第482話 不遜な挑戦
暴風から突然に凪となったような空気の中、模擬戦を行っていた学生たちと同じように一人の青年が歩いて現れた。金色の髪はデュランダルと同じくらい美しいが、それ以外は見るからに普通の青年だった。学園長やアンジェリカたちのような迫力やオーラというものがまるでない。ただ、青年の後ろにはヴェールで顔を隠した不思議な女性が付き従っていた。
観客たちは混乱し、闘技場内をざわめきが支配する。そんな異様な雰囲気の中を、青年は堂々と歩み、舞台に上がり、学園長とアンジェリカの間に立った。
「皆さん、こんにちは。今日、この場で皆さんの声をこの耳で聞き、姿を目で見ることができたことを、守るべき人々を私の身体で感じられたことを幸せに思う」
青年は穏やかに観客たちに語り掛けた。デュランダルのような大声ではない。普通に見える青年は普通に話しているのだ。なのに、不思議と闘技場全体に声が届いた。
「……お兄さん!お兄さんは誰なのー!」
「こっ!こらっ!駄目よ!」
観客席の最前列、丁度青年の真正面の席に座っていた幼い少年が観客たち全員の想っていることを叫んだ。我が子の思わぬ行動に隣の母親が慌てて少年を抱き上げて口を塞ごうとする。
しかし、青年は少年の問いを聞くと柔らかく微笑んだ。
「これは失礼したね。私の名前はジョージ=ペンドラゴン。当代の“
また、青年の声が闘技場全体に届く。その言葉を耳にした観客たちは皆ポカンと口を開けてしまった。それもそうだ。何の変哲もない青年が世界最高の遺物使いと名高い者の名を名乗ったのだ。数秒、ざわめきが起こる。
本当なのか?
あの人が……ジョージ王?
随分若いが……偽物じゃないか?
でも、今の“聖剣の王”を見たことがある人はほとんどいないって言うし……。
だからこそ偽物なんじゃないか……。
闘技場内の様々なところから疑念の声が上がる。中には青年にあからさまな悪意の視線を送る者もいた。そこで、最初にジョージに問いかけた少年がもう一度叫んだ。
「っ!お兄さん!お兄さんは本当に王様なの!?」
「ああ、私はまごうことなき当代の“聖剣の王”!ジョージ=ペンドラゴンさ!!」
ジョージがこの場に現れてから初めて声に力を込めた。その瞬間、突風が巻き起こった。無風だった闘技場内を一陣の風が攫って行く。塵が舞い、観客たちの髪が乱れる。君子豹変す。それまで普通にしか見えなかった舞台に立つ青年は誰が見ても分かる、偉大なる王の気風を纏って見せたのだ。
騒めいていた人々が一斉に口を噤む。そして、誰かが呟いた。
…………“聖剣の王”だ……本物の……
その呟きは瞬く間に闘技場内の疑念、悪意を全て吹き飛ばした。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーー!!!!
学園長とアンジェリカが姿を見せたときとは日にならない歓声が上がる。中には両手を組んで涙する者もいた。ブリタニアにおいてペンドラゴン王家は国家の守護を司るもう一つの王家。心の中で敬愛する国民が大多数。そして、滅多に姿を現すことのない彼の王が目の前にいる。皆、喜びを感じ、感激せずにはいられない。観客たちだけではない。学生たちも驚愕していた。“聖剣の王”の名は魔導界で知らぬ者はいない大物中の大物だ。
「改めて、我が名はジョージ=ペンドラゴン!この国の、この世界を脅かす邪悪を打ち払う“聖王剣”の担い手である!!」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーー!!
王様―――――――!!!
王様―――――――――!!
闘技場内に王様コールが鳴り響く。誰もが喜んでいた。誰もが喜ぶサプライズだった。そんな空気を感じてかデュランダルが突然声を上げて笑いだした。
「フハハハハハッ!!流石は“聖剣の王”!小癪にも“英雄”の序列第一位だ!しかし、この場にはまだ信じられぬ者もいるかもしれない!故に我が提案を受け入れてもらいたい!!」
デュランダルの堂々たる大音声に再び闘技場に静寂が満ちる。誰もが、舞台上に注目する。
「……して、その提案とは?」
デュランダルにそう促したのはジョージではなく学園長だった。この場を仕切るべき立つ場であることを察したに違いない。そして、それは正しかった。
「当代の“聖剣の王”!ジョージ=ペンドラゴン!!我と我が契約者アンジェリカは貴様に挑戦を申し込む!!!!」
「……挑戦ですか?」
「…………」
グングニルは主に代わってアンジェリカを見て意図を探った。しかし、アンジェリカはグングニルを一瞥しただけだった。どうやら何も聞いてはいないらしい。
「そうだ!我の挑戦を受けよ!世界最強の実力!この身を以って試し!この場にいる全員に偽りなしと知らしめる機会としてやろうと言っている!さあ!当代の“聖剣の王”よ!我が挑戦を受けるがいい!!」
デュランダルは腕を組んで仁王立ち。自分の提案が受け入れられることを一切疑っていない。その隣でアンジェリカは内心納得していた。
(そう言うことだったのね)
この学園に到着し、車を降りた瞬間からデュランダルは何かを楽しみにしているようだった。それがこれだったのだろう。ジョージの存在を感じ取り、一手合わせることを企んでいたのだ。アンジェリカはそれをどうとも思わない。ジョージが“聖王剣”の担い手なら自分は“聖絶剣”の担い手。デュランダルの意思に従うだけ。それが彼女のスタンスだ。
突然、とんでもないことが起きようとしている。観客たちが息を呑み、この場に居合わせた遺物協会や魔術協会の者たちが本部に連絡を取る中、それまでジョージの後ろで控えるのみだったプリドゥエンが主とデュランダルの間に割って入った。
「その傲岸不遜な要求、お断りさせていただきます」
プリドゥエンは冷たい声でデュランダルにそう言い切った。ジョージは今、
「そうだね。折角だからその挑戦、受けようじゃないか」
「っ!我が王!!…………」
主の言葉に耳を疑い勢いよく振り返るプリドゥエンだったが、ジョージの赫い瞳に見つめられるとそれ以上は言えなかった。
「ただし、今受けるとなると私とプリドゥエンが相手をすることになる。それでもいいかな?」
「フハハハハハッ!それで構わん!不満がないわけではない!されど!世界最強の遺物使いの腕を確かめられるとあらば不満もなきものと変わらん!!!フハハハハハッ!」
ジョージとデュランダルの会話は闘技場内に聞こえ渡った。序列第一位の“英雄”と序列第十位の“英雄”が闘う。これに観客たちが興奮しない訳はない。
……ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーー!!!
この短い時間で何度目か分からない大歓声が闘技場内の空気を熱くする。
「…………」
(予想していたことじゃが……こうなっては盛り上げる他あるまい。止めるのも無粋じゃろうて……)
学園長はことの流れが決まったと判断して放送室のアメリアの方を見た。既に事態を察して講師陣も、各協会関係者も、そして闘技場内にいる遺物科評議会のメンバーも動いているようだ。あとは進行をどうにかすればよい。
『っ!な、なんとなんとーーー!驚きの展開ッスーーーーー!サプライズゲストのジョージ王とアンジェリカさんが勝負をする事になってしまったッスーーーーー!』
アメリアは視線に気づくとすぐに元通りのテンションに戻って明るい声でそう言った。
(……うむ、察しの良い子じゃ)
アメリアの即応に感心しつつ学園長は考える。
(……この展開、予想はしておった。故に大事とならぬよう儂が取り仕切る他あるまいて……)
現状と事後、各方面への影響や対応を思案しつつ、学園長は自慢の白髭を撫でるのだった。
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