第457話 クラウディアの緊急診断

 「……はぁっ!……はぁっ!……んぐっ……準備室に替えを置いておいたと思ったんだがな……」

 「ソーマ、もうはじまっているようだぞ!」

 「双魔さん!お急ぎになって!」

 「っ!分かってる!」


 鮮血で染まったシャツから真っ新なシャツに着替えた双魔は、ティルフィングとレーヴァテインに急かされて、息を切らしながら階段を駆け上っていた。


 着替えるために準備室へと向かったのだが、記憶ではあったはずの替えのシャツが何処を探してもなかったのだ。とはいえ、血塗れの格好で購買に行くわけにはいかない。迷っているとティルフィングが袖を引いてきた。


 『我に任せろ!服なら買ってこられるぞ!』

 『お姉様が行くのなら、私もついていきますわ!』


 ティルフィングは双魔の役に立てるとやる気満々だった。


 (……どうする?理には適ってる……レーヴァテインと二人なら大丈夫か?)


 双魔は嬉しく思いながらも少しだけ不安になった。ティルフィングはしっかりと頼んだものを買ってこられるかが心配だ。ティルフィングは購買の店員とは顔見知りなので、人見知りは発動しないだろう。逆に、レーヴァテインは頼んだものを買ってくることに不安はないが、購買に行っても店員と話せない光景が容易に想像できる。が、二人で行けば大丈夫かもしれない。そう考えて、双魔はシャツのサイズを書いたメモと紙幣を二人に託すことにした。


 結果として、ティルフィングとレーヴァテインは見事にお使いを果たしてくれたのだが、思っていたよりも時間が掛かってしまった。それが双魔が今、急いでいる理由だった。


 懐中時計を見れば既に十時を回っている。外からは賑やかな声が聞こえてきている。


 「着いたっ!」


 やっと、エレベーターの前へと到着した。運よく一回で止まっていたため、転がり込むように乗り込んで大会議室の階のボタンを押した。


 扉がゆっくりと閉まり、浮くような感覚を感じさせながらエレベーターは上昇する。


 「はぁっ……はぁっ…………ふぅ……」

 「ソーマ、大丈夫か?」


 膝に手をついて息を整えていると、ティルフィングが心配そうに顔を覗き込んできた。


 「ふぅっ……ん……大丈夫だ……はぁ……」

 「少し走ったくらいで情けないですわ……それでもお姉様の契約者ですの?」

 「……俺は……ふぅ……元々……運動は得意じゃないん……だっ!」


 チーン!


 冷ややかな目で見てくるレーヴァテインに言い訳をしていると、エレベーターがベルを鳴らして到着を知らせた。


 「ふぅ……行くぞ!」

 「うむ!」

 「……まったく」


 エレベーターを降りると、最後にもう一度息を吐き、気持ちを切り替えて大会議室の扉を開けた。


 もちろん、双魔以外のメンバーは集まっている。全員の視線が双魔たち三人に向いた。


 「悪い遅れたっ!」

 「双魔君っ!話は聞いてるわ……大丈夫だった?」


 イサベルが勢いよく立ち上がると心配げに駆け寄ってきてくれた。如何やら、この部屋にいる運営メンバーには正確な情報が伝わっているらしい。それもそうだ。評議会は各科の最も優秀な人材で成り立っている。あれだけ大きな力がぶつかり合えば、何が起きたのかを察することができる。下手に隠した方が悪い方向に向かう。その辺りはロザリンと宗房が相談したのだろう。


 「すぐに巡回に向かう。最初は……」

 「双魔君。少し待って。汗、かいてるわ」

 「……ん……」


 イサベルはすぐに仕事にとりかかろうとする双魔を引き留めるとハンカチを取り出して、額を拭ってくれた。そこに宗房が近づいてきた。


 「双魔、最初の警備巡回は他の奴らに行かせる。お前は少し休んでろ」

 「いや、そうは言っても……」

 「アッシュ君」

 「双魔、ごめんね!」

 「あっ!おいっ!」


 宗房に気を取られている隙に、いつの間にか背後に回っていたアッシュが、ロザリンの指示で双魔を羽交い絞めにする。アッシュは見た目に反してかなりの怪力だ。双魔は抗うことは出来ず、為されるがままに椅子に座らされてしまう。


 その間に宗房が顎で扉を指すと、魔術科と錬金技術科の評議会メンバーが一人ずつ外に出ていった。警備巡回に向かったのだろう。


 巡回は評議会を中心に有志の学生たちで行うことになっているため、指示を確認しつつ仕事をするはずだ。序盤は双魔がいなくても十分回ると言えば回るのだ。


 「双魔さん、傷を見せてください」


 椅子に座らせられた双魔の正面にはクラウディアが立っていた。その顔は医者の顔つきだ。普段のおどおどした引っ込み思案な雰囲気とは打って変わり、有無を言わせぬ迫力がある。


 「あっ……ああ……」


 こうなっては、押しに弱い双魔は逆らえない。新しいシャツの袖を捲り、自分で治療した腕をクラウディアに差し出した。


 「……傷は……綺麗に塞がってます。流石、双魔さんです……でも、少し詳しく見させてください」

 「……ん」


 分厚い眼鏡のレンズ越しに感じるクラウディアの真剣な眼差しに双魔は腕をクラウディアに委ねる。


 「兄さん」

 「あいよ。ほれっ」


 クラウディアに名前を呼ばれた宗房は羽織っている白衣の内側をまさぐると、何かを取り出してクラウディアへ手渡す。


 それは、あまり見たことのないような器具だった。虫眼鏡を幾つも連結させて太いブレスレットのような形状になっているもの。それともう一つ、タブレット端末のようなもの。どうやら二つでセットのようだ。


 端末を操作すると連結虫眼鏡ブレスレットが浮き上がり、双魔の腕に通った。さらにクラウディアが操作を加えると、レンズが光を放ち、手首から肘、肘から二の腕、肩の付根に掛けてスキャンし、来た時と同じようにゆっくりと戻り、双魔の腕から抜けた。


 「…………あれ?おかしい……何もない?……どうして……こんなことあり得るの?」


 端末の画面に検査の結果が出たらしく、それを見たクラウディアは困惑の声を上げた。


 「双魔さん、直接触ります!」

 「あっああ……」


 クラウディアは端末を宗房に押し付けると、丁寧かつ慎重に双魔の腕を触っていく。


 (……少し……くすぐったいな……)


 クラウディアの細い指に撫でられてくすぐったいのを顔に出さないように双魔は我慢する。やがて、触診は終わった。


 「おかしい……どうして!?」


 クラウディアはますます困惑を露にしていた。彼女が何に驚いているのか。問題がないと思っていた双魔の胸に一抹の不安が小さな火種のように熱を持った。

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