第478話 ”白騎士”舞台に立つ

 「………………」


 貴賓室の一つ。デュランダルは眼下でぶつかり合う遺物使いたちを、豪奢なソファーに深く腰掛けてつまらなそうに眺めていた。その後ろではいつものようにアンジェリカが椅子に座って聖なる書を読んでいる。


 「……つまらないの?」

 「フンッ!見応えはないぞ。我は強き者は好きだが……ここまでは半端な者しか出ていない。余興としては中の下だ」

 「中の下ならそこそこじゃない。今の試合が終わったら、最後の試合はアイギスが出るみたいよ?」

 「ほう……アイギスが。それは楽しみの前の前菜にはなりそうだな!フハハハハハ!」


 そう言ってデュランダルは哄笑した。アイギスはデュランダルも実力を認める神話級遺物だ。アンジェリカから見て今の契約者、アッシュ=オーエンも悪くはない。デュランダルはそこも認めているのだろう。だから笑うのだ。


 「……決着がついたか。まさか、相打ちとはな。愚物も少しは魅せる」


 舞台の上では二人の遺物使いが共倒れになっていた。観客たちはかなりヒートアップしている。力を使い果たして動けない二人を救護班が担架で運んでいく。


 いよいよ、アイギスと契約者の登場だ。デュランダルが腰を上げたその時だった。


 コンッコンッコンッ。


 部屋の扉が外からノックされた。


 「入っていいわ」


 アンジェリカが膝の上の広げた聖なる書から顔も上げずに返事をした。少し間を空けてノックの主が扉を開いた。部屋に入ってきたのはグングニルだった。


 「おくつろぎのところ失礼します。お二方とも、時間となります。移動を」

 「……間の悪い。だが、グングニル、貴様の顔を立ててここは抑えておこう。楽しみは……まだある。フハハハ……」

 「…………こちらへ」


 グングニルは含みの笑みを浮かべたデュランダルを数秒凝視したが、何か言うことはせずに踵を返した。


 アンジェリカも聖なる書をパタンと音を立てて閉じると立ち上がってグングニルの後に続いた。


 「……世界の頂点立つ者……その腕前をとくと味合わせてもらおう。フハハハハハ!」


 デュランダルは声高く笑った。その企みが叶うことを一切疑うことなく。笑うのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「なんか思ったより早く出番になっちゃったね?」


 舞台へ入場するためにスタンバイしていたアッシュは思わず呟いた。時計は手元にないが恐らく時間は予定より巻いているはずだ。隣に立ったいるアイギスは少しだけ眉をひそめている。


 「そうかしら?面倒が少なくていいんじゃないかしら。早く済ませましょう」

 「ごめんね、アイ……あんまり人前に出たくないよね?」


 実はアイギスは衆目に晒されるのを好まない。アッシュはパートナーとしてそれをよく知っているので、イベント的な要素が強い今回の模擬戦への出場はあまり気が進まなかったのだが、クラスメイトの頼みを断りきることができず、承諾してしまった。アイギスへの罪悪感はチクチクと感じている。


 「仕方ないわ。その代わり、私たちの力を存分に見せなくちゃ駄目よ?」

 「もちろん!それじゃあ、行こう!」

 「ええ」

 「汝が名は”アイギス”!盟約に従い真なる姿を我に示せ!」


 微笑みを浮かべたアイギスの姿が黄金と蛇神の紋章に彩られた聖なる巨盾へと変わりアッシュの手に収まった。


 『それでは最終試合の選手入場っス!まずはみなさんご存知!遺物科評議会書記にして“世界最高の盾“アイギスを駆るブリタニア王宮騎士団の“白騎士”!位階は既に世界に認められた“竜騎士”!またの名をブリタニア王立魔導学園の王子様!アッシュ=オーエン!!!!』


 「ちょ、ちょっと煽り過ぎじゃないかな?」


 『いい加減慣れなさいな』


 「う、うん、そうなんだけど……もうっ!」


 観客のボルテージを最高潮にすべく放たれたアメリアの入場コールに苦笑を浮かべながら、アッシュは舞台の上へ上がった。


 きゃああぁぁぁーーーーーーーーーーー!アッシュさまぁぁぁぁぁーーーーーーー!!


 アッシュの姿が見えた瞬間、闘技場内の歓声が黄色一色に染め上げられた。


 「うーん、どうしてみんなこんなに騒ぐのかな?」


 『フフフ、信仰に近いものを向けられるのは悪い気分ではないわ』


 アイギスも純粋で素直な感情を一身に受けて悪い気はしないようだ。


 『続いて対戦者はこの人!アイスランドの英雄グレティルの血を引く由緒正しき遺物使い!恐ろしき剣気からついた二つ名は“呪いの腕ボルブナラルムシュ”!ヴィグディス=グレティル!!!そして、契約遺物“呪腕魔剣”カールスナウトだーーーー!!』


 オオオオオオオオオオオオオオーーーーーー!!


 今度は一転、真っ黄色だった歓声が野太い男たちの歓声に塗りつぶされた。


 「フ、フヒヒヒヒ……居心地悪い……でも、応援してもらってちょっと嬉しいかも……フヒヒヒヒ……しかも、アッシュ様と闘えるなんて……フヒヒヒヒ……幸せ……」


 引き笑い気味の笑い声と共に姿を現したのは紫色の長い髪が特徴的な女子生徒だった。前髪が長く伸びていて表情は見えにくいが、声の通り口元には笑みを浮かべている。手に握っているのは紫色の刃が美しい短剣。美しいが刃はボロボロに刃毀れしている。


 アッシュは彼女の名前を知っていた。アメリアの紹介にあったように実力者として知られているが、普段はあまり目立つことのない同級生だ。契約遺物のカールスナウトについてもあまりよく分からない。しかし、この場所に来たならば、するべきことは一つだ。


 「やあ、グレティルさんだよね?今日はお互い全力で頑張ろうね?」

 「……え?アッシュ様が私のことを知ってる?……フヒヒ……信じられない!嬉しい!それなら……アッシュ様に忘れられないように……アッシュ様が忘れられないように……私を刻みつけてあげなくちゃっ!」


 アッシュの一言がヴィグディスの琴線に触れたのかボソボソ話していた声が突然大きくなった。これにはアッシュの背筋にゾゾゾっと寒気が走る。


 「も、もしかして、ちょっと変わった子なのかな?」


 『ええ、そうね。気をつけなさい』


 「気をつけなさいって……アハハ……」

 「フヒヒヒヒヒヒッ!」


 『それではっ……試合開始っスーーーーーー!!!!』


 アッシュとヴィグディス、互いに意味の違う笑みを浮かべあったまま、アメリアの高らかな叫びによって闘いの幕が上げられるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る