第455話 現れた円卓の騎士
「……行ったか……いててて……」
「後輩君、大丈夫?」
「双魔!」
「大丈夫か!?」
デュランダルを持ち上げたアンジェリカが去ったのを確かめると、迂闊に動くことが出来なかったロザリンたちがふらつく双魔を支えてくれた。
「ん……大丈夫だ。傷も……自分で治す……」
双魔は傷を押さえている手でそのまま簡易の医療魔術を行使する。薄緑色の淡い光が傷を包み、少しだけ時間をかけて塞いだ。
「……ふぅ…………」
「ソーマ……すまぬ……我がいたのに……」
「気にするな。むしろ、ティルフィングがいてくれて助かった。傷も、この通り治ったしな。大丈夫だ」
「……うむ」
金色の瞳を涙で潤ませているティルフィングの頭を傷つけられた方の手で撫でて安心させてやる。
「レーヴァテインは大丈夫か?」
「は、はい…………その……私のせいで……ごめんなさい」
デュランダルが激昂した原因が自分にあると思っているのか、レーヴァテインは両手で白い帽子のつばを強く握って俯いている。もしかすると泣いているのかもしれない。
「いや、気に……」
「……レーヴァテインは悪くない」
(……ティルフィング?)
双魔が声を掛ける前にティルフィングが言い切った。その声に、レーヴァテインが少しだけ顔を上げる。
「……お姉様?」
「悪いのはあのデュランダルとかいう偉そうな奴だ。我を愚弄した上にソーマを傷つけた。レーヴァテインは我を貶した奴に怒りを覚えただけだ。レーヴァテインを守ろうとしたソーマを我が守り切れなかっただけだ。だから、お主は悪くない」
「……お姉様……お姉様……お姉様!うわーーーん!!」
「こらっ!抱きつくのはやめろ!鬱陶しいから嫌だと言っているではないか!!」
「お姉様ぁぁぁーーーーー!!」
「やめろー!」
レーヴァテインは自分より背の低いティルフィングに抱きついて、大声をあげて泣いた。その涙には、敬愛する姉の大切な契約者を傷つける原因となってしまったことへの罪悪感。姉が自分を庇ってくれた、少し認めてくれたことへの喜びが籠っているのだろう。
ティルフィングもそれが分かっているのか、レーヴァテインを無理に引き剥がそうとせずに、むしろ背中を軽く撫でてやっていた。
(……災難だったが……二人の関係の進歩を見れたと思えば役得か)
双魔は抱き合っているティルフィングとレーヴァテインを見て胸の中で微笑んだ。
「双魔、災難だったわね?傷は本当に問題ないかしら?少し見せて」
「は、はい……いてて……」
今まで口を噤んでいたアイギスが近づいてきたかと思うと腕を取られた。傷は塞がっているが痛みは引き切っていないため、思わず声が出てしまった。
「……ふむ、一応傷は塞がっているわね」
アイギスが傷から顔を離すとロザリンとアッシュも傷を覗き込んで胸を撫で下ろしていた。かなり心配を掛けたらしい。
「ったく。相変わらずというか……デュランダルのやつ、あんなにキレやすかったか?」
アイギスの反応で双魔の容体が大事ないことを確信したのか、ゲイボルグがいつもの口調で呆れたように言った。
「前から嫌味な奴だったけれど、あそこまでは短気じゃなかったような気がするのよね?」
カラドボルグが頷きながら首を傾げるという器用な芸当を見せながらゲイボルグに同意した。
「そうだよなぁ……何かキナ臭いか?」
「貴方の鼻で嗅ぎ取れないのなら、私も分からないわ。それよりも……さっき力を解放したせいで……来るわよ」
アイギスはそう言うと窓の外に目を遣った。皆も釣られてそちらを見る。すると、次の瞬間、人影が視界に映った。
抑えながらも、抑えきれていない大きな剣気を持ったものが近づいてきていた。
が、双魔たちが本能的に身構えあることはなかった。窓の外からやって来るその者からは敵意や殺気というものは一切感じなかった。
やがて、砕け散った窓から二つの影が飛び込んできて、絨毯の上に着地した。
飛び込んできたうちの一人は金髪を伸ばし、筋骨隆々と言った体格に筋肉で押し上げられてパツパツになったネイビーブルーのスーツを纏った年の頃は三十代くらいの長身の美丈夫。
もう一人も輝かんばかりの金髪で、古風な外套を纏った線が細いながらもその身に宿した強烈な力を感じさせる美少女だった。
「我が名はジョージ=ペンドラゴン王に仕えし円卓が第三席、トーマス=ガウェイン!相具すは太陽の聖剣ガラティーン!強力な剣気の反応が複数確認されたため、遺物協会ロンドン本部の要請により参上仕った!この場にいる者たちには制止を求める!」
「……」
高らかに名乗りを上げた美丈夫と対象に美少女は静かに佇んで部屋の中を見回していた。
(円卓、第三席”太陽の騎士”……ガウェイン卿か!)
双魔は目の前に現れた一組の遺物使いと遺物のペアに目を見張った。トーマス=ガウェイン卿と言えばジョージ=ペンドラゴン王率いる、当代の円卓の騎士の中でも最上位の実力を誇る遺物使いだ。”英雄”ではないものの、その下の”聖騎士”の頂点に立つ強者だ。実直にして義理堅い性格と、その見た目から人気の高い人物でもある。
ジョージがあまり世間には顔を出さないため、キャメロットの顔と言ってもいい人物だ。
そんな彼が何故、ここに来たのか。理由は考える必要もなく、言ってくれた。先ほどのティルフィング、ゲイボルグ、カラドボルグ、アイギスとデュランダルの剣気による威嚇行動を感知し、異常事態と判断した遺物協会によって派遣されたのだろう。
「「「「「「「…………」」」」」」」
原因が分かっている双魔たちは言う通りに動かなかった。
「???」
「…………」
何が起きているのかよく分かっていないティルフィングを双魔は抱き寄せてジッとさせる。見知らぬ人物の登場にレーヴァテインはまた双魔の後ろに隠れた。
「各々方、制止感謝する!それでは……うん?」
トーマスは双魔たちに状況を訊ねようとして言葉を切った。視線は双魔たちの後ろ、出ていったアンジェリカが開けっ放しにした扉に向けられている。双魔たちはすぐにその意味を理解することになった。
「おいっ!!お前ら!無事か!!!って……あん?」
大声と共に白衣を靡かせ、煙草を咥え、刀姿の安綱を肩に担ぎ、慌てた表情のハシーシュが扉から評議会室に飛び込んできたのだ。
部屋に入ってきたハシーシュは、言われた通り動かずにいる双魔たちを挟んで窓から入ってきたトーマスと真正面から対峙し、怪訝そうに首を傾げた。
「……げ!ガウェイン!」
そして、目を細めて目の前に立っている人物を認識するなり、およそ人を見て放つ声としては失礼この上ない、嫌そうな声を出した。
「おお!これはハシーシュ王妹殿下!お久方ぶりにございます!」
トーマスもハシーシュを見るや否や片膝をついて頭を下げる。室内の空気は目まぐるしく塗り替わる。今は、緊迫から何とも言えない微妙なものへと変わっていた。
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