第449話 王の悩み

 「それでは、失礼します。お会い出来て光栄でした……お話も胸に留めておきます」

 「また会おう!」

 「ああ、楽しかったよ。時間を取ってくれてよかった。ありがとう」


 ジョージが話を終えると双魔とティルフィングは学園長室を後にした。親友の息子の表情はまさに”託された者”の顔だった。彼に当りをつけた自分の感覚は正しかった。ジョージは満足していた。


 (……これで世界は安心だ……心置きなく役目を果たせるというものだよ)


 「……ジョージよ。満足したか?」


 ジョージと双魔の対談を静観していたヴォーダンが訊ねてきた。自分が何と答えるか分かっていて、その上で敢えて訊いているのだろう。


 「はい、ヴォーダン先生。私の見立ては間違っていない。きっと、天全もシグリも……そして、先生も。双魔君が背負うものを理解しているでしょう」

 「……左様か……それならば、問題は……」

 「ええ、あと一つです……丁度いい。来てくれたようだ」


 ジョージは扉を見た。その向こうにはもう一人呼び出していた者が到着したようだった。


 「うむ。入りなさい」

 『失礼しまーす!』


 ヴォーダンが入室を許可すると明るい声と共に扉が開いた。入ってきたのは、フリルの白のドレスを纏い、紫色のレースで彩ったローブを羽織った、金白の混じったフワフワ髪が特徴の少女、フローラだった。


 フローラは部屋に入るとそのまま流れるような動きでジョージの前に片膝をつき、頭を垂れた。


 「ご無沙汰しておりまーす。お加減は如何でしょーか?」


 挨拶だけ耳にすると、大分砕けているように聞こえるが、姿勢や仕草は完璧だ。と言っても過言ではない。


 「ありがとう。見ての通り、何とかなっているよ」

 「それはそれは!私も安心いたしまーした!というわけで、立ってもよろしいですか?慣れない姿勢は疲れますので!」


 本音を全く隠さないフローラに、ジョージは微笑みを浮かべながら鷹揚に頷いた。それを感じ取ったのか、フローラはすぐに立ち上がった。


 「早速だけれど、聞かせてもらおうか。次代の”聖剣の王アーサー”の様子は…………どうかな?」

 「……」


 それまで、決して言葉の中に沈黙を置かなかったジョージが初めて間を置いた。それを見たヴォーダンの眉がピクリと動いた。


 「えーと?そうですねー?うーん?……」


 微妙な空気を読み取ったらしく、フローラは顎に左手の人差し指を当てて考える振りをしながら少し時間を使った。


 「……すまないね。気を遣わせてしまって。私はあの娘のことになると少し、上手くいかなくなってしまう」


 ジョージは両手で顔を隠すようにしながら笑っていた。聞こえたのは声だけだ。隠された顔がどんな表情をしているのかまでは、フローラにも分からなかった。


 「いえいえ。いくら”聖剣の王”と言えども我が子のことならばきっとそうなるはずです。先代もきっとそうだったはずです。その前も、その前の前も。気になるんだったら、お花畑で座っているお爺さんに聞いてみればいいんですよ!」

 「……なるほど。確かにそうだ。マーリンは長く私たちの一族を見守ってきたからね。後で話を聞いてみよう。それじゃあ、改めて。私の娘の様子はどうかな?」


 顔を覆っていた両手を下げると、ジョージの表情は元の微笑に戻っていた。これならばフローラも話して差し支えないと判断できる。


 「では、ご報告を。私は基本的には陰から見守るスタンスですので、あまり直接話したりはしませんけれど。見た感じでは遺物科評議会のメンバーと楽しくやっているようですよ?」

 「そうか……それならば、よかった。双魔君たちが一緒ならば大丈夫だろう」


 フローラの最初の報告を聞いたジョージの表情は大きく変わっては見えなかったが、どこか安心したようだった。


 「……ですが、相変わらず自分の存在に対しての自信はないようです。気丈に振舞っていますけれど、その頑張りが痛々しく見えることも?今日も姿を現さなかったのが何よりの証左………これは王もお分かりでしょうが」

 「……ああ、分かっているよ……分かっているよ」


 ジョージの顔から微笑みが消え、今度ははっきりと表情を曇らせた。それから、両手を膝の上で合わせ目を強く瞑った。眉間に年相応の皺が浮かび上がる。


 「私はあの娘に何もしてあげられていない。むしろ、奪ってばかりだ……親として恥ずかしく思う。それに、避けられないこととは言え”聖剣の王”の座もあの娘にとっては背負いきれない重荷……私は何も上手くできないな……天全とシグリが羨ましい。あの二人は良い子を授かり、与えるべきものを的確に与えた。私は……良い子を授かりながら、あの子のためになるものは残せそうにない」

 「「「……」」」

 「……我が王……」


 世界の頂点の一角、”聖剣の王”の沈痛な吐露にフローラもヴォーダンも、グングニルも何も言わなかった。プリドゥエンだけが思わず、声を漏らした。


 「けれど、私は私の方法で愛しい娘にできることをする。その一つはさっき種を蒔いた。もう一つはこれから訪れる厄災を祓い、何も残さないことだ。獣の足音はすぐそこまで迫っている……私が全てを終わらせる。そのための準備も整っている。今回、キャメロットから出てきたのは、守るべきものを、これからの世界を担う若人たちの姿をこの目に焼きつけるためだ……先生、改めてお願いしておきます。有事の際は……」

 「分かっておる。儂だけではない。他の”英雄イロアス”、”叡智ワイズマン”にも声を掛けておく」

 「ありがとうございます」

 「が、一つだけ頼まれて欲しいことがあるのじゃが……」

 「先生の頼みなら何でも聞きましょう」


 ジョージの返答にヴォーダンは自慢の髭を撫で、嬉しそうに頷いた。


 「ああ、フローラ。君も準備が忙しいだろう。下がってくれて構わない。ご苦労だったね」

 「は、それでは。失礼しまーす!」


 フローラは恭しく首を垂れるとくるりと踵を返して扉へと向かった。ドレスとローブがふわりと揺れる。そのまま、学園長室から出る。


 ギー……バタンッ!


 扉が大きな音を立てて閉まる。エレベータ前にはフローラ一人だ。


 「学園長が王にお願い、か……きっと学園祭絡みのことかな?何か事件が起きそうな予感………と、みんなの恋のキューピットにして予言する美少女、フローラさんは意味深に呟くのでしたー!さてさて、評議会はイサベルくんに任せてあるし、占い館の内装確認をしなきゃー!」


 チーン!


 フローラが部下に仕事を押しつけて、自分個人の出し物への意欲を高めているとエレベーターがやって来た。


 ヴォーダンのジョージへの依頼。フローラの独り言通り、学園祭で起こる事件の火種は各所で、確実に燻りはじめているのだった。

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