第475話 予想外の噂

 「……そろそろ時間か」


 元々予定していた警備巡回をしていると時間はすぐに過ぎた。幸い昨日のようなトラブルはなかった。その代わりにおかしな噂が流れているようだった。


 (……なんだかなぁ)


 双魔は先ほどの出来事を思い出した。あれは大会議室を出てティルフィングと合流したすぐ後のことだった。


 『ソーマ、あそこの店は盛況のようだな!』

 『……ん?』


 ティルフィングが指差した方を見ると確かに他の店よりも人が集まっている屋台があった。まだ開場してからさほど時間が経っていないにもかかわらずかなりの賑わいだ。


 『少し様子を見てみるか』

 『うむ!』


 人が多ければそれだけトラブルの種は増えるし、大きくなる。念のため見ておいた方がよかろうと思ったのだ。


 屋台は木製の可愛らしいデザインで看板には飾り文字で「アクセサリー&グロサリー」と書いてある。


 (確か……錬金技術科の店だったな?)


 看板は双魔の記憶に引っ掛かった。出し物の書類審査をしていた時に珍しく一年生が出店すると申し出ていたので珍しいことだと思って覚えていた。


 『いらっしゃいませー!お安くしてますよー!いらっしゃいませー!』

 『このピアスのセットとハーブのお砂糖をいただけるかしら?』

 『はい!かしこまりました!』

 『この銀のネックレスはなかなか洒落ているな。こんなに安くて大丈夫なのかい?』

 『はい!錬金術の自主練習で失敗してしまったものを加工しているのでお値打ちなんです!プレゼントにもお喜びにいただけると思いますよ!』


 マダムに紳士、その他に若者がいて老若男女に人気なようだ。商売も真っ当なように見える。健全な学園祭の楽しみ方をしているようで微笑ましい。問題も起きていないようなので客が少しはけてから困っていることがないかなどと聞いてみようと思っていると、丁度人が少なくなった。


 『ん、行ってみるか』

 『そんなものを売っているのだろうな?』


 ティルフィングは興味津々だ。ぴょんぴょん跳ねながら屋台に近づき、双魔も後ろをついてく。


 『いらっしゃいませー!いらっしゃい……っ!』

 『あ、あれって……ど、どうしよう……』

 『ん?』


 何やら様子がおかしい。元気に呼び込みをしていた女子生徒が突然声を潜めて怯えたような仕草をしてこそこそ話し始めた。しかも、明らかに双魔の方を見ている。


 『おー、いろいろなものが売っているな……これはなんだ?』


 ティルフィングはそんなことは気にならないのか、並べられた商品を覗き込んでいる。


 (……何か怖がらせるようなことでもしたか?)


 『『……』』


 もうどう考えても警戒されているので、双魔は頭を掻くと、なるべく怖がらせないように柔らかな声で話しかけた。


 『盛況だな?楽しめてるか?』

 『は、はい!おかげさまで!そ、その……えーと……』

 『お、好きなものを持っていっていただいて構いませんから!ど、どうか見逃してください!お願いします!』


 一年生女子二人は顔を青くしながら双魔にペコペコ頭を下げ始めてしまった。


 『お、おい……やめてくれ!別に何かしようってわけじゃないんだが……ほら、顔を上げて!な?』


 突然懇願された上に人の視線も集めてしまいそうだったので、双魔は慌てて害意がないことを示した。その慌てように何か感じ取ったのか、二人は恐る恐る顔を上げてくれた。


 『……そ、その……遺物科の……副議長さんですよね?』

 『ああ、伏見双魔だ』

 『き、昨日……私たちの先輩の店が閉店処分になって売り物を全部持っていかれたって……いけないことですけど賄賂とか!……贈れば見逃してもらえるんじゃないかって……噂になってて……』

 『…………』

 『む?双魔はそんなことしていないぞ?』


 双魔は愕然としてしまった。ティルフィングも話を聞いて首を傾げている。如何やら昨日のアルコールを提供していた店を処断した件がおかしな方向に広まってしまったらしい。


 『ち、違うんですか?』

 『……ああ、違う……その件についてはだな…………』


 勘違いされたままではこれ以上の厄介事が起きるかもしれない。双魔はまだ怖がっている様子の二人に一から説明した。話を聞いていると怯えていた表情に段々と安堵が戻ってきた。


 『それじゃあ……噂は噓ってことですか?』

 『ああ、そうだ。お前さんたちの店が繁盛してるみたいだから困ったことがないか、声を掛けただけだ。警備の一環で何をしようとも思ってない』

 『そ、そうでしたか!し、失礼しました……』

 『私たち、副議長さんは何もしないから安心してってみんなに話しておきます!』

 『……ああ、よろしくな』


 富んだ濡れ衣を着せられたものだ。噂の出所は定かではない。処分された張本人たちの様子を思い返しても意趣返しをするような度胸はなさそうだった。やはり、何処かで話がねじ曲がってしまったのだろう。少し気疲れしてしまう。


 『誤解が解けてよかったな!』

 『ん、そうだな……それより、何かあったか?』

 『うむ!色々綺麗なものがあるぞ!それと気になる物も!これは……なんだ?』

 『それは……』


 ティルフィングがそう言って指差したのはケースに並べられているアクセサリーではなく食品の棚に置いてあった瓶だった。中には一口サイズで無色の結晶がたくさん入っていて、さらに結晶の中には緑色の小さな粒が入っている。


 『……これは……蕾、か?』


 よく見てみる粒は花の蕾のようだ。それも一つの種類ではなく数種類だ。


 『お目が高いですね!自信作なんですよ!それ!』

 『そうなんです!それはお花が咲くお砂糖なんですよ?』

 『……砂糖?』

 『はい!お砂糖です!これはですね……』


 自信作に注目してもらってテンションだ上がったのか、二人は嬉々としてどんな商品なのかを説明してくれた。要約すると、紅茶の成分と温度に反応して開花するような術を施した蕾を角砂糖の中に封じ込めたものらしい。紅茶に入れると砂糖が解けて花が咲く。咲く花の種類はお楽しみらしい。


 『なかなか洒落てるな』

 『はい!よかったらいかがですか?』


 (……角砂糖か……ん、そういえば……)


 双魔は差し出された角砂糖の瓶を見ているとあることを思いついた。


 『そうだな、折角だから貰っていこう』

 『わ!本当ですか!?ありがとうございます!アクセサリーはよく買っていただけるんですけど、こっちはなかなか売れなくて困ってたんです!それじゃあ、お包みしますね!』


 双魔に怯えていた顔は何処へやら。二人は笑顔で瓶を包装して紙袋に入れてくれたのだった。


 そして、今に至るわけだ双魔の手には買った商品の袋がぶら下がっている。


 (一筋縄じゃいかないか……噂ってのは厄介だ……)


 双魔はつくづくそう感じた。ついでに言うと巡回を始めてからこちらを見て話す人が多くいる。執事だとかメイドといった言葉が聞こえたので、昨日の喫茶店での出来事も噂になっているのだろう。


 「……人に見られるってのは、改めて気疲れするな……」

 「ソーマ、行かなくてよいのか?」


 ティルフィングがローブの裾をちょいちょいと引っ張ってきた。少しボーっとしすぎてしまったのかもしれない。


 「ん、そうだな、行こう」

 「うむ!」


 双魔はティルフィングの頭をくしゃくしゃ撫でると闘技場へと足を向けた。本日のメインイベント開始まではすでに三十分を切っていた。


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