第487話 決闘受諾

 「ソーマ!あ奴らやる気のようだぞ!この前の仕返しをしてやろう!」


 ティルフィングがグイグイと強めにローブを引っ張ってくる。もう、何というかやる気満々のようだ。一方、双魔にその気は一切ない。が、この場の空気が逃亡を許してくれそうになかった。


 既に観客たちの視線は双魔に注がれている。学園の関係者たちも然りだ。別に逃げてしまっても構わない。意気地なしの刻印を押されても双魔自身は気にしない。しかし…………。


 (……俺の判断に……俺の周りの人たちも関わってくる……デュランダルはそれが分かってる。アンジェリカもだ)


 衆目の眼に晒された双魔の行動は双魔だけのものではない。大きなものを挙げれば鏡華やイサベルとその家族たちに迷惑を掛ける可能性が高い。この場で敗北することは大きな恥にはならない。ただ、逃亡だけが最低な一手なのだ。選択肢は……一つしかなかった。


 「ソーマ!」

 「分かった。まずは下に降りる。その後どうするかは……また考える」

 「うむ!それでいい!行くぞ!」

 「ん!それじゃあ頼む」

 「任せておけ!」


 ティルフィングは嬉しそうに大きく頷くと両手を前に掲げた。小さな手のひらから放出された紅の剣気が舞台まで一直線に伸び、いつか見た滑り台のような紅氷が形成される。


 「よっ!」

 「ほっ!」


 ティルフィングが紅氷の滑り台にぴょんっと飛び乗った。双魔も続いて飛び乗る。急な斜面を風を感じながら滑り降りる。舞台までは瞬きを二、三回する間に到着した。滑り台の終わりが少し上に向いていたので、二人して少し宙を浮いたが無事着地した。目の前にはデュランダルとアンジェリカが立っていた。


 「フハハハハハッ!来たか!流石に逃げなかったようだな!」

 「当たり前だ!貴様など我とソーマにかかれば大したことはない!!」

 「……言うではないか。それならば格の違いを見せてやろう。ティルフィングとやら、昨日は卑怯にも不意を突いてくれたな……貴様も多少の強さは持っているようだが……叩き潰して分からせてやる!」

 「何が卑怯だ!突然仕掛けてきたのは貴様ではないか!我こそ許さん!ソーマを傷つけた!きっちり仕返ししてやるぞ!!」


 (……これは…………)


 顔を合わせた瞬間、ティルフィングとデュランダルは一触即発になってしまった。どうにか闘わずに済む術はないか考えていた双魔の目論見はこの時点で半分以上崩れていた。


 「……シスター・アンジェリカ……アンタはいいのか?」

 「……私はデュランダルのしたいようにするだけ。“英雄”が格上相手とはいえ一方的に敗れたままなんて沽券に関わるわ。秩序の崩壊にもつながる……それに……」


 双魔の不闘の意思をけんもほろろに打ち砕いたアンジェリカは双魔の顔を見つめてきた。何か言葉を探っているように見える。


 「……貴方、只者じゃないでしょう?それが何か見極めておきたいの」

 「……」


 双魔に何かを感じ取っていたのかアンジェリカは双魔を見透かそうとするように僅かに目を大きく開いた。“英雄”となると洞察力もかなりのものだ。双魔のフォルセティの力に感づいたのかもしれない。双魔は無言と無表情を貫いた。


 「むぅぅぅぅ!」

 「フハハハハハッ!」


 契約者をよそに遺物同士は既に前哨戦というべきか、互いに睨み合って軽く迸らせた剣気をぶつけて牽制しあっている。当事者二名と二振りのうち戦闘の意思がないのは双魔のみ。


 (……やるしかないのか……学園長は……)


 僅かな希望を胸に双魔は学園長を見てみたが口元に笑みを浮かべて自慢の髭を撫でていた。その仕草は何度か見たことがある。恐らく止める気はない。


 「こうしていても埒が明かん!ヴォーダン!構わぬな?」


 痺れを切らしたデュランダルが学園長に双魔とティルフィングとの闘いを承認するように迫る。


 「フォッフォッフォ……構わぬ。好きにするが良い……伏見君」

 「……何ですか」

 「負けても構わぬ。誰も恥じとは思わぬ。ただし……死なぬように気をつけることじゃ。全力を出せ。よいかな?」

 「……分かりました」


 ここに“英雄”アンジェリカとデュランダルペアとまだ表向きは一学生である伏見双魔とティルフィングペアの決闘が成立した。


 「これは一種の決闘じゃ。故にこのヴォーダン=ケントリスが決闘責任者を務める。この決闘における規則は二つ。一つ、相手を殺してはならない。二つ、アンジェリカ、デュランダルが勝利に一辺でも納得できない場合は当人の判断により伏見双魔、ティルフィングの勝利または引き分けとする」

 「フハハハハハッ!それで問題ない!勇敢にも負けると分かっていながら“英雄”に挑むのだ!勇士には寛大さを与えることが強者の義務だ。シスター・アンジェリカ、いいな?」

 「私は貴方がいいなら構わないわ」

 「ということだ伏見双魔……精々我を楽しませろよ?フハハハハハッ!!」


 デュランダルは踵を返すと高笑いを上げながら先ほどのジョージとの勝負の時と同じ立ち位置へと戻った。


 「……ティルフィング、頼りにしてるぞ」

 「うむ!大丈夫だ!我と双魔ならあんな奴らに負けるはずがない!!」


 ティルフィングはフンスッ!鼻息を荒くして負けん気全開だ。その顔が可愛らしくて双魔は思わず頭を撫でてしまう。


 (……さて、またとんでもない厄介事に巻き込まれたな……下手をしたら本当に死ぬ……できる限りを尽くさないと不味い。ここまで来たら目立たないようになんて言ってられない……か……死ぬわけにはいかないからな……)


 双魔はジョージが立っていた場所に足を向けると一瞬だけ瞼を閉じた。そこには鏡華、イサベル、ロザリン、左文、母、父、師、ハシーシュ、その他にも自分を温かく見守ってくれる大切な人たちの姿が鮮明に浮かんだ。遺物使いとしての伏見双魔は今、人生初の岐路に立たされている。


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