第462話 運営本部からの一報

 そんなこんなで一仕事終えて木陰で一息ついているのだ。横ではティルフィングがホットドッグを頬張り、レーヴァテインはレモネードを瓶からちびちびと飲んでいる。


 「ねぇ」

 「ん?」


 誰かが声を掛けてきた。視線を落とすと、そこにはティルフィングと同じくらいの背丈のくすんだ緑色の髪が特徴的な少年がこちらを見上げていた。サリヴェンの契約遺物、フルンティングだ。契約者と同じエプロンを着けて、片手にはレーヴァテインが飲んでいるのと同じレモネードの瓶を持っている。


 「サリヴェンがね、君も買えって」

 「俺も?」

 「うん、怖い顔してるけど、仕事をしてる君のことが気になるんだと思うんだ」

 「……なるほど?」


 フルンティングが言うには、サリヴェンから双魔への一種の差し入れらしい。お金を要求するのはあれこれ要らない詮索を呼ばないためなのだろう。


 「おい!フルンティングッ!さっさと戻ってきやがれっ!」


 額に汗を浮かべてソーセージを焼いているサリヴェンが乱暴な声でフルンティングを呼んだ。双魔にはそれが、フルンティングの言っていることが本当のように感じさせた。


 「ん、それじゃあ、貰おうか。ありがとさん」

 「うん、ありがとう。それじゃあ、サリヴェンが呼んでるから」


 フルンティングは双魔からコインを受け取り、それと交換にレモネードを手渡すと笑顔で屋台へと戻っていった。


 「ねえ、今の子可愛くない?寄ってく?」

 「ホットドッグ作ってる人も、なんかオラオラ系っていうの?……いいかも」


 通りかかった一般客らしい女性たちのそんな声が聞こえてくる。酒飲みたちが消えても、サリヴェンのクラスの店は人が途切れないようだ。


 「折角買ったし、温くならないうちに飲むか」


 双魔は瓶の蓋を開けて一気に薄黄色のレモネードを呷った。口の中に檸檬と炭酸の爽やかさがいっぱいに広がる。気疲れを吹き飛ばしてくれる良い風味と冷たさだ。


 ブー!ブー!


 そこに、ポケットの中でスマートフォンが震えた。運営本部の誰かからの連絡だろう。画面を見ずに通話ボタンをタップする。


 『おう、双魔、ご苦労さん。カッカッカッ!酒屋の撤去はモニターで確認したぜ』

 「……アンタ、知ってただろ?」

 『さて、なんのことだか分らねぇなぁ?』


 電話の向こうの宗房は惚けているが、それはイエスと答えているのと一緒だった。が、これ以上追及しても益体のないことだ。さっさと用件を聞くのがいいだろう。


 「んで?用件は?」

 『おお、そうだ。オーエンをそっちの応援に向かわせた!』

 「……は?」


 まさかのダジャレに双魔は言葉を失った。が、冷静に考えるとアッシュを応援に向かわせたのなら、自然とそうなる。わざとではないのかもしれない。


 『カッカッカッ!くだらない駄洒落だな!』


 撤回。わざとだった。


 「…………」

 『カッカッカッ!呆れた顔がモニターに映ってるぜ!兎に角、オーエンを向かわせた。遺物科棟の状況が妙だって情報が入ったからな。二人で見回りを頼むぜ』

 「……ああ、そう言うことか。了解した」

 『よろしく頼むぜ。また何かあったら連絡する』


 そう言うと、通話が切れた。スマートフォンをポケットに突っ込みながら、双魔は宗房の話が気になっていた。


 (……遺物科棟の雰囲気が妙ってのはどういうことなんだ?)


 そんなことを考えながら、レモネードの瓶を傾けていると何やら黄色い声がこちらに近づいてくるような気がする。


 「キャー!素敵―!」

 「キャーー!こっち見て―!」

 「何!?あの子!ハンサムッ!ってより!可愛いっ!

 「お、王子様みたい!!」


 「…………」


 視線を声が聞こえてくる方に遣ると、声を上げているのは遺物科の制服を着た女子たちとそこに交じった一般の女性客だ。双魔にはすぐに分かった。アッシュが来たらしい。


 「双魔―!」


 予想通り、手を振りながら小走りで向かって来るアッシュが見えた。そのまま、傍までやって来る。


 「ごめんね!待った?」

 「いや、今、連絡があったところだ。やっぱりモテるな。お前さんと写真を撮りたい女子は多いだろ」

 「なんのこと?……ああ」


 アッシュは自分の方を見ている女子や女性たちに今まで気づかなかったらしく、振り返ると軽く手を振って応える。その仕草にまた黄色い悲鳴が上がった。


 「そんなこと言うなら、双魔だって大概だと思うよ?」

 「ん?」

 「双魔のことを見てる人だって結構いるじゃない。周り、見てみなよ」

 「……確かに、視線は感じるが……俺はアッシュみたいに愛想よくするのは得意じゃないんだ」

 「……まあ、そうだよね……それより、いいもの飲んでるじゃない」

 アッシュの興味は双魔が手に持っているレモネードに移ったようだ。働きづめで糖分が欲しいのかもしれない。

 「ん、そこで売ってるぞ」

 「ううん、一本はいらないんだ。双魔が一口くれればいいよ……駄目、かな?」

 「飲みかけだぞ?」

 「回し飲みなんて初めてじゃないでしょ?今更気にしないよ!」

 「……それもそうか。ほれ、全部飲んでいいぞ」

 「本当?えへへ!ありがとうっ!んっ……」


 アッシュは瓶を受け取ると嬉しそうにレモネードを飲みはじめた。


 ざわざわ……ざわざわ……


 (……ん?)


 その瞬間、強い視線とざわめきを感じた。が、理由は分からないので捨て置くことにする。触らぬ神に何とやらだ。


 「プハッー!スッキリしたー!双魔、ありがと!それじゃあ、見回りに行こう!遺物科棟だよね?」

 「ん、そうだ。ティルフィング、レーヴァテインも、もういいか?」

 「うむ!」

 「ええ……ああ、お姉様、お口の周りが汚れていますわ。これを使ってくださいまし」

 「む?……うむ……むぐっ……」


 ティルフィングはレーヴァテインが差し出したハンカチで、ケチャップとマスタードのついた口元を拭った。やはり、二人の距離感はここ数日で格段と良くなってる。そう思うと自然と微笑んでしまう。


 「ティルフィングさんとレーヴァテインさん、だんだん仲良くなってきたのかな?よかったね、双魔」

 「……ああ……ほれ、瓶返してくるから貸せ。レーヴァテインも」


 双魔はアッシュとレーヴァテインから瓶を受け取ると、レモネードを買ったらしい屋台に返しに行った。返し終わると少し振り向いて、そのまま遺物科棟の方に歩き出す。


 「ふふふっ!双魔ったら、さては照れてるな?」

 「ソーマ!待ってくれ!」

 「お姉様!お待ちくださーい!」


 アッシュが双魔の背中を見て笑っていると、ティルフィングとレーヴァテインが走り出してしまった。


 「おっと!僕も置いていかないでー!」


 アッシュも走り出す。双魔にはすぐに追いついた。あくまで仕事中。それでも、親友と初めて過ごす学園祭にアッシュは心を躍らせるのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 双魔たちが去ったあと、木陰の周りには遺物科と魔術科の女子生徒が何人か集まり、神妙な顔つきで何やらひそひそと話し合っていた。


 「……さっきの見た」

 「見たわ。ばっちり……あの二人ってやっぱり……」

 「伏見×アッシュ……いい……」

 「いや、もしかしたら、アッシュ×双魔かもしれないわ……」

 「……それも……ありね……」


 小さな声なので良く聞こえないが、かなり盛り上がっているようで、彼女たちの周りには妙な熱気が渦巻いていた。


 「……でも、伏見くんって美人な許嫁がいるし、魔術科の副議長とも婚約したって噂じゃない?他にも遺物を含めて女の子が周りにたくさんいるし……オーエンくんとは……違うんじゃ……」

 「私たちが話してるのは現実じゃなくて浪漫の話よ!」

 「そっ、それもそうね…………うん、そうだわ!」

 「……何はともあれ、捗るわ!二人から目が離せないっ!」


 本人たちが聞けばどう思うだろうか。双魔とアッシュのファンの中には想像力逞しい強者たちがいるようだ…………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る