第458話 特異体質の理由

 「ホーエンハイムさん、何がおかしいのかしら?双魔君の傷は……治ってるように見えるけれど?」


 クラウディアの反応に、双魔を心配する気持ちが戻ってきたのか、イサベルが不安気に聞いた。


 「ソーマが大丈夫なのか!?もし何かあれば…………」


 ティルフィングはもしもが脳裏に過ったのか、目つきを鋭くしていた。きっと、デュランダルの不遜な顔を思い出しているに違いない。が、クラウディアの答えはイサベルとティルフィングの予想とは違っていた。


 「……逆です!完全に治ってるんです!こんなの普通じゃないです!双魔さん、何をしたんですか!?」


 混乱の余りか、クラウディアは双魔に詰め寄った。少し動けば鼻と鼻がぶつかりそうになるくらいに顔が近い。これでは、話そうにも話しにくい。


 「……クラウディア、落ち着いてくれ。その……近い……」

 「はっ!ッッッッ!ご!ごめんなさい!」


 クラウディアは慌てて顔を離した。丁度いい距離になって見えた時、何故か分厚い眼鏡が曇っていた。


 「何だ、もう終わりか?ブチュっとやっちまえばいいのによ!カッカッカ!」

 「兄さん!」


 宗房にからかわれてクラウディアがポカポカと宗房を叩くが、宗房はどうということもなく、ニヤニヤと妹を見て笑っている。


 「何言ってんだか……ん?」

 「っ!……」


 宗房に飽きれながら何となしに横を向くとイサベルと目が合った。イサベルはその瞬間にふいっと目を逸らした。顔は見えないが、耳がほんのり赤くなっている。それを見て双魔はすぐに察した。


 「…………」


 そして、イサベルの感触を思い出してしまう。気恥ずかしくなって、思わず目を強く瞑った。


 「すいません、双魔さん話が逸れまし……双魔さん!?やっぱり痛みますか?」


 宗房を叩いて、いつの間にか不満を発散したらしいクラウディアが双魔の顔を見て心配そうに声を掛けてきた。双魔もそれで我に返る。


 「いや、大丈夫だ。それで、何に驚いてたんだ?」

 「あっ、はい。その、遺物で傷つけられるのは普通の武器で傷つけられるのとは全く違うんです……ご存知かもしれませんけど……」

 「「「「…………」」」」


 クラウディアの言葉に双魔たち遺物科組は顔を見合わせた。四人共、慣れ切って感覚が麻痺してしまっていたが、確かに遺物と普通の武器は全くといって異なるもの、別次元のものだ。クラウディアは双魔たちの反応を見つつ説明を続ける。


 「通常……通常とは言っても、あまり例はありませんけど、遺物で傷つけられると、傷つけられた者は剣気によって何らかの影響が与えられます。その時に重要なのは外傷ではなく、むしろ体の内側……体内を循環する魔力の経路に達して、それを阻害することが多いんです。結果として、魔導に関わらない一般の方々は良くても身体に異常をきたします。魔術師であれば魔術の行使に問題が発生します。剣気と常に濃密な接触のある遺物使いでさえも、身体の内側に傷が残り、回復までにそれなりの時間が掛かります。ここまでは御伽噺級遺物の話です……それなのに……」


 双魔を傷つけたのは神話級遺物であるデュランダル。クラウディアが今、話したことを踏まえれば、さらに重大な事態に陥っていてもおかしくない。それが、本人は「普通に治癒魔術で治した」と言い。言った通り、完全に傷が塞がり、影響も残っていないのだ。錬金術、取り分け魔導魔術分野に秀でたクラウディアが混乱するのは当然だった。


 双魔は今はもう塞がっている自分の腕の傷つけられたところを見つめた。


 (……なるほど、つまり……これはフォルセティの力か……)


  クラウディアの話を聞いてすぐに見当がついた。デュランダルの剣気に当てられての影響がなかったのはフォルセティの“神”という存在の特質なのだろう。“神”は基本的には不可侵の存在だ。故に神話級遺物の魔力といえど、少しくらいならば問題はないのだろう。思えば昔から自分を害そうとする魔術などが効いた試しはなかった。


 気になって師に訊ねてみたこともある。師の答えは……。


 『……双魔……可愛い我が弟子。汝はそう言う存在なのだ……』


 それだけだった。今なら納得できる。師はフォルセティの力に気づいていた。そして、双魔自身がそれを自覚したことでフォルセティの力は女神に転身せずとも、双魔の身体に発露している、そう言うことなのだろう。神の力は神話級遺物にさえも耐性を表すようだ。


 「おい、双魔」

 「ん?」


 正解に辿り着けず、口元に手を当てて考え込みはじめてしまったクラウディアに代わって、今度は宗房が双魔に呼び掛けた。


 「昨日も言ったが、俺たちに話してないことがあるだろ?俺とクラウはお前の主治医といって差し支えない。医者への秘密はいただけないぜ?」

 「………………」


 流石、宗房の洞察力は鋭かった。恐らく、双魔の特異な体質には既に当たりをつけているのだろう。その上で、「話す気はあるか?」という問いかけだ。エレベーターで二人で話した時と違い、その表情は笑みを浮かべながらも真剣だった。


 「……ああ、クラウディアにも話す。学園祭が終わったらな」

 「それならいい。クラウ、この話は終わりだ。双魔はちゃんと話してくれるってよ」

 「……え?あ、はい……それなら……その、双魔さんの傷に問題はないです」


 兄に諭されたクラウディアは困惑を残しつつ、納得したのか、双魔の傷に診断を下した。それを聞いて双魔を心配していた皆もやっと胸を撫で下ろした。


 「ん、心配してくれてありがとさん。ちゃんと話すからな。安心してくれ」

 「……はい。その、約束ですよ?」


 自分で診断しておいてまだ心配なのか、ゆっくり立ち上がった双魔を見上げるクラウディアが可愛らしく思えて、自然と頭を撫でていた。


 「っ!…………」


 クラウディアは身動ぎひとつせず、大人しく頭を撫でられてから、何故か両手に手を当てて、湯気を上げていた。


 「双魔さん…………」

 「ん?どうした?レーヴァテイン」


 黙って、ティルフィングの後ろで様子を見守っていたレーヴァテインがそーっと近づいてきて双魔の名前を呼んだ。


 「その……大事ないようでよかったですわ……先ほどは……ありがとうございます」

 「……ん?気にするな。無事でよかった」

 「……あっ」


 如何やらデュランダルから庇ってもらったことを気にしていたらしい。その律義さといじらしさに、思わずティルフィングにするのと同じように頭を撫でてしまった。


 「きっ、気安く触らないでくださいましっ!私!あなたの契約遺物ではありませんわっ!」

 レーヴァテインは一瞬、身を固くするとすぐにティルフィングの背中に隠れてしまった。

 「いや、悪い……」

 「ソーマに頭を撫でられるのが嫌なのか?レーヴァテイン、お主変わっているな?」


ティルフィングが不思議そうにしているのを見て、苦笑が浮かんでしまった。


 「…………」


 背中にじりじりと視線が当たっている気がする。少し湿っぽい視線だ。


 (……ロザリンさん……かね?)


 クラウディアの頭を撫でたので妬いてしまったのかもしれない。後で、フォローが必要だ。


 「双魔君、いつも言っているけどあまり心配はかけないで?鏡華さんは言わないだろうから、代わりに私が言っておくわ」

 「ふぐっ?……悪い……」


 イサベルが少し怒った顔で軽く鼻をつまんできた。確かに、鏡華は「心配を掛けないで」とはあまり言わないだろう。心配を掛けることには罪悪感があるので素直に謝る。


 「……分かっているならいいわ……」

 「……ん」


 イサベルは鼻から手を離すとそのまま少しだけ双魔の頬を撫でた。濃紺の瞳が少しだけ揺れているように、双魔には見えた。


 「「「「「「…………」」」」」」

 「はっ!いえ、何でもないわ!今のは何でもないの!」


 双魔しか見えていなかったイサベルは他の皆の視線で我に返った。ワタワタと両手を振って誤魔化そうとしているが、特に魔術科のメンバーにニヤニヤと笑われて、全く冷静になれていなかった。


 「……双魔、本当に女たらしだよね……」

 「…………人聞き悪いぞ」

 「本当のことしか言ってないよ」

 「っ!痛いっ!やめろって!」


 双魔は双魔で、アッシュに冷たい目で見られながら脇腹を肘で小突かれて身を捩っているそんな時だった。


 『ピンポンパンポーン!ピンポンパンポーン!』


 突然、聞き覚えのある陽気な声が放送スピーカーから大音量で流れてきた。学園全体に流れるであろう放送だ。


 「「「「「…………」」」」」


 声の主に大会議室内のメンバーは顔を見合わせた。双魔とイサベルは思わず頭を抱え、他のメンバーたちも何かを察したように苦笑いを浮かべていた。


 「カッカッカ!また何かするつもりだな?今回は俺も聞いてねぇぞー!!」


 宗房だけが広い会議室に響く豪快な笑い声をあげるのだった。


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