第486話 思わぬ矛先転換
「むぅ、あまり衝撃は強くなかったな?」
一仕事を終えてすぐにいつもの姿に戻ったティルフィングがワンピースの裾を揺らしながらボヤいた。もっと強い衝撃が来るものだと思っていたらしい。
「ん、まあ、アッシュとフェルゼンが頑張ってくれたおかげだろうさ。ほれ」
申し訳なさそうに笑う双魔の視線の先ではアッシュが膝に手を置いて息を整えていた。隣ではアイギスがその背中を摩っている。フェルゼンはその場で大の字に寝転んでいた。カラドボルグが紫色の髪を楽しそうに撫でている。
「……そういうことか」
「二人のお蔭で楽は出来たが、俺も神経を使ったから少し疲れた……後で一緒に甘いものでも食べよう」
「本当か!?それならクレープがいい!いつもの店の者が来ているらしいぞ!」
「ああ……そういえば外部から申請を出してくれてたな……」
双魔は移動販売クレープ屋のお姉さんの顔を思い浮かべた。ティルフィングとであったころからの付き合いで今ではすっかり常連だ。いつもティルフィングには大サービスをしてくれる太っ腹で気のいいお姉さんだ。その代わりに双魔は鏡華との仲をいじられている。学園祭では正規の申請をすれば外部の者も場所指定で商売を出来るようにしている。お姉さんはしっかりと審査を通過して開店したのだ。
「キョーカも行ったと言っていたぞ」
「んじゃ、クレープにするか」
「うむ!」
『我が言葉を聞くがいい!!』
「……ん?」
ジョージとプリドゥエンが去って舞台上に残っていたデュランダルが不遜な笑みを浮かべていた。響き渡る声に闘技場内の視線が再び彼に集まる。自分から挑み敗北したとは思えない堂々たる立ち姿だ。
『我は“
デュランダルの言いように観客はもとい学生たち、特に遺物科の生徒たちが騒めきだした。突如“英雄”へ挑戦する機会が訪れたのだ。己の力を試したい者は多い。現に闘技場内を歩き回って警備していたロザリンが分かりやすく興味を持って最前列の席まで前に出ていた。
『……だが、誰でもいいというわけではない。この場はただの戦場に非ず。子羊たちを楽しませる場である。故に我が眼に適う者を指名する!』
(……挑戦を受けると言っておいて相手は自分で指名する……自分勝手極まりない奴だな……)
双魔はデュランダルの自己中心的な感性に頭が痛くなってきた。伝説級遺物のはずだが思考が神話級遺物たちのそれに近い。やはり、“神”という存在との近さによってその辺りが決まって来るのだろう。
(……で、お眼鏡に適ったのは誰なのか……やっぱりロザリンさんか?この場にいるってことは……ハシーシュ小母さんもあり得るな……いや、あの人ここにいるのか?シャーロットのところに行くって言ってたしな……後は闘いぶりを見せたアッシュ…………他にもいるかね……)
「ん?ティルフィング、どうした?」
デュランダルの相手に選ばれてしまう或る意味不幸な者が誰なのかを考えてボーっとしてしまった。双魔はティルフィングにローブの裾を引っ張られて我に返った。
「ソーマ、あ奴……こちらを見ているぞ?」
「あ奴……って……っ!?」
ティルフィングが眉をひそめる視線の先を辿ると合ってしまった。目が。とても聖なるモノとは思えない、闘争を求めるギラギラとした黄金の瞳が二つ双魔を捉えていた。デュランダルは明らかに双魔とティルフィングを次の闘いの相手と見定めている。
そう感じた瞬間、双魔の動きは速かった。今ここで“英雄”と闘うことに何の意味があるのか。もし、闘うとしても今ではない。ティルフィングの手を取ってこの場から去ろうと試みた。しかし、目が合った時点ですでに手遅れだった。
『伏見双魔!そして、ティルフィングと言ったか!我と我が契約者アンジェリカは貴様との決闘を所望する!!』
闘技場内のほとんどの視線がデュランダルの瞳の先。双魔とティルフィングを捉えた。最早、この誘いから逃れることはできない。双魔は静かに奥歯を噛み締めるしかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「“英雄”アンジェリカとデュランダルが」その知らせは瞬く間に学園中を駆け巡った。
──遺物科棟。
鏡華は教室に作った厨房で料理をしていた。昨日の双魔の活躍で名が知れ渡ったのか、今日も朝から盛況で休む間もなく鍋やフライパンを手に働いている。
(まあ、料理は好きやしね……お客はんたちも喜んでくれてはるみたいやし。やりがいがあって楽しいわ)
「ふんふ~ん~♪……うん?」
忙しくても好きなことをしていれば気分も上々だ。鼻歌を歌いながら鍋の中身の具合を確かめていると何やら外が騒がしい。と思った瞬間だった。
「主」
「玻璃?どないしたん?今日もサロンにいるんや……何かあったん?」
突然、サロンで他の遺物たちと茶会をしているはずの浄玻璃鏡が現れた。鏡華は浄玻璃鏡が来たことには驚かなかったが、いつもは閉じているはずの瞼が開いているのを見て異常を悟った。それに浄玻璃鏡の後ろには如何にも不安気な表情を浮かべたレーヴァテインが立っていたのだ。
「詳しい……話……は……後だ……今は……闘技……場……に……」
「闘技場?……もしかして、双魔に何かあったん?」
鏡華は一気に不安になった。確認はしているが双魔のみに何か起きたことは確信していた。主の言葉を聞いて浄玻璃鏡は静かに頷いた。それを見るのとほぼ同時に鏡華は割烹着を脱ぎ捨てた。他の厨房担当のクラスメイトが声を掛ける間もなく教室を飛び出す。
「わっ!り、六道さん?」
「ごめんなっ!」
入口のところでモニカとぶつかってしまったが双魔が心配だ。鏡華は浄玻璃鏡、レーヴァテインと共に風のように走り去っていった。あとに残ったモニカとクラスメイトたちは小さくなっていく鏡華の背中を呆然と見つめた。いつもお淑やかな鏡華が一変するとは何事か。しかし、少し遅れて入ってきた双魔対“英雄”の話を聞いて皆納得した。ついでにシフトの時間が外れている者たちは急いで闘技場へと走るのだった。
──大会議室。
『伏見双魔!そして、ティルフィングと言ったか!我と我が契約者アンジェリカは貴様との決闘を所望する!!』
ガタッガタッ!!ガターンッ!
「っ!?」
「そ、双魔さんっ!?」
闘技場を映したモニターに双魔に宣戦布告するデュランダルとアンジェリカの姿と渋い表情を浮かべた双魔と対照的にやる気満々のティルフィングが映った瞬間。書類処理をしていたイサベルとクラウディアが勢いよく立ち上がった。椅子二つがほとんど同時に床に転がる。
(双魔君がどうして“英雄”に決闘を!?)
イサベルは絶句した。分野は違えど“英雄”の位階に置かれた遺物使いがどんな存在かはイサベルもよく理解している。双魔の強さは知っている。不思議な力があるのも知っている。それでも闘えば無事では済まない相手だ。
「カッカッカッ!また厄介なことに巻き込まれてるな!…………お前さんら、行ってこいよ。あとはこっちで引き受けとくぜ」
宗房はモニターを見たまま、振り返りもせずにイサベルとクラウディアにそう言った。
しかし、双魔のことは心配で心配でたまらないが自分の仕事を投げ出すわけにはいかない。一瞬、二人は葛藤した。
「カッカッカッ!遠慮はいらねぇぜ!こんな仕事より好きな男の方が大事だろうがよ。ほれ、さっさと行った行った!!」
宗房は手をひらひらと二人に振った。ぶっきらぼうだが送り出してくれているのだ。
「伊達議長、ありがとうございます」
「兄さん!ありがとう!」
イサベルとクラウディアは律儀に礼を言ってから部屋を出ていった。バタンッ!と大きめの音を立ててドアが閉まる。
「そろそろ起きやがれ」
「いだっ!な、何をするんだ君はっ!!?」
宗房は隣で突っ伏して寝ていたフローラの頭を引っ叩いた。人手が足りないので占いの館を取り潰して仕事をさせていたのにフローラは不満たらたらで居眠りする始末だ。天誅を下しても怒られないというものだ。
「ガビロールとクラウが行っちまった。あとはお前と俺で全部処理する」
「えーーー!!なんでさ!?理不尽だよ!どうしてイサベルくんとクラウディアくんは出ていったんだい!?」
「そりゃあ、お前。愛のためだろ」
宗房の言葉を聞いて不満げだったフローラの顔が真剣なものに豹変した。
「そうか、それなら仕方ないね」
打って変わってフローラはペンを手に手元の書類を凄まじい速度で処理しはじめた。それを横目に宗房はモニターに目を遣る。
(……双魔、骨は拾ってやるぜ)
宗房は少し皮肉を込めて心の中でエールを送った。今この時、学園に居合わせた誰もが闘技場に注目しているのだった。
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