第六部『不遜なる聖剣の試練』エピローグ
第496話 約束のご褒美
ブリタニア王立魔導学園は昨日の遺物科副議長、伏見双魔と“滅魔の修道女”、シスター・アンジェリカとの決闘中に発生した異常事態をなんとか収め、三日目を迎えていた。
闘技場は大きく損壊したため、昨日行われる予定だった魔術科の模擬戦は取りやめになり、残った他の出し物のみで新入生や一般客たちを楽しませている。要は少し不思議な学園祭と言った感じだ。
そんな三日目の昼下がり、学園祭運営本部が設置された大会議室の隣の部屋で昨日の騒ぎの主役であった双魔は照れ臭さと申し訳なさが混じったような微妙な表情を浮かべていた。
「……やっぱり俺も警備巡回に……」
「だぁめ……宗房はんも今日は何か起きない限りゆっくりしててええって言ってはったやろ?」
鏡華は起き上がろうとする双魔の額に優しく触れると、そのままゆっくり自分の膝へと押し戻した。
昨日、何者かに意識を乗っ取られ、灼熱の天炎を振りかざしながら暴走していたアンジェリカを解放する直前、うっかり口を滑らせて膝枕を所望したのを鏡華は覚えていたらしく、今朝からずっとこのありさまだ。ちなみに、働こうとする双魔を鏡華が押しとどめたのも既に三回目だ。
「もう、お仕事はええから今日はゆっくりし!昨日はあんなことあったんやから。休まなきゃあかんよ?左文はんにも「坊ちゃまが無理をなさらぬよう、何卒宜しくお願い致します」言うて頼まれたんやから」
「……そうか…………」
昨日はクラウディアと宗房の検査を受けて特に問題がないとの結果だったが、念には念をと錬金技術科の一室で過ごす羽目になった。クラウディアとしては今日も病室で大人しくしていて欲しかったらしいのだが、それは悪いという双魔に困った顔で譲歩してくれたのだが、その最大限が今の状況だった。
「まったく……うちやって、双魔のことは信じてるけど……心配はするんやからね?」
そう言って鏡華は頬を膨らませて見せる。二人きりの時はいつもより少しだけ子供っぽくなる鏡華に双魔は思わずドキドキしてしまった。
「「…………」」
不意に、見上げる燐灰の瞳と見下ろす暗褐色の瞳が重なった。互いに、自然と顔の距離が近づいていった、その時だった。
キィー……
「「っ!?」」
微かだがドアの開く音が聞こえた。そちらを見ると狭い隙間から紫黒色のサイドテールが見えた。
「イサベルはん?入ってええよ?」
「……その、ごめんなさい。邪魔をしてしまって……」
鏡華が呼ぶとイサベルが申し訳なさそうに部屋に入ってきた。もしかすると部屋に入ろうと双魔たちが思っているより長く様子を窺っていたのかもしれない。
「……いや、気にしなくていい」
「ほほほっ……何やったらイサベルはんも一緒にする?」
「っ!?しっ!しません!!鏡華さん!!」
「ほほほほ……」
一瞬でイサベルの頬が少し朱に染めていた鏡華よりも真っ赤になった。鏡華の切り替えの早さに双魔は苦笑するしかない。
「それより、何か問題でもあったか?」
「ううん……私も……その、双魔君が心配だから……」
「……ん、悪いな。心配かけて……まあ、大事を取らされてこんな感じなだけだから」
「イサベルはん、よかったら代わろうか?」
「え?代わるって……」
イサベルの顔をジッと見ていた鏡華が何かを思いついたのか突然そんなことを言い出した。何のことか分からないのかイサベルは少し戸惑い気味だ。
「膝枕、双魔にしてみたない?」
「いいんですか!?あっ……」
前のめりに聞き返してしまったのが恥ずかしかったのか、双魔と目が合ったイサベルはサッと目を逸らした。
「うちは構わへんよ。双魔は?」
「…………まあ、興味はある……」
「ほほほほ、今日は素直やね?」
「…………ほっとけ」
イサベルも鏡華と同じように好き合った恋人同士だ。その膝枕が気になって何が悪い。
「じゃあ、ほら、一回起き上がれる?」
「ん」
双魔が上半身を起こすと鏡華と入れ替わりでイサベルがソファーに腰を掛けた。
「その……よろしくお願いします」
「……いや、こちらこそ……」
「ほほほほ」
そんな二人を見て鏡華が楽しそうに笑った。少し怨めし気に鏡華を見ながら双魔はイサベルの太ももにゆっくり頭を下ろした。
(……これは……比べるわけじゃないが……なかなか……)
鏡華の太ももは柔らかく頭を包み込むような安心感のある感触なのだが、イサベルの太ももは少し反発性が高い感じがする。鏡華よりも動き回っているからかもしれない。が、不思議と頭にフィットしてなかなか心地よい。
「……どうかしら?」
「……結構なお手前で……」
「……それならよかったわ」
「…………ん」
緊張していた表情が解れて、優しい微笑みを浮かべたイサベルに、双魔の胸はまた高鳴ってしまった。それを誤魔化そうとぶっきらぼうな反応をしてしまう。鏡華はそのやり取りを見てまた笑っていた。
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