第464話 反撃は執事姿で
「……さて、アッシュ、双魔。お前たち二人にはこのクラスのために一肌脱いでもらいたいんだ」
教室の真ん中の席に座らされた二人は執事姿とメイド服姿のクラスメイトたちにグルリと取り囲まれていた。
「むっ!このケーキは美味しいな!」
「……コーヒーも上品で飲みやすいですわ……」
ティルフィングとレーヴァテインは囲いの外のテーブルで接客を受けている。この扱いの差は何なのか。
双魔とアッシュには、皆を代表してウッフォが詰め寄ってきている。ウッフォの執事服だけ綺麗なマーガレットの花の刺繍が入っているのが気になったが、今はそれどころではない。
「……そうは言っても、俺たちは運営の仕事があってだな……」
「みんなを手伝いたい気持ちはあるけど……双魔の言う通りなんだよ」
「そこを何とか頼むっ!俺たちはどうしても優勝したいんだ!限定メニューが食いたいし!評議会のメンバーたちと写真も撮りたいんだっ!!この通り!」
「……写真くらいなら俺たちがどうにか…………」
「馬鹿野郎っ!正々堂々権利を得なきゃ後ろ指差されちまうだろうがっ!!!」
プライドがあるんだかないんだか、ウッフォは食い下がってくる。
「なあ、頼むよ!俺たち仲間じゃないかっ!」
「そうよっ!お願い!」
「まあ、こうなったら私も協力してくれると助かるなー、なんて思ったり」
いつの間にか他のクラスメイトに交じってモニカも詰め寄ってくる。宣伝はいいのだろうか。
「……一応聞くけど、手伝うって僕たちも接客するってこと?」
「出来ればそうして欲しい!けど、二人が忙しいのは分かってるんだ!どっちでもいいから衣装に着替えて教室にいてくれれるだけでもいいっ!」
ウッフォたちはウッフォたちなりに双魔たちに譲歩するつもりのようだ。クラスメイトとして助けになってやりたいと思う。が、双魔にも事情があるのだ。今日ばかりは簡単に首を縦に振るわけにはいかない。
が、アッシュの考えは違ったようだった。
「うん!分かった!それじゃあ、双魔がみんなに協力してあげればいいよっ!」
「なにっ!?本当かっ!」
アッシュの提案にクラスメイトたちの表情は明るくなる。しかし、当の本人はそうではない。
「……アッシュ、何を言い出すかと思えば……」
「双魔の仕事は僕が変わるから大丈夫!実はもともと、伊達さんは双魔がある程度自由に動けるように配置してるみたいだから、いくらでも対応できるんだ!双魔は学園祭にまともに参加するのは初めてでしょ?だから、お仕事も大事だけど、出来れば楽しんで欲しいんだ!」
「……アッシュ」
アッシュの提案は双魔を思っての提案だったらしい。嬉しくもあるが、外堀が半分埋められてしまったような気がする。そして、そこに止めがやって来る。
「よしっ!双魔が落ちそうだぞっ!というわけで、先生!お願いします!」
「先生って、誰……おい」
ウッフォの声で囲いが解けたと思うと仮設の厨房になっている教室の後方から割烹着姿の鏡華が出てきた。
「双魔、お疲れ様。アッシュはんも」
「うん、鏡華さんもお疲れさま!」
「…………どういうつもりだ?」
「うちは何にも。呼ばれただけやさかい。双魔に迷惑かけへんよう、皆を説得しようと思ってたんやけど……アッシュはんの言葉を聞いて考えが変わったわ」
「…………はは……」
鏡華はそう言って悪戯っぽく微笑んだ。双魔には暗褐色の瞳が輝いたように見えた。何度も見た笑顔だ。この笑顔を見たとき、双魔は鏡華に勝てない。
「安心してええよ。双魔の寸法で衣装も作ってあるさかい。新しいシャツ着てるみたいやし、すぐに着替えられるやろ?」
「……いや、俺はやるとは言ってないぞ……ん?」
最早、九割方負けているのだが、双魔はそれでも最後の抵抗を試みた。鏡華の気持ちもアッシュの気持ちも嬉しいが、如何せん自分が接客に向いてないことは目に見えている。が、鏡華はその胸の内を見透かしたように、口を双魔の耳元に寄せた。そして、小さく囁く。
「……それに、うちも双魔の執事服着たところ……見てみたい……駄目?」
「…………それは…………卑怯なんじゃないか?」
「……お互い様。ほほほっ!双魔が執事服着てくれる言うたよ」
おおおおおっ!!
「よっしゃーーーー!双魔っ!恩に着るぜ!!六道さんもありがとうっ!!」
教室の中がどよめき、ウッフォがガッツポーズをしている。他の皆も喜んでいるようだ。
「六道さん、なんて言ったの?」
「ほほほっ……内緒」
モニカに何を聞かれたのか、鏡華は人差し指を口に当て、また悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「…………」
(……俺が執事服着たところでたかが知れてるだろ……)
双魔は親指でこめかみをグリグリと刺激しながら心の中でぼやいた。そんな双魔の肩をアッシュが叩いた。
「双魔、楽しんで!ね?」
「…………俺のこと売ったくせに……いけしゃあしゃあと……」
「もー!少しは悪いと思ってるよ!でも、こうでもしないと双魔は参加しないからっ!」
「……その辺り全部、宗房と画策してたんじゃないだろうな?」
「それは違うよ!僕は何も知らないって!」
アッシュに恨み言を言って、ジトーッと疑いの目を向けて見るが、アッシュは逆に少し怒りながら否定してきた。純度百パーセント、自分を思ってのことらしい。親友のお節介には目を瞑れという誰かのお達しのようだ。これで十割の諦めが十二割になった。
(…………やれやれ)
双魔は一瞬、身体の力を抜いて椅子の背もたれに身体を預けてから、ゆるりと立ち上がった。
「……んじゃ、まあ、着替えるか……アッシュ、頼んだ」
「うん!任せて!アイと合流するから安心していいよ!ついでに宣伝もしておくね!頑張って!」
アッシュは笑顔と激励を残すと教室を出ていってしまった。残された双魔に鏡華がカバーに包まれた衣装を手渡す。
「はい、これ」
「ん、ああ……ありがとさん」
「双魔っ!安心しろ!着替えていてくれるだけでいいからな!」
「いや、折角だから俺も出来る限りで接客はするつもりだ。軽く教えてくれ」
「……お前ってやつは……よーし!任せとけっ!」
ウッフォは双魔のやる気を感じて嬉しそうに肩を組んできた。何とも憎みようがない、愛嬌のあるクラスメイトだ。
「時間が勿体ないからな!着替えながら話そう!それでもいいか?」
「ああ、頼む」
双魔はウッフォと更衣室も兼ねているバックヤードスペースに入っていった。
パンッ!パンッ!
それを見届けて、鏡華が手を叩いた。皆が注目する。
「これで忙しくなりそうやね!接客担当も、厨房担当も、気張ってな!」
オ―――――――――!
この場にいるクラスメイト、全員が揃って団結の声を上げる。学園祭一日目はまだ、半分しか終わっていない。巻き返すのには十分すぎるほどだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます