第461話 王妹殿下にお仕置きを

 「さて、と……これで片付いたな」


 錬金技術科の闇酒屋台に酒の販売を止めさせた双魔は一息ついていた。


 酒を売っていた主犯格と思われる生徒は双魔を見た瞬間に逃走を図ったので捕縛した。他の生徒たちは神妙な態度だったので、酒以外の商品は販売し続けることを許可した。


 ここまではよかったのだが、面倒だったのは飲酒を楽しんでいた遺物とその他の客への対応だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 『お祭りなんだからお酒が飲めないなんておかしいじゃなーい』

 『ヒッヒッヒッ!双魔、固いこと言うなよ。な?』

 『『『そうだそうだー!』』』

 『お、いいぞ!派手なお姉さん!もっと言ってやれ!』

 『こんな安くてうまい酒なかなか飲めないんだ!兄ちゃんも目を瞑ってくれよー!』


 カラドボルグとゲイボルグを中心に酔っ払いたちは「酒を飲ませろ!」の大合唱。


 『そうだー!職場で堂々と酒が飲めるなんて最高なこと、ングングッ……止めろなんて許さねぇ―ぞー!ングングッ!プハーッ!』


 しかも、いつの間に来たのかハシーシュが両手にビールジョッキを持ち、顔を薄く赤くして合唱に加わっていた。これにはもう双魔もあきれ果てた。そして、断固として処断することを心に決めた。


 『ええい!黙らっしゃい!兎に角、学園祭での飲酒は禁止だ!今飲んでる分は目を瞑ってやるから、それ以上はなしだ!!カラドボルグたちは余った酒をサロンに運ばせるから飲みたいならそっちで飲めっ!!』

 『あら?それでいいの?それじゃあ、皆、行きましょ!ああ、お酒は自分たちで運ぶから気にしなくていいわー!』

 『双魔、悪いな!ありがとよ!』


 移動すれば酒盛り続行が可能と言われて、遺物たちはそそくさと樽をや瓶の入ったケースを軽々と抱えて時計塔の方へと歩き出す。それを見て目を丸くしているのは残った一般客たちだ。


 『お、おい……あのお姉さん、ドデカい樽を軽々と……』

 『い、今、あの犬喋ってなかったか?』


 やはり、カラドボルグたちが遺物だとは知らずに一緒に楽しんでいたらしい。説明するのも面倒だ。適当に誤魔化すのがいいだろう。


 『ここは魔導学園だ。不思議な奴らはごまんといるんだ。アンタたちは酒が売っていたから、買って飲んだだけ。攻める権限は俺にはない。が、これでお開きだ。もし、飲み足りないなら……ここに行くといい。安くていい酒が揃ってる』


 双魔はポケットに手を突っ込んで財布を取り出すと、中からAnnaの紹介カードを手渡した。


 『おっ!ここ知ってるぞ!確かにいい店だ!』


 一人、知っている客がいたらしく、酔っ払いたちはその客に先導されて去っていった。残るは錬金技術科の生徒たちと……ハシーシュだけだった。


 『あの……お酒の代金は……』


 主犯格の生徒はかなりイカした性格をしているらしく、蔦で縛られたままそんなことを訊いてきた。


 『こっちで代金を払って、後で処罰を受けるのと、代金を諦めて注意だけで済まされるの……どっちがいい?』

 『お、お代は結構です……』


 双魔が一睨みしてやると主犯格はしょんぼりとしてそのまま何も言わなくなった。残った問題は一つ、いや一人だ。


 『で?アンタは仕事中に何してるんだ?』

 『な、何だよ双魔……こ、怖い顔するなよ……は、ははは……』

 『怖い顔?おかしな?俺は笑っていると思うんだが……』


 ハシーシュは頬をヒクヒクと震えさせて、引きつった笑みを浮かべていた。双魔の笑顔に凄みを感じてたじろいでいるようだ。


 『兎に角、その酒は……』

 『そうはいくか!私はこれだけは飲むぞっ!』

 『ティルフィング』

 『うむ』


 パキンッ!


 『あーーーーー!私の可愛いビールちゃんがーーーーー!!』


 最後の抵抗に、と、ハシーシュが傾けたジョッキの中身はティルフィングの冷気で凍らされてしまって、真っ逆さまにしても一滴も落ちて来ない。


 『ついでに捕縛』

 『えっ、あっ、おい!双魔、苦しい!あと変なところに食い込んでるっ!』


 逃走を図られては困るので、双魔は素早く蔦でハシーシュを拘束した。ハシーシュは身動ぎするだけ。本気になれば引きちぎられるだろうが、そこまでして逃げようとはしないはずだ。


 『お前も大変だったけど私もあの後しっかり仕事したんだよーー!!』


 ハシーシュは言い訳をするが、ここはまともに相手をしてはいけない。


 (さて、そろそろ……来た)


 『いや、双魔くん。主がご迷惑をおかけして申し訳ない。少し目を離した隙に……』


 振り返るといつの間にか姿を現した安綱が苦笑を浮かべていていた。


 『や、安綱!助けてくれ!双魔が私のことを苛めるんだ!』

 『非があるのは主でしょう。仕事をしっかりとしてください』

 『あっ!ちょっ!お前!やめろ恥ずかしいからやめろーーー!!』


 安綱はハシーシュの抗議には一切耳を貸さずに、軽々と簀巻き状態の契約者を担ぎ上げた。


 『それでは、主には私からよく言って聞かせますので。双魔くん、お役目も大切ですが、楽しむことも忘れずに』

 『ええ、ありがとうございます』

 『頼むから下ろせ―――!』

 『主が反省したら下ろして差し上げますよ』


 安綱はハシーシュの文句をさらりと流しながら、いつものように笑みを浮かべて事務科棟の方へと歩いていった。


 『あの方……本当に“界極毒巨蛇ミドガルズオルム”を倒した遺物使いですの?』 


 ハシーシュの醜態を見たレーヴァテインの呟きに、双魔は苦笑を浮かべるしかなかった。

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