第483話 見知らぬ遺物、発見する

 「とんでもないことになってきたな!」


 闘技場内に散らばっていた四人が集まって、開口一番にフェルゼンが緊張したような、それでいて期待せずにはいられないといった表情でそう言った。


 「僕も頑張ったんだけどなぁ……これはかき消されちゃうようねー!アハッ!」


 一仕事終えたアッシュは清々しく笑っていた。思ったより疲れていないようで双魔は少し安心していた。“真装”はそれほど負担が大きい。


 「ん、続きになるけど無理するなよ」

 「あれ?もしかして、双魔、僕のことを心配してくれてる?」

 「……悪いか」

 「わ、悪くないよ……嬉しかっただけ」

 「そうか、まあ、本当に無理はするなよ」

 「大丈夫だよ!ほら!」


 アッシュはそう言ってガッツポーズして見せた。頬が薄っすら赤いのは身体が闘いの余韻を感じているからだろう。


 「あっ!そういえば、さっきは双魔もフェルゼンもありがとうね!」


 アッシュは先ほどの闘いのことを思い出したのか礼を言ってきた。衝撃波から観客を守った件についてだろう。


 「ハハハッ!俺は俺の仕事をしただけだ!気にするな!」


 フェルゼンが眼鏡と白い歯を爽やかに輝かせて笑った。双魔も軽く手を振って礼を受け取っておく。


 「後輩君とアッシュ君とフェルゼンは仕事があるけど、私はどうしようか?もぐっ……」


 ロザリンは持っていたチュロスを一口齧って首を傾げた。双魔たちが集ったのは今、アッシュが礼を言った件についてのように、激突するであろう剣気から観客たちを守るためだ。アッシュとアイギスは本命。フェルゼンとカラドボルグは重力で、双魔とティルフィングは剣気の霧で観客を守ることができる。三重にしておけばもしもはないはずだ。デュランダルはそうだか分からないが、少なくともジョージとプリドゥエンは全力を出すつもりはないはずだ。


 ロザリンとゲイボルグは能力的に回避と攻撃に重きを置いているので、ロザリンは思ったままを口にしたのだろう。


 「ロザリンさんはそのまま警部巡回を続けてくれればいいと思いますよ?」

 「そう?」

 「ああ、ロザリンはそれでいいだろう」

 「僕も賛成!」

 「うんうん、分かった。それじゃあ、皆よりゆっくり観れるね。直接力を感じられないのは残念だけど……」


 ロザリンも両者の勝負には関心があるのか珍しく少ししょんぼりだ。


 因みに遺物組は興味なさげだ。ゲイボルグなどロザリンの足元で大きなあくびをしている。昨日は一触即発になりそうだったと言うのにいい意味でドライだ。そんな中……。


 「……」


 ティルフィングだけは真剣な面持ちで舞台上のデュランダルを凝視していた。


 「ティルフィング?」

 「む?」

 「……どうかしたか?」

 「いや、何でもない」

 「ティルフィングちゃん、食べる?」



 何かを察したのかロザリンがチュロスをちぎってティルフィングに差し出した。

 「む?いいのか?」

 「うん」

 「はむっ……むぐむぐ……甘い!カリカリモッチリ!美味だ!礼を言うぞロザリン!」


 ティルフィングはチュロスの甘さにニコニコ顔を綻ばせた。真剣さをそれでどこかに行ってしまう。


 (…………俺もいい予感はしないな)


 ティルフィングの様子を見て双魔も内心そう思うしかなかった。そして、その予感は間違いないものであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 一方、双魔たちが集まっている場所の丁度真向いの席では少し日焼けした肌と左右で結って青と金の布で包んだ中華風お団子シニョン、桃色の瞳が特徴的な遺物科の制服を纏った少女が愛嬌のある太い眉毛を八の字にした困り顔で座っていた。


 「まさか……“聖剣の王”と“滅魔の修道女”の対決が見られるとは……思いもよらず嬉しいところですが……肝心のお役目が……先ほどのオーエン殿とアイギス殿が良いように思われますが……何か違うような気がします……拙の直感的に……うーん……うーん……」


 少女が腕を組んで唸っているとその後ろから音もなく近づく影があった。背の高いのその影は少女の真後ろで足を止めると、右手で手刀を作りそのまま少女の二つのお団子の中間、脳天に思いきり振り下ろした。


 「あいたーーーーーー!!なっ!何ですかっ!って、青龍じゃないですか!」


 少女が目に涙を浮かべて振り返るとそこには後漢代の貴族服を身に纏い大きな頭巾を纏った切れ長な眼が特徴的な容姿端麗な人物が立っていた。青龍と呼ばれたその人物は青筋を浮かべて明らかに怒っていた。が、少女はすぐそれに気づかない。


 「どこに行っていたんですか?探したんですよ?」


 少女のその問いを聞いて、ついに青龍はキレた。


 「馬鹿者――!!!」

 「あいたーーーーーーーーー!!」


 青龍は川のせせらぎのような綺麗な声で少女を罵倒しながら、もう一度正面から手刀を食らわせる。少女がまた目に涙を浮かべた。


 「珠雲!お前はどうしてすぐにいなくなってしまうのだ!どれだけ探したと思っている!それが馬鹿面で「探してたんですよ?」だと!?数日前も迷子になったのに懲りないのか!!方向音痴なのを自覚しろ!次やったら首輪をつけるぞ!!」


 青龍に叱責されて少女、珠雲は身を縮めた。


 「す、すいません…………肝に銘じます……」

 「全く……少し目を離しただけでこれだ……それで……」


 青龍は空いていた珠雲の隣の席に腰を下ろした。その視線は舞台上に向けられている。


 「プリドゥエンとデュランダルが闘うようだが、太公望樣より申しつけられた“”は見つかったのか?」

 「それが……なかなかピンときません……」

 「見つかっていないのか……だが、お前の勘は正しい。慌てることもないだろう」

 「……しかしっ!……」


 切迫した表情を浮かべて勢いよく顔を上げる珠雲を青龍は片手で制した。


 「急いては事をし損ずる……急いだ方がいいことは事実だが、まだその時ではない。お前がこれだと思う人物が現れるまで猶予を作る。いいな?」

 「……はい!そうですね!今はジョージ王とアンジェリカ殿の勝負を楽しむことにします!!」


 表情一転。満面の笑みを浮かべて珠雲は舞台上へと向き直った。そんな己のを見て青龍は呆れと愛おしさを含めた笑みを浮かべるのだった。

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