第450話 ”聖剣の王”の託宣
「………………」
学園長室を出た双魔はそのまま評議会室には戻らず、学園の中を当てもなく歩いていた。無断で後から怒られては敵わないので、アッシュには警備の下見をしてくると連絡しておいた。
「おおー……あれは何の店なのだろうな?」
少し前を歩くティルフィングがきょろきょろと準備途中だったり、既に完成した屋台を見ている。
評議会の行うべき準備は既に終えている。学園祭本番前日は学園に泊まり込んで最後まで作業をする生徒たちも少なくない。評議会の残っている仕事は学園内で夜間から早朝にかけて問題が起きないよう、同じように泊まり込んでする見回りだけだ。今はロザリンたちは夜に備えて一休みしているのだろう。
しかし、双魔は評議会室に戻る気にはなれなかった。原因は…………
(……また、人類を脅かす何かが起きる……)
ジョージから話された内容のせいだ。彼が話した内容は実に抽象的なものだった。しかし、ジョージの立場、短時間ながら直接話して感じた人柄からして嘘偽りではないことは間違いない。何より、そういう大事は全て関知しているであろうヴォーダンも何も言わずに聞いていたのだ。何かが起きようとしているのは間違いない。
双魔は、改めてジョージに話されたことを思い出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『それでは、話そう。理解出来なくてもいい。きっと意味はいつか分かる。大切なのは胸に刻んでおくことだ。故に、心して聞いて欲しい。女神の生まれ変わりにして、”
それまで感じさせなかった王たる者の持つ空気を纏ったジョージに、双魔は自然と居住まいを正してしまった。思わず、ごくりと喉が音を立てた。
(……俺の正体を知っているのか……誰に聞いた?親父か?母さんか?……それとも……)
ジョージは当たり前のように、双魔を「女神の生まれ変わり」と言った。フォルセティのことを知っている。それを誰から聞いたのか。天全もシグリも双魔には黙っていただけで、フォルセティとティルフィングについて元々知っていた節があると双魔は踏んでいる。その二人に聞いたか、はたまた……。双魔の目は自ずと部屋の主にを向こうとしたが、眼前の”
『我々、人類が神々の加護を被り、この星に生まれて幾星霜。その営みは常に円滑なものではなかった。
否、円滑であった時間の方が少ない。人類は常に幾らかの試練を与えられている。神々と自然による天災、飢餓。暴走する権力によって起こされた戦争、殺戮。このような事態は常に起こっている。これに抗うことが人の営みの意義と言っても過言ではない』
ジョージはそこで一旦、言葉を切った。双魔の顔を見つめたまま、一、二度大きく息を吸い、深く吐くことを繰り返した。室内の空気が段々と重みを増していくのを双魔は感じていた。
『しかし、数百年、数千年に一度、人間たちの力だけでは抗いきれない大きな厄災が発生し、猛威を振るう。それらは……歴史の生み出した歪によって姿を現す……我々の知る出来事に例えれば、約一世紀前に起こった大国による二度の世界大戦。最後に神々の介入によって世界は存亡したが……それがなければ人類は滅びていたかもしれない』
『……起こるのか?お主の語ったそれ以上の厄災が』
『…………』
ティルフィングがジョージが再び言葉を切った瞬間、口を開いた。話し振りから双魔も予想していたことだ。何も言わずにジョージの顔から視線を逸らさなかった。普段は少し人見知りで天真爛漫な少女なティルフィングだが、非常事態の際には聡く、敏感であることは双魔も良く知るところだ。逆に言えば、ティルフィングがわざわざ訊ねたということはかなり重大な危機が迫っているということに他ならない。
ジョージは深く頷くと話を続けた。
『ティルフィングの言う通りだ。既にその兆しは見えはじめている。七大国の幾つかにそれが見られる。私をはじめ、何人かの”
ジョージの赫い瞳が光りを帯びたように見えた。強い意志の表れだろうか。命令ではない、”聖剣の王”として、一人の有望な若者に世界を託す。託されて欲しいと目の前の王は信頼してそう言っているのだ。
『…………』
双魔はすぐに返答することが出来なかった。今まで何となく生きてきた自分が引き受けられるのかという疑問が強い。ティルフィングと出会えたことでようやく自分の正体が分かった。ただ、それだけ。それだけなのに、今度は世界を背負って欲しいと頼まれている。旗手ということは同世代の魔導に関わる者たちの導き手になるということだ。簡単に頷ける話ではなかった。
「力を持つ者には然るべき義務がある」師にも聞かされ、学園の授業でも聞いた。その言葉が突きつけられている。
『……っ……』
双魔は何かを言おうとして、言えずに口を噤んだ。感じたことのない重圧が一人の少年を襲っていた。世界において最高クラスの魔術師にして、神話級遺物の契約者であっても、双魔はまだ十七年しか生きていない。胸の奥がないはずの底に引っ張られるように重くなっていた。膝の上に置いて強く、強く握りしめていた拳に冷たいものが触れた。
はっとして、視線を下ろすと、白く小さなティルフィングの手が自分の手の上に置かれていた。
『ソーマ、大丈夫だぞ』
『……ティルフィング』
『ソーマは一人ではない。我がいる。キョーカもイサベルもロザリンも、左文もいる。アッシュにフェルゼン、ゲイボルグたちだっているではないか。他にもたくさん、皆、ソーマに手を貸してくれる。だから、不安に思う必要はないぞ!』
ティルフィングは笑顔だった。不安など微塵もない飛び切りの笑顔。それは絆と信頼が生んだ希望とも言えるもの。冷気を操るティルフィングの性質とは真反対の熱い、不安を溶かし、打ち砕く笑みだった。
『……ん、そうだな……うん……』
双魔は少しだけ呆然として、それから心の中で自分に言い聞かせるよう二度頷き、”聖剣の王”の赫い瞳を正面から見つめ返した。
『……自分にできることなら……いや、自分は……自分の出来ることをします。何が出来るかは分からない。でも、それだけは……それだけは貴方に約束する。一人の遺物使いとして、”
少年の理性に満ちた燐灰の瞳に、確かな意志の炎が灯っているのを”聖剣の王”は感じ取った。
『……ありがとう。君のその眼をみて安心した。私は心置きなく戦いに赴ける。さて、君に頼みはしたもののこのままでは漠然とし過ぎている。だから、一つだけ具体的に頼んでおく方がいいはずだ。双魔君、よく聞いてくれ』
『……はい』
『次代の”聖剣の王”を頼む。これは世界を守るために重要なことだ。私が言うのもおかしいかもしれないけれど、”救世の聖王剣”無くして世界の危機に耐えられることはない。だから、次代の”聖剣の王”のことも君に託しておくよ。これはきっと、先に話した厄災よりも先のことになるはずだ』
突然の話の転換に、双魔は頭がついていかなかった。混乱しかけた頭を整理するために、ティルフィングの方を見るとティルフィングもこちらを見ていた。二人揃って頭の上に疑問符を沢山浮かべている。
『えっと……その……次代の”聖剣の王”というのは誰のことなんですか?』
ジョージはこちらが知っている前提のような話し方をしたが、双魔にもティルフィングにも「次代の”聖剣の王”」なる人物のことは全く覚えがない。
双魔の問いを聞いたジョージは驚いたように瞬きをした。それと同時に纏っていた空気が部屋に入った時の一般人と同じような空気に戻った。
『…………ああ、そうか……そうだった……』
ジョージは明らかに「やってしまった」という表情を浮かべ、それを両手で隠すと絞り出したような声で呟いた。かと、思うとすぐに顔を上げた。
『いや、頼んだことは撤回しない。次代の”聖剣の王”のことはよろしく頼むよ。ただ、これ以上は何も言えない。少し事情があるんだ」
『……は、はあ…………』
『少し締まりが悪くなってしまったけれど、君に話したいことはこれで全部だよ』
こうして、ぎこちない微笑みを浮かべながら”聖剣の王”の双魔への話は終わったのだった。
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