第460話 早速トラブル、アルコール?

 学園祭が開幕してから一時間ほどが経った。今のところ大きなトラブルは起きていない。が、小さなものは起きはじめている。今も各科の学園祭委員が事務科棟の前に陣取っている表の運営テントに出向しているフェルゼンから連絡が入っていた。


 『あー、こちらフェルゼン。迷子が三人だ。一人は赤い大きなリボンをつけた五歳くらいの女の子。もう二人は兄弟なのか同じ茄子の柄のTシャツを着た六歳と三歳くらいの男の子だ』


 「了解、今放送を流すわ。オーエン君、お願い。迷子よ。赤い大きなリボンをつけた五歳くらいの女の子。同じ茄子の柄のTシャツを着た兄弟らしき六歳と三歳くらいの男の子の三人」


 連絡を受けたイサベルが今の時間、放送機器担当のアッシュに伝達する。


 「はーい!」


 ピンポンパンポーン!


 「迷子のお知らせです!……」


 バンッ!


 「伏見さん!はぁ……大変ですっ!」

 「どうした?」


 アッシュが放送を始めたと同時に双魔に代わって外を回っていたはずの魔術科のメンバーが息を切らして会議室に転がり込んできた。


 「それが、錬金技術科のクラスが自分たちで醸造した酒を販売、提供することを隠して出店申請をしてたみたいで……」

 「……酒?」


 学園祭ではアルコールの販売は御法度にしたはずだ。一応、学園祭は学生の行う催しものだし、何よりトラブルのもとだ。宗房の方をちらりと見ると普段と同じようにニヤニヤ笑いながら自分で持ち込んだ特大の監視モニターを眺めている。


 (……知らないわけなよな。さては黙認したな?)


 錬金技術科のことで宗房が把握していないことなどあるはずがない。「面白そうだ」と思って黙っていたのだろう。


 「……分かった。出てるもんはしょうがない。それで、何か問題でも起きたのか?」

 「えーと……大きな問題は起きていないのですが……」

 「……いないのですが?」

 「その、モニターを見ればわかると思います……」

 「分かった……場所は?」

 「正門と遺物科棟のちょうど中間あたりの木陰になっているところです」

 「……あれか……ん?」


 教えられた地点のモニターを見るとそこには見覚えのあるホットドックの屋台が映っていた。昨日少し話したサリヴェンの店だ。そして、その横には確かに大量の酒樽やビールサーバー、冷蔵庫らしきを並べた屋台が出店していた。

 看板には「ブリタニア王立魔導学園錬金技術科謹製」とだけ書かれていて、何を売っているのかは書かれていない。その代わりに屋台の周りには白い泡と黄金色の液体が注がれたジョッキを傾けて、気分が良さそうな大人たちが何人もいる。如何やら大反響なようだ。ついでに、ソーセージが酒のつまみになるおかげでサリヴェンのクラスの店にも長い列が出来ていた。思わぬ恩恵に預かっているらしい。


 「繁盛してるみたいだな……やめさせるにしてもトラブルが…………ん?」


 アルコールの提供は問題だが、今のところ大きな騒ぎが起きている様子はない。知らせに来てくれた魔術科のメンバーが慌てている理由が一瞬分からなかった双魔だが、少し視線を上に遣るとすぐにその理由が分かった。


 いた。まず、虹色の髪が眩しい美女、カラドボルグが一般客らしい男性たちに囲まれて楽しそうに特大ジョッキを傾けている。そして、豪快に一息で飲み干すと手をブンブン振り回す。酔っているわけではなさそうだが、大分気分がよくなっているらしい。周りの男性はカラドボルグが動くたびに揺れる何かに釘付けだ。妻や恋人に制裁を加えられないか心配になってしまう。


 少し離れたところでは緑色の毛並みが美しい大きな犬、ゲイボルグが間口の広い容器に注がれたビールを器用にがぶがぶと飲んでいた。大きな犬が珍しいのか、子どもたちに囲まれて背中に三人ほど乗せて、順番待ちの列が出来ている。何とも微笑ましい光景だが、きっと誰も神話級遺物だとはわかっていないのだろう。


 二人を筆頭に他にも何人かの遺物たちが客に交じって酒を楽しんでいる。一般人には分かりにくいものだが、皆、神話級、伝説級遺物だ。双魔が見る限り、温厚な遺物ばかりで気難しい者はいないようだが、ついさっきのデュランダルのことを思い出すと、最悪のケースを考えずにはいられなかった。


 「……分かった。俺が出てどうにかしてくる。ティルフィング」

 「出番か?」

 「ああ。レーヴァテインも来るか?」

 「お姉様がおいでになるなら私も行くに決まっていますわ…………少し、人混みは苦手ですが……」


 レーヴァテインは強がって見せたが、内心は怖がっているのが丸わかりだ。デュランダルのこともあってか、いつもより怖気づいてしまっているようだ。白いドレスの裾をギュッと握りしめている。が、ティルフィングを慕う気持ちが何よりも優先されるため、迷いはしなかった。


 「ん、んじゃ、一緒に行くか。宗房、出るぞ」


 モニターを見ていた宗房に声を掛けると、ふんぞり返ったまま、椅子をくるりと回してこちらを向いた。


 「おー、行ってこい。適当なタイミングで応援を送るから、そのまま警備巡回に移ってくれ」

 「ん、了解」

 「ついでに、楽しんで来いよ?せっかくの祭りなんだからな?カッカッカッ!」

 「まあ、適当にな」


 適当に返事をして、双魔は部屋を出る。業務から手が離せないイサベルとアッシュ、クラウディアには軽く手を振っていくと、皆、それぞれ手や目で答えてくれた。


 エレベーターに乗り込んで階下に向かう。その中で、レーヴァテインがポツリと呟いた。


 「……先ほどの……デュランダルとかいう遺物はどうしているのでしょう?いかにも騒ぎを起こしそうな遺物でしたが…………」

 「……あ」

 「む?ソーマ、どうしたのだ?」


 双魔はそれを聞いて思い出した。デュランダルを氷漬けにしてそのままだ。氷解はティルフィングか双魔の意思でしか起きない。デュランダルが内側から無理矢理氷を砕いて出てきた場合には、何かしら感じるはずだ。しかし、それは起きていない。つまり、デュランダルはいまだに紅の氷像のままだということになる。


 (……どうするか…………)


 学園長が招待したデュランダルの予定を双魔は知らない。今日、何かあるのならば開放する必要がある。が、あの様子では、ティルフィングを襲ってきてもおかしくはない。


 「……もう少し様子を見るか」

 「考え事か?」

 「ん、少しな。今はいい」


 チーン!


 エレベーターが一回に到着した。降りると、会議室から聞くのとは比べ物にならないくらい賑やかだった。


 「んじゃ、一仕事だ。終わったら巡回がてら何か買ってやるからな」

 「うむ!」

 「わ、私は別に…………」


 素直に喜ぶティルフィング、口とは裏腹に少し期待している素振りを見せるレーヴァテイン、二人を連れて、双魔はトラブルの芽を摘みに向かうのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ブリタニア王立魔導学園闘技場。その、貴賓室で十字聖協会の総本山、バティカヌムに所属する修道女、アンジェリカは聖なる書を読んでいた。何度も繰り返し、数え切れないほど読んだ「最後の審判」について記されたページだ。文字の羅列を指でなぞりながら読む。幼いころから、この部分を読んでいた。義務を感じたわけでも、魅力を感じたわけでもない。それでも、何故か読んでしまう。


 「……ふぅ」


 一通り読み終えるとパタンッと分厚い本を閉じた。遮音の魔術が掛けられているのか、外の音は聞こえない。本を閉じる音が妙に部屋の中に響いた。


 立ち上がって、闘技場の舞台を見下ろしてみる。今日は魔術師や遺物使いたちの模擬戦は行われないらしく、歌や劇が演じられている。自分たちの出番は明日だ。


 別に面白いとも思わないので、ガラス張りの大きな窓を離れて振り返った。


 「…………」


 そこには、驚愕の表情で凍りついたままの契約遺物がいた。氷像となった契約遺物はいつもの尊大な物言いも発しない。


 「…………いつになったら溶けるのかしら……でも、明日までに溶ければいいわよね」


 アンジェリカはそう言うと、再び椅子に腰かけて聖な書を開いた。今度は、何となく開いただけだ。膝の上において、そのままボーっと見つめるだけ。


 ブリタニア王立魔導学園の一年において最も賑やかな日。そんな日に、ここだけは静寂が支配していた。

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