第456話 王妹殿下

 ハシーシュが自分に片膝をついて頭を下げているトーマスを見て、嫌な顔をしていた。その表情は見るだけで、「面倒な奴に会っちまった」と言いたいのが分かるほどだ。双魔たちを心配して飛び込んできた大人の顔は何処へやら。


 トーマスはジョージに仕える騎士、ハシーシュはジョージの妹。今の状況においてはトーマスの行為が正しいのだが、まあ、相手がハシーシュなので仕方がない。


 「……あー、挨拶はいいから。顔を上げろ。んで、ここに居る理由をさくっと説明しろ」

 「ははっー!」


 ハシーシュが安綱で肩を軽く叩きながら命じるとトーマスは慇懃に返事をすると、かくかくしかじかと双魔たちに話したように、この場にいる理由を説明した。ハシーシュはそれを黙って聞くと納得したのか頷いた。


 「協会の指図か……お前が来たのは?」

 「はっ!王がこちらを訪れていますので、共に。市内で控えて居るように承ってございました」


 それを聞いてハシーシュの眉がピクピクと動いた。顔は笑っているが、心中の苛立ちが隠しきれていない。


 「……クックック……兄上が?私は何も聞いてないぞ……あの爺も知ってて黙ってやがったな……」


 ハシーシュはそのまま双魔たちに目を遣って見回し、トーマスに視線を戻した。


 「……アイツがいないのはそういうことか……」

 「は?何か申されましたか?」

 「……何でもない」


 ハシーシュが何か呟いたらしい。トーマスが聞き返したが、聞かれたハシーシュはお茶を濁した。もちろん、双魔にも何を言ったのかは聞こえなかった。


 「まあ、いい。とりあえず、もう立て。教え子の前で兄の騎士を、しかも自分より序列の高い遺物使いを侍らせるのは体裁が悪い。少しは私の面子も考えろ」

 「は?ははっ!考えが至らず、申し訳ありません!」


 トーマスはもう一度頭を深く下げるとすくっと立ち上がった。


 「双魔」

 「……ん?ああ、何だ?」


 ハシーシュとトーマスのやり取りに多少呆気に取られていた双魔は、突然呼ばれて気のない返事を返してしまう。


 「何が起きたか説明してくれ。手短でいいぞ」

 「……ん、分かった」


 双魔はデュランダルの突然の来訪。ティルフィングたちとの衝突未遂。ティルフィングの激昂でデュランダルを撃退したことを掻い摘んで話した。 


 「……はー」


 双魔の話を聞き終えると、げんなりと聞いていたハシーシュは大きく息を吐いて頭をバリバリと掻いた。眉一つ動かずに聞いていたトーマスは顎に手を当てて少し考える素振りを取ってから双魔たちの方を見た。


 「それは災難でした。”聖絶剣デュランダル”殿は以前よりその性格は問題視されるところもありました。故に、今回の一件は”滅魔の修道女”殿に協会から訓告をするよりないでしょう。そのように報告させていただきます。しかし、お聞きする限りでは遺恨が……」

 「トーマス」

 「はっ!」

 「後はこのハシーシュ=ペンドラゴンが受け持つ。協会にはそう報告しろ。お前は下がっていい。兄上の命令通り待機してろ」


 ハシーシュは威厳を纏い、王の妹として何かを言いかけたトーマスに命じた。普段だらしない姿ばかり見ている双魔たちにとっては珍しい光景だった。


 「はっ!承りました!ガラティーン」

 「……」


 窓辺に立っていたガラティーンはトーマスに呼ばれて傍に寄ってきた。


 「お騒がせしました。私はこれにて失礼させていただきます。王妹殿下」

 「はいはい、さっさと行け」

 「貴殿たちともまた会うことがあるでしょう。その時はよろしくお願いする。それでは!」


 トーマスは最後にもう一度頭を下げると、今度は窓ではなく、ドアから出ていった。その背中を見送り、ついでに廊下に顔を出し、それから窓の外を覗いてトーマスが完全に去ったのを確かめるとハシーシュはだらりと身体の力を抜いて双魔の副議長席に座り込んだ。


 「あー!あー……やっと行ったか……円卓の連中は基本的堅っ苦しくてなー……協会もガウェイン卿なんて送り込みやがって……っと愚痴ってる場合じゃない」


 ハシーシュは椅子をくるりと回して双魔たちの方に身体を向けた。同時に安綱が人の姿へと戻り、ハシーシュの肩を揉みはじめた。


 「ガウェイン卿も仰っていましたが、災難でしたね。双魔くんは大事有りませんか?」

 「ええ、何とか……」

 「…………」


 双魔の破れて血に染まったシャツを見て安綱が声を掛けてくれた。ハシーシュも双魔の傷跡に気づいて歯を噛み締めている。


 「ったく、噂通りろくな奴じゃねぇってことか……お前ら」

 「なに?」


 ハシーシュは双魔たちを呼んだ。ハシーシュは遺物科の評議会顧問だ。デュランダルの件も含めて何か指示するつもりのようだ。ロザリンが代表して返事をした。


 「まず、この一件は本当に私が預かる。学園祭開幕まで時間がない。お前らはすぐに会議室に向かえ。魔術科と錬金技術科の連中はもう準備してるはずだ。いいな」

 「分かった。みんな」

 「「「……」」」


 ロザリンが双魔たちと目を合わせる。アッシュ、フェルゼンたちと一緒に頷いて、バラバラにされた書類をすぐにまとめはじめる。双魔もそうしようとしたのだが、ロザリンに手を取られた。


 「ロザリンさん?」

 「後輩君は着替えてきて。それだと、みんなに心配されちゃう」


 ロザリンはそう言うと血に染まったシャツの袖を見た。確かにこれで入らぬ騒ぎを産みそうだ。


 「ありがとうございます。なるべく、急ぎます」

 「うん。無理はしないでね」

 「双魔、情報操作もどうにかしておく。他の連中に何か言われたら適当に合わせるつもりでな」


 神話級遺物の剣気に気づいているものも学園には少なからず存在する。ハシーシュはそれに当てはまる者たちへの対応を言っているのだろう。双魔は頷いた。


 「んじゃ、アッシュ、フェルゼンも頼む」

 「うん、任せて!」

 「おう!」

 「我もついて行くぞ!」

 「お姉様!私も!」


 双魔にくっついてティルフィングとレーヴァテインも評議会室を後にした。


 それを見送って、ゲイボルグたちの視線がハシーシュに向いた。


 「この件を預かるってんなら、ハシーシュ、俺たちはどうすればいい?ヒッヒッヒ!一応、聞いておくぜ!」

 「……遺物さまたちは思うようにしてくれればいいんだが……安綱」


 流石に教え子たちの契約遺物までは知らんとばかりに、ハシーシュは頭を掻いて安綱に振った。


 「はい。我らは……そうですね。やはり、いつも通り過ごすと致しましょう」

 「それでいいなら一番楽だわ!」

 「ヒッヒッヒッヒ!」

 「貴方たち分かっていると思うけれど……」

 「はいはい、分かってるわよ」


 自由にしていいと言われて窮屈なのが嫌いなカラドボルグとゲイボルグが笑みを浮かべた。それを聞いてアイギスが釘を刺した。カラドボルグはそれを煩わしそうにあしらったが、目は笑っていない。


 「分かっている」と、理解したのか、アイギスはそれ以上何も言わなかった。

 「んじゃあ、解散だ。さっさと行け」


 ハシーシュはポケットに手を突っ込み、取り出した紙たばこを咥えた。そのまま、野良犬を追い払うように手を雑に振った。


 それを見て双魔たちは評議会室を出ていく。ゲイボルグたちもそれに続く。きっと、学園祭を楽しむつもりに違いない。


 割れたガラスと切り裂かれた書類が散らばり、棚やら机やらにも切られた跡が残る凄惨な部屋に残ったのはハシーシュと安綱だけだ。


 「…………安綱。火」

 「ここは禁煙ですよ。主」

 「……チッ……あーあ、面倒だな……つーか、兄上も来てるのか……何も聞いてねぇぞ……」

 「それを言うのは二度目ですよ。何かお考えがあるのでしょう。それよりも……」

 「ったく!分かったよ!面倒事ばっかり増えやがって!」


 ハシーシュは安綱に促されると、頭を掻きむしって立ち上がった。情報操作はここに来る前に信用できる者に任せてある。すべきは報告と、この部屋の後始末だ。


 「安綱」

 「ええ。掃除は済ませておきます」

 「悪いな」

 「いえいえ」


 安綱を残し、窓から飛び出る。白衣をはためかせながら、ハシーシュはヴォーダンのもとへと向かうのだった。

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