第465話 準備万端っ!

 「……さて、着替えたのはいいが……これはどうなんだ?」


 用意された衣装に着替え終えた双魔は姿見の前で首を傾げていた。元々着ていたシャツに、黒のトラウザーズ、ウェストコート、ジャケット。白のタイにポケットチーフ。一つ一つ物はいい。しかし、鏡に映っているのはいつもの冴えない顔に、衣装に着られているような、不格好な執事だ。何とも言い難い。


 ウッフォは挨拶や対応を一通り教えてくれたが、それが終わると、「忙しくなるぞっ!きっとな!」といい笑顔で出て行ってしまった。やるといったはいいが、不安が残る。


 「……ん、手袋もするんだったな……どんな反応をされるやら……」


 双魔は両手に純白の手袋は嵌めるとバックヤードから接客スペースに足を踏み入れた。右手の手袋が少し大きめになっていたのは鏡華の気遣いだろう。


 「あっ!伏見くん出てきたねって…………うわぁ……」

 「こっ……これは…………」

 「……思ってたより……」


 双魔が姿を現すと女子たちが一様に目を見開いて驚いているようだった。少し居心地が悪い。


 「……おい」

 「……ああ、これ、俺たち要らなくないか?」

 「そっ、そんなこと言うなよ!」

 「……執事服で女の子と仲良くなってやろうと思ってたけど………夢が打ち砕かれた気分だ……」

 「ま、まあ!これで噂が広がればきっと女子を中心に客が集まるはずだっ!優勝も夢じゃないし!女の子の連絡先くらい聞けるかもしれないだろっ!」

 「……アッシュも着替えさせてたらとんでもないことになってたな…………」


 ウッフォを中心に男子たちは複雑そうな表情を浮かべていた。が、皆の反応を見て双魔は何となく察した。


 (……客観的に見ると、俺が思ってるよりは様になってるのか?)


 「ソーマ!」

 「ん?っ!ティルフィング……その恰好は……おっとっー!」


 呼ばれてそちらを向くとケーキを食べていたはずのティルフィングが可愛らしいメイド服姿に着替えて双魔に飛びついてきた。他の皆のものとは違い、所々に紅や布や黒い糸が用いられている特別仕様のようだ。


 「どうだ?似合っているか?」


 しっかり受け止めて聞いて見ると、ティルフィングは顔を上げて嬉しそうに聞いてきた。


 「ん。よく似合ってる。可愛いぞ。どうしたんだ?」

 「キョーカが用意してくれたものだ!普段の服より少し動きにくいが……ソーマが褒めてくれたからな!気に入った!」

 「……くっ……屈辱ですわ……私がこんな服を……で、でも……お姉様とお揃い……」


 続いてレーヴァテインの声も聞こえてきた。視線をそちらに向けて見ると、驚いたことにレーヴァテインまでメイド服を身に纏っていた。ティルフィングと対になるように蒼のフリルが用いられて上品な可愛らしさを演出している。が、浮かべる表情までもティルフィングと対照的だ。屈辱に耐えているような渋い表情だが、ブツブツと呟いているようにティルフィングとお揃いなのが嬉しいらしい。色白の顔は少しだけ赤らんでいる。

 

 「…………」

 「……何ですのっ!?」


 視線に気づいたのか、レーヴァテインが睨んできた。顔が赤らんでいるのは恥ずかしさもあるのかもしれない。


 「いや……よく似合ってると……」

 「そんなことはどうでもいいですっ!私もお姉様も!接客なんて……絶対にしませんわっ!」

 「あ奴は怒ったり喜んだり……何がしたいのだ?」

 「……色々、難しいんだ。うん」


 ティルフィングがレーヴァテインを見て首を傾げた。双魔はティルフィングの頭を撫でてやりながらそう呟くしかない。


 「どう?双魔。二人の分も内緒で用意しておいたんやけど、驚い……」

 「……ああ、驚いたけど……ん?どうした?」


 奥から出てきた鏡華は自慢気な表情を浮かべていたが、双魔を見ると驚いたような顔で固まってしまった。


 「……もしかして、似合ってないか?」


 双魔はティルフィングを下ろして、自分の姿を確かめるように見回すと苦笑を浮かべていた。鏡華から見れば、いつもと同じ可愛らしい表情なはずなのだが、衣装が違うせいか胸の鼓動が少し高鳴ってしまう。


 「う、ううん!似合ってるよ!……いっ、嫌やわ……うちったら……」


 頬がほんのりと熱を持ったのが分かった。鏡華は似合っていることはしっかり伝えたが、思わず視線を逸らしてしまった。


 「……鏡華」

 「なっ、なに?」

 「ん、まあ、自分じゃあんまり似合ってると思わないけど……鏡華が似合ってるって言ってくれるなら似合ってるんだろ。ありがとさん」

 「う、うん……うん……似合ってるよ……」


 双魔に微笑みかけられて、頬の熱が増していく。浄玻璃鏡や左文のいる家ならばいざ知らず、周りにクラスメイトがいては恥ずかしさがいつもの倍以上だ。


 「じゃ、じゃあ、うちは料理の準備に取り掛かるさかい……一緒に頑張ろっ!ほなっ!」

 「あっ!おいっ……何か不味いこと言ったかね?……って……な、なんだよ……」


 鏡華がそそくさと厨房スペースに下がってしまったのを見て、セットしていない頭を軽く掻いていると、双魔はクラスメイトたちの視線に気づいた。生温かいものから、親の仇を見るようなものまで、思わずギョッとしてしまった。


 「まあ、気にしなくていいよ!それじゃあ、私たちは宣伝で外を周って来るから!みんなは来客に備えておいてね!」


 モニカはそう言うと、数人連れだって教室を出て行ってしまった。女子たちはそれでそれぞれの持ち場に戻ってきたが、逆に男子たちは双魔に詰め寄ってきた。


 「……おい、双魔……」

 「……なんだよ」

 「……あまりイチャイチャするなよ……」

 「いや、してな……」

 「俺たちの心が……折れちまうだろう?」

 「……い、いや、何か……すまん……」

 「……簡単に謝るなよ……」

 「俺たち、惨めになっちまうだろ……」


 (…………どうしたらいいんだ)


 双魔は途方に暮れてしまう。もう、何も言わない方がいいかもしれない。


 「……まあ、この虚しさをバネにっ!俺たちも頑張っちゃおうぜっ!!」


 おーーーー!!


 最後はウッフォが取り纏めてくれたような形で男子たちは気合を入れて散らばっていった。


 「この服はフリフリだな……ソーマが褒めてくれたし、もう少し着替えを考えても良いかもしれないな!」

 「お姉様っ!お似合いですわ!……本当に……はあ!はあ!」


 少し離れたところではティルフィングがクルクルと回ってスカートを揺らしている。一瞬で疲労した心に、ほのぼのとした光景が染みる。


 「ねえ、何か……教室、熱くない?」

 「確かに……ちょっと汗ばんできたかも……」


 そんな声が聞こえてきた。確かに熱い。しかも、今は執事服を着ているのでなおさらだ。双魔はすぐに異変の原因に気づいた。


 「……“発散”」

 「っ!ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 双魔がレーヴァテインに左手を向けて呟くと、レーヴァテインは首筋に氷を当てられた時のような声を出した。メイド服姿のティルフィングに興奮して剣気が漏れてしまったらしい。


 「…………」


 (……やれやれ…………さてはて、どうなることやら…………)


 レーヴァテインに無言で睨まれながら、双魔はこれからのことを考える。初めての本格的な学園祭への参加。クラスメイトたちの浮かれた雰囲気に乗せられて、柄にもなくお祭り騒ぎに楽しさを感じているのだった。

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