第479話 ”呪いの腕”の猛攻

 「フヒヒヒヒ!アッシュ様!私の想い受け止めてっ!」


 先手を取ったのはヴィグディスだった。全身から脱力した姿勢からカールスナウトで斬りかかってくる。


 「……ふっ」


 予備動作からは考えられないほど早く鋭い斬撃だったが、ヴィグディスはまだカールスナウトの剣気を使っていない。アッシュはアイギスでは受けずに後ろに跳躍して避けた。


 「あれ?アッシュ様が……避けた?私のことを受け入れてくれない?……そう、そうね……私ったら手を抜いたのがばれてしまったのね……それなら……」

 「っ!」


 シューーーーーー!!!


 突然、カールスナウトから紫色の霧のような剣気が噴き出して、アッシュに斬撃を回避されてから呆然とと小声で何やら呟いていたヴィグディスの前身を包み込んだ。そして次の瞬間。


 「アッシュ様!今度こそ私の想いを受け止めてぇーーーー!」


 ヴィグディスは叫び声を上げると先ほどと同じようにゆらりと身体を動かした。が、早さが段違いだ。カールスナウトの剣気で身体能力にブーストが掛かった。今度は彼女の受けるしかない。


 「アイ!来るよ!」


 『ええ、しっかりね』


 ヴィグディスは初動が不気味なだけで剣筋は真っ直ぐだ。アッシュは下半身に力を入れて、ヴィグディスの斬撃を正面から受けた。


 ガキィィン!!!


 剣気を纏ったアイギスとカールスナウトが激突した。白と紫の剣気が迸り、ビリビリと空気が震える。


 「むむっ!」


 斬撃は刃毀れした短剣で、細腕のヴィグディスが放ったとは思えないほどの重さだった。しかし、アッシュはこれしきでは動じない。蘇生した劣化体だったとはいえ、神々に牙を剥いた“界極毒巨蛇ミドガルズオルム”の一撃にも耐えたのだ。その経験が胆力を生み、実力に結び付く。


 「フヒヒヒ!ッ!キャーー!?」


 アイギスを振るって、アッシュに肉薄して口元を歪めるヴィグディスを容赦なく吹き飛ばした。笑い声を上げていたヴィグディスは一転、悲鳴を上げて吹き飛ばされる。


 『おおっとーーー!最初の激突を制したのはオーエンさんだーーーー!』

 『グレティル殿もかなりの一撃と見えましたがー』

 『ええ、オーエン君は冷静に対処出来ているわ』


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーー!!!


 アッシュさまぁぁぁぁぁーーーーーーー!!


 遺物使い同士の激突。アメリアたちの実況に煽られて観客とアッシュのファンたちの歓声が上がる。


 ザザザッ!


 舞台の端まで飛ばされたヴィグディスは蜘蛛のような体勢でギリギリ落ちずに持ちこたえた。


 「アッシュ様に……受け止めてもらえた……嬉しい!もっとっもっともっと!受け止めてもらいたい!……フヒ……行くよ!カールスナウト!」


 ケヒャーーーーーーーー!


 ヴィグディスの呼び掛けにカールスナウトが唸った。身に纏う剣気の霧が濃くなり、ヴィグディスの姿はまるで死神タナトスのようだ。


 シュッ……ガギィィン!!


 「……重くなったね」


 ヴィグディスは剣気の軌跡を残して再び正面から突っ込んできた。アッシュも応戦してカールスナウトをアイギスで受ける。


 「フヒ!アッシュ様ぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!フヒヒヒヒヒヒ!」


 ギィィン!ガギィィン!ギィン!ギィン!ガギンッ!ギィン!ギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギン!


 ヴィグディスは狂乱したように絶え間なく、縦横無尽に斬撃を繰り返す。その腕の動きは一般客の目で追うことはできない。学園の者たちも固唾を飲んで見守ることしかできない。


 しかし、当の本人、猛攻を受けているアッシュはやはり冷静だった。


 「ふっ!はっ!」


 目にも止まらぬ一撃を全てアイギスの中央で的確に受けていく。自分の身の丈と見紛うほどの大きさのアイギスを凄まじい速さで動かし、攻撃を受ける。アッシュの反射神経と鍛錬が為せる超絶技巧だ。カールスナウトの呪いの剣気はすべてアイギスの清浄な剣気が祓ってくれている。


 ギンギンギンッギンギンギンッギンギンッ!ガギィィン!


 「ふーっ!はーっ!はーっ!スゴイッ!ふーっ!スゴイッスゴイッ!アッシュ様!私の全部を受け止めてくれる!フヒヒヒヒヒヒッ!」


 一方、攻めたてるヴィグディスは昂りに昂り、気こそはやっているもののスタミナが追いついていないのか息が上がり始めた。


 『……ッ!オーエンさんっ!グレティルさんの猛攻を全て捌き切っているッスーーー!何という超絶技巧!!実況なのに思わずなにも言えなくなってしまってたッス!!』

 『いやはやー、見事見事ですなー!流石、我吾と同じ世代で名を上げているお方ですなー!』

 『逆にグレティルさんは少し疲れてきたみたいね……オーエン君はまだまだ余裕そう。勝負あったかしら?』

 『ちょっと、梓織ちゃん!そういう盛り上がりをなくしちゃいそうな解説はダメッスよ!』

 『あら、ごめんなさい?』


 「……ふふっ」


 ヴィグディスの猛攻に晒されているアッシュだが、梓織の言う通り余裕があった。故に三人の会話をしっかりと聞き取って思わず笑ってしまったわけだが、それを見たヴィグディスの様子が一変した。


 「アッシュ様?私はアッシュ様しか見ていないのに……アッシュ様は違うの?……そうなのね……それなら……私だけに集中してもらわなくちゃ!私だけを見て欲しい!アアアアアアァァァァァァーーーーーーーー!!!」


 ケヒャーーーーーーーーーーーーー!!!


 ヴィグディスは斬撃の雨を止ませ、アッシュと距離を取り……叫んだ!その断末魔のような叫びに応えてカールスナウトも禍々しい呻き声を上げる。舞台の上の空気が明らかに重みを増した。


 「……あれー、僕また何かやっちゃったかな?」

 『アッシュ』

 「な、何?」

 『貴方、普段は双魔に迂闊だなんだって怒っているけど……あまり人のことを言えないって自覚した方がいいわ』


 「……き、肝に銘じておくよ…………」


 変貌を見せる対戦相手とパートナーの少し突き放したような忠告にアッシュは冷や汗を流しながらアイギスを構えなおすのだった。

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