されるがままになることにする。


 「そう言えば……」

 「“滅魔の修道女”のことか?」

 「……ああ」


 双魔の聞きたいことがすぐに分かったのか宗房は先回りして逆に訊ねてきた。


 「結論から言うとまだ目は覚ましてねぇみたいだな。軽い昏睡状態だ。バイタルには問題がないからそのうち目は覚ますだろうが……ことがことだ。ヴァティカヌムから連絡が入って今日中にここを出るとさ」

 「……そうか……デュランダルは?」

 「奴さんは昨日のうちに目を覚ました。騒ぎは起こさないって言うから学園長の許可とってその辺をうろついてるだろうさ。何かスッキリした表情だったぜ?」

 「…………なるほど」


 双魔の脳裏にはぴんぴんして高笑いを上げながら学園内を練り歩くデュランダルの姿が浮かんだ。何処かでトラブルを起こさないことを祈るばかりだ。


 「俺からも聞きたいんだが……昨日のあれは何だったと思う?直接対峙したお前の所感を聞いておきてぇんだが……」


 宗房も大会議室からモニターで天炎の翼を得て暴走したアンジェリカを見ている。


 双魔は鏡華と顔を合わせた。実は昨日のうちに少しだけ天炎については話している。


 「あれは……多分、神格レベルの存在が絡んでる感じだった。が、詳しいことは分からん。多分、学園長がそのうち何か教えてくれるはずだ」

 「神格ねぇ……臭うな?キナ臭えのがプンプンだ」

 「この話はとりあえずいいだろ……学園祭はどうだ?」


 これ以上この話題は掘り下げられない。双魔が話を切ろうとすると宗房は特に抵抗しなかった。


 「ま、そうだな。カッカッカッ!心配するな。フローラの奴を馬車馬みたいに働かせてるからな。ああ、アイツが言い出した優勝はお前のクラスになりそうだ。写真撮影の覚悟もしておけよ?」

 「……まあ、俺と撮りたいような奴はそんなにいないだろ……」

 「カッカッカッカッ!学園祭は置いといてお前……」

 「……ん?」


  宗房の顔から笑みが消えた。稀に見る真剣な表情だ。そして、この顔の時の宗房は状況の的ど真ん中を射たまともなことしか言わない。双魔も少し身構えた。


 「と、特に問題ありません!一応あと何回か診させてもらいますけど……あっ、兄さんごめんね?話の腰を折っちゃって」

 「いやいや、構わねぇ」

 「クラウディア、ありがとさん」

 「い、いえいえいえいえいえ……そ、それじゃあ私はお仕事に戻りますねっ!しっ、失礼しました!お大事にっ!」

 「…………」


 双魔に礼を言われるとクラウディアは大慌てで部屋を出て行ってしまった。去っていく小さな背中を鏡華が静かに追っていた。


 「さて……で?何だ?」


 双魔は身支度を整えながら改めて宗房に聞いた。実は話の内容には見当がついている。


 「ああ……双魔、お前、序列最下位とはいえあれだけ“英雄”とやりあったんだ……もう後戻りは…………できねぇぞ?」


 宗房の言葉が意味することは双魔が予想していたことと同じだった。だから、双魔は申し訳なさそうに笑って見せた。


 「分かってる……分かってるよ……多少の覚悟は俺にもある……鏡華、イサベルも……まあ、ここに居ない皆もだが……これから迷惑かけると思う。そこは勘弁してくれ」

 「ほほほ、そないなこと……今更」

 「私は今まで双魔君に沢山助けてもらったから……双魔君のためなら何でもするわ」


 愛しい二人の微笑みは何よりも心強かった。


 「お熱いこって!心配して損したぜ!」

 「アンタにも頼らせてもらうかもな」

 「カッカッカッ!そんときゃドンと来いだ!俺の勘が言ってるぜ!お前に関わっときゃ人生退屈しねぇってな!カッカッカッッカッ!!」


 そして、一人で盛大な笑い声をあげる宗房も、双魔にとっては頼りになる存在だ。左文、師、父、母、ロザリン、アッシュ、フェルゼン、剣兎、その他にも自分を助けてくれる者は大勢いる。


 (…………まあ、これまで以上に面倒になるかも知れないけどな……)


 事なかれ主義の自分に響きそうな今後を考えながらも、双魔の胸には不安一つ浮かんでいなかった。まるで、晴れ渡る空のように。


 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 一方、上の階の遺物サロンでは珍客に数名の遺物の気が立っていた。その先頭に立つのが……。


 「貴様!何をしに来た!?」


 ティルフィングだった。そして、対峙しているのは……。


 「フハハハハハッ!そう殺気立つな!」


 なんとデュランダルだった。昨日の騒ぎは何処へやら。相変わらずの不遜な高笑いを上げて遺物たちのサロンに乗り込んできていた。


 「面の皮の億枚張りね……」

 「珍しく同感だわ」

 「ヒッヒッヒ!ここまでくれば逆に清々しい馬鹿だ!ちっとばかし見直したぜ!」

 「……」


 一昨日、一瞬険悪になったカラドボルグ、アイギスは不快感を隠すことがない。ゲイボルグだけが楽しそうに笑っている。レーヴァテインは隣に座っていたティルフィングが行ってしまったせいで心細いのか身を小さくしてしまった。


 「……デュランダル、久しぶりだね。いい子だから騒ぎを起こすんじゃないよ。昨日のことはここに居る全員知ってるんだよ」

 「フハハハハハッ!スクレップではないか!確かに久方ぶりだ。安心しろ、今日の我は何者とも争う気はない!」


 何をしに来たのか分からないデュランダルをスクレップが手元の刺繡枠から顔も上げずに牽制する。その態度に激高しないのはスクレップの人徳のなせる業か、兎も角今日のデュランダルは事を構えるつもりはないらしい。


 「では何をしに来たのだ!?」

 ティルフィングがデュランダルを睨むように見上げても笑みで返すだけだ。一昨日とは本当に違うようだ。

 「何、貴様に礼を言いに来た」

 「……うん?」


 ティルフィングが首を傾げる。他の遺物たちも昨日の一件でデュランダルが狂ったのではないかと訝し気な顔をしているものが少なくなかった。


 「記憶ははっきりとしないが……ティルフィング、貴様と伏見双魔がシスター・アンジェリカと我の窮地を救ったとヴォーダンから聞いた。礼には礼を持って返す。それがこのデュランダルのやり方だ。故に礼を言ってやる!グラッツィエ!フハハハハハッ!ありがたく受け取っておくがいい!」

 「む?む?」


 ティルフィングはデュランダルの言いたいことがよく理解できないのか左右に首を傾げて可愛い眉根に皺を寄せている。


 「……礼を言いに来たって……アレで?」

 「おお!カラドボルグではないか!アイギスにゲイボルグ!それに浄玻璃鏡は初めてだったな!貴様たちにも世話になったと聞いている!グラッツィエ!!」

 「あー、はいはい」

 「本当に感謝の気持ちがあるならさっさと消えて。騒がしいのは嫌いよ」

 「ヒッヒッヒ!面白いもん見せてもらったからなそれでチャラだ。気にしなくていいぜ」

 「…………」


 それぞれ好きなように言い返したが、浄玻璃鏡だけは僅かに顔を合わせるだけだった。


 「フハハハハハッ!それから……レーヴァテインとやら!」

 「っ!!?」


 気づかれないように隠れていたつもりなのに声を掛けられたレーヴァテインはビクリと大きく身体を震わせる。当然だ、一昨日は双魔とティルフィングがいなければ自分はどうなっていたか分からないのだ。


 「貴様っ!……」

 「貴様のことを認めたわけではないが、子どもを守ろうとしたらしいではないか!その心意気は称賛に値する!故に誉めてやろう!このデュランダルからの賛辞だ!光栄に思うがいいぞ!フハハハハハッ!」

 「「…………」」


 意外な言葉にレーヴァテインもティルフィングも唖然としてしまう。


 「フハハハハハッ!我の用は済んだ!それではな、また会うこともあろう!さらばだっ!フハハハハハハハハッ!!」


 デュランダルは言いたいことだけ言うと踵を返してさっさとサロンから出ていった。一気に部屋の中が静かになる。


 「あ奴……最後までなんだったのだ?」

 「……さ、さあ……私にも分かりませんわ?」


 他の遺物たちが茶会や歓談を再開する中、瓜二つの姉妹剣だけが狐につままれたような顔を見合わせているのだった。

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