第466話 潜入!噂の喫茶店!

 この世には古来より風に負けない速さで走り、広がっていくものがある。それを、人は“噂”と呼ぶ。そして、学園祭真っただ中のここ、ブリタニア王立魔導学園に一つの噂が瞬く間に広がった。


 「ねえ!聞いた!?」


 さっきまで別行動をしていた友人が、何処か面白い店でも見つけたのか楽しそうに声を掛けてきた。


 「聞いたって……何を?」

 「伏見先生!知ってるよね?」

 「もちろん……たまに授業してる遺物科の副議長さんでしょ?……カッコいいし、面倒見もいいから魔術科の女の子たちから人気だって……」


 前に乗り出して顔を近づけてくる友人に、女子生徒は少し身を反らしながら答えた。伏見先生、伏見双魔は遺物科の副議長でありながら、魔術科の講師を勤めている学園の有名人だ。整った顔立ちながら少し枯れた雰囲気、困った人を親身になって助けてくれる人柄で人気もある。授業も受けたことがあるが、分かりやすく、自分たちの質問に一つずつ丁寧に答えてくれていた。かなり好感が持てる人だった。


 さらに、学園屈指の美人たちと浮名を流しているという噂も聞いたことがある。本人は自分の評判にあまり興味はないらしいけれど、兎に角、特に魔術科では仄かな憧れを抱く生徒の多い人物だった……実は私もちょっとファンだったりして……伏見先生がどうしたのか。友人のテンションはかなり高い。


 「それがね…………遺物科棟に伏見先生が執事になって接客してくれる喫茶店があるんだってっ!……」


 友人は耳元に口を寄せると何とも衝撃的な情報を伝えてきた。耳を疑ってしまう。


 「……それ、本当?伏見先生って、遺物科の副議長だから学園祭の運営で忙しくてクラスの出し物には参加しないんじゃ……」


 各学科の評議会メンバーは学園祭運営の本丸だ。今も目の前を腕章をつけた魔術科の評議会の人が忙しなく通り過ぎていった。


 「よく分からないけど、間違いないよ!さっき遺物科の子に聞いたんだもん!ねえ!行ってみない!?うちのクラスじゃあまり授業も受けられないし!イケメンに接客してもらえるんだよ!?」

 「え、えぇ…………そりゃあ、興味はあるけど……伏見先生に接客して貰えるって決まっってるわけじゃないんじゃ……」

 「料理もおいしいんだって!いいから!行こっ!」

 「あっ!ちょっと!」


 友人は手を取るとずんずん遺物科の方へと進んでいってしまう。もう、付き合うしかないようだ。……でも、本当の話なら……期待せずにはいられない。そして、友人の話を半信半疑に思いながら噂の店について見ると…………。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「お帰りなさいませ。お嬢様」

 「ふぁ…………」


 いた。話は本当だった。目の前には執事服を着こなした黒髪と銀髪の入り混じった頭が特徴的な美青年が、胸の中の乙女を司る部分に直接触れてくるような、魅力的な微笑みを浮かべて私たちを迎えてくれた。


 「すごい!本当に執事っ!」

 「ちょっ!ちょっと!失礼よ!」

 「お気になさらず。今の自分はお嬢様たちをおもてなしする、ただの伏見双魔です。さあ、こちらにどうぞ」

 「は……はい……」


 友人の考えなしの言葉も笑い流して、執事姿の伏見先生は優雅に自分たちを席に案内してくれる。少し緊張しながら喫茶店仕様に装飾された教室を見回すと、他にも執事服やメイド服に身を包んだ人たちが接客をしていた。


 「ちょっと。私たち食事を楽しみたいから、さっさと他に行ってくれる?そこにいられる気が散るわ」

 「えっ!あっ!そんな……申し訳ありません……」


 向こうでは体格のいい坊主頭の執事が一般客らしい女性二人組に犬のように追い払われていた。少しかわいそうにも見えるけれど、接客の腕には個人差があるのかもしれない。


 ちょうど、目的の先生に当たった私たちはラッキーだったのかもしれない。


 「こちらのお席にお座りください」


 伏見先生はテーブルの前に着くと流れるような動きで椅子を引いてくれた。少しふわふわした心地のまま席に座る。


 「こちらメニューです。慌てず、ゆっくりお選びくださって結構です」

 「あ、ありがとうございます……」

 「オススメは何ですか!」

 「軽食ならばこちらのサンドウィッチ。しっかりお食事を摂りたいのならパスタがおすすめですが……自分が敢えて一押しを選ぶとするならば……そうですね、コーヒーとケーキのセットは如何でしょう?」


 先生はテーブルに置かれたメニュー表の一番下を指さした。手ごろな価格で可愛らしいケーキが二種類とコーヒーがセットになっている。メニュー名の下にはコーヒーの説明があって、かなりこだわっているようだ。


 「じゃあ!私はそれで!ケーキもお任せしていいですかー?」

 「ええ、かしこまりました。コーヒーにミルクはお付けしますか?」

 「大丈夫です!」


 (ななんでそんなにすぐ決められるの……っていうか……伏見先生!近くで見ると……眩しい!何かドキドキして直接見れない……)


 友人は即断即決だが、密かに憧れていた先生が期待通り、否、期待以上に格好良かったせいでメニューどころではない。


 「じゃ、じゃあ……私も同じので……」

 「かしこまりました。お嬢様はミルクは如何いたしましょうか?」


 俯き気味で少し籠った声を出してしまったが、先生はしっかり聞きとってくれたようだ。


 (……普段は入れるけど……子どもっぽいと思われたくないかも……)


 「……私もブラックで大丈夫です」

 「かしこまりました。それでは、ケーキセットをお二つで承ります。少々、ご歓談などしてお待ちください」


 先生は一礼するともう一度微笑んで厨房の方へと向かっていった。


 「…………プハーッ!」


 先生が見えなくなると、思い切り息を吐いてしまった。緊張が一気に身体から抜けていく。


 「なになに?いきなりどうしたの?」

 「どうしたのって……緊張しちゃって……」

 「あー、もしかしてあんたも伏見先生のファンだったの?乗り気じゃないふりしてたくせにー!」

 「うっ、うるさいわね!乗り気じゃなかったんじゃなくて、疑ってただけよ!」

 「でも、本当だったでしょ?私たちラッキーだよ!伏見先生に接客してもらえるんだもん!外、見てみなよ」

 「…………外?わっ!」


 言われた通りに外を見ると凄いことになっていた。魔術科のローブを着た女子たちが廊下に集結している。私たちと同じように噂を聞きつけたのだろう。


 「お嬢様、お待たせいたしました」


 教室の外を見ている隙に、先生がケーキやコーヒーポット、カップなどなどの一式を載せたワゴンを押しながら戻ってきた。


 「それでは、準備をさせていただきます」


 先生はそう言うと、テーブルの上に食器を並べ、目の前に可愛らしいケーキの乗ったお皿を置いた。


 「季節のフルーツのショートケーキとバスク風チーズケーキです。コーヒーも注がせていただきます」


 先生は慣れているのかソーサーに乗ったカップに手間取ることなくコーヒーを注いでいく。コーヒーのいい香りがふわりと鼻の先を撫でる。


 「お待たせいたしました。ご準備が整いましたので、お楽しみください」


 コーヒータイムの準備を整えると、先生は私たちに恭しく頭を下げた。


 「ありがとうございます!おいしそう!早く食べよ!」

 「う、うん……」

 「ああ、一つ忘れておりました……お嬢様、こちらを」


 先生はそう言うと、私の前に銀色の食器、白いミルクのたっぷり入ったミルクピッチャーをそっと置いた。


 「ご迷惑でしたらお手をお付けにならなくても結構です。それでは、ごゆっくり」


 先生は私の顔を見て目配せをするともう一度頭を下げていってしまった。


 「あれ?ミルク頼んでないのにね…………って、どうしたの?」

 「……どうしよう……私……伏見先生のこと……好きになっちゃったかも…………」

 「……えええ……はむっ……あっ!このケーキおいしい!」


 その後、私たちはしっかりとケーキとコーヒーを楽しんで、最後は先生に見送れて店を出た。気持ちはずっと熱に浮かされたようにふわふわしていた。完全にやられてしまった。私は今日から伏見先生のファンを公称する。堂々と宣言しよう!そして、伏見先生の良さを布教しなければっ!


 「あっ!ねえ!ちょっと!知ってる!」


 早速、私は見かけた友人に話しかけた。あの伏見先生のクラスの喫茶店を広めなければ。伏見先生の積極が一番よかったが、ケーキもコーヒーもかなりのものだった。鼻息を荒くしながら熱弁する。


 「…………最初乗り気じゃなかったのは何だったの……」


 隣から呆れたような声が聞こえたような気もしたが、私はちっとも気にならなかった。何と言っても最高の体験をしたのだから。

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