第447話 ”聖剣の王”
学園長室を訪れ、双魔たちを待っていた青年。その青年は一言で言えば眉目秀麗な、普通の、少し探せばどこにでもいそうな青年という印象だった。
輝く金髪に赫い瞳の美青年。白いシャツに灰色のベスト、青のジャケットにスラックス、赤いネクタイをカジュアルに着こなしている。
逆に印象的なのは青年の後ろに直立不動で控えている女性だった。上下真っ白なスーツを身に纏い、顔全体は何処か船の帆を思わせるような水色のヴェールで覆い隠されてほとんど見えない。
何かで隠されているのか分からない、微かな剣気が感じられる。恐らく遺物だ。しかも、人型を取っている点を踏まえると伝説級以上の高位な遺物。
(……となると、あの人が契約者なのか?)
双魔が青年の方を見ると、ふと、目が合った。
「さあ、立っていると疲れるだろう?座って話そう」
青年は目を細めて双魔たちに席を勧めた。まるで部屋の主のような振舞いだが、本当の主であるヴォーダンは微笑み浮かべて見ているだけだ。
「「「「…………」」」」
双魔たちは全員で視線を交わした。どうしたものか。座っても良さそうな雰囲気だが、まだ何も分からない。呼び出された理由も、青年たちの正体も。
「ソーマ、座らないのか?座っても良いと言っているぞ?」
座ろうとしない双魔たちを不思議に思ったのかティルフィングが袖を引っ張ってきた。
(ティルフィングが普通にしてるし……ロザリンさんも何も言わない、か…………まあ、学園長がいる限り危険はないか……)
声援は話をしたがっているようだ。それならば、とりあえず席に着くのがいいだろう。
「では、遠慮なく。ロザリンさん」
「うん」
双魔はまず、ロザリンに青年の向かいのソファーに座ってもらい、その隣に腰掛けた。ティルフィングは双魔の膝の上に腰を下ろし、双魔の隣にアッシュとフェルゼンが座った。
「…………」
双魔たちが目の前に座ると、青年は四人の顔を見回し、もう一度微笑んだ。
「うん、いいね。君たちはきっとこれからの世界を担ってくれる。私も安心だ」
「王よ、差し出がましいようですが、名乗ってやっては如何でしょうか?」
(……”王”?)
口を噤んでいた遺物らしき女性がヴェールの奥から言葉を発した。意外と可愛らしい声だった。それよりも、双魔は女性が青年を”王”と呼んだのが気になった。普通の人という認識は大きく間違っていたかもしれない。そうとも思った。
「確かにそうだね。私は君たちのことを知っているのに、君たちが私の名前を知らないというのは、私の望むところじゃない。だから、名乗ろう。私の名前はジョージ=ペンドラゴン。彼女は”
「「「っっ!!!???」」」
”ジョージ=ペンドラゴン”、青年がそう名乗った瞬間、双魔とアッシュ、フェルゼンに衝撃が走った。衝撃のあまり、フェルゼンは立ち上がり、アッシュは椅子から降りて膝をついていた。
「……!」
ロザリンも流石に驚いたのか目を見開いている。
「……む?っむ?どこかで聞いたような名前だな?」
ティルフィングだけは驚かず、聞き覚えのある名前に腕を組んで首を捻っていた。
双魔たちが驚くのも無理はない。ジョージ=ペンドラゴンは当代の”
(……偽物……いやっ!有り得ない!学園長の態度を見れば……本物に違いない)
ジョージ=ペンドラゴンはその名は世界中で知られているが、滅多に姿を現すことはない謎多き人物でもあった。実際に彼の姿を見たものは一部に限られている。
見た目や雰囲気はほとんど一般人と大差ない。想像とは全く違って、かなり若い。が、名乗られてしまった今は、何故か彼がジョージ=ペンドラゴン本人であることに疑いを感じることが出来ない。
「ああ、オーエンくんはブリタニアの王宮騎士団に所属だったね。私にはそんなにかしこまる必要はないよ」
「そ、そのように申されましても!」
アッシュは王宮騎士団としてのスイッチが入ったらしく、美しい姿勢を保ったまま顔を上げようとしない。異なる王家とはいえ、敬う相手であることは間違いないのだ。
「王が良いと言ったのです。かしこまる必要はありません。立っている貴方も座って構いません。王がそれを望んでいます」
「そっ、それでは……ご無礼かと思われますが……」
「しっ、失礼します……」
ジョージの心中を代弁したプリドゥエンの言葉に、アッシュとフェルゼンは恐れ多さを感じていることを隠せない様子で何とかもう一度ソファーに腰を下ろした。
「驚かせてしまってすまないね。さっきも言ったけれど、今日は君たちと話がしたくてね。ヴォーダン先生に呼び出してもらったんだ」
「先生?」
「ああ、私は二十年間にここを卒業したんだ。つまり、君たちの先輩になる」
ロザリンの問いにジョージは気さくに答えた。双魔だけでなく、ロザリンたちも目の前にいるのがジョージ本人だと認識しつつ、どこかで信じられていないのか、表情が硬い。いつも無表情のロザリンでさえそんな風に見える。
そのままジョージの顔が双魔に向いた。理由は分からないがかなり嬉しそうだ。
「双魔くん、君のことはよく知っているよ。天全とシグリは一緒に学んだ仲だからね。天全は私の数少ない親友だ」
「……親父と……その……」
「ああ、名前で呼んでくれて構わないよ。今、君たちの目の前にいる私は聖剣の契約者じゃないからね。エクスカリバーも一緒じゃないだろう?君たちの先輩の一人に過ぎない。だから、気軽に”ジョージさん”と呼んで欲しい」
「…………ジョージさんは……親父とは?」
「ありがとう。私とシグリが同級生でね。天全は途中で留学してきたんだ。偶々、隣の席に座ったのが切っ掛けで仲良くなったんだ。恋愛相談なんかもされたなぁ……お互い一目惚れだったみたいでね。見ていてとても楽しかった」
双魔が要望通りに呼んでくれたのが嬉しかったらしく、ジョージは礼を言ってから饒舌に話しはじめた。
「ああ、分かりました……それ以上は……大丈夫です」
「そうかい?ああ、確かに自分の両親の馴れ初めなんてあまり聞きたくないか。すまないね……」
「いえ……」
「おっと、こんな話をするつもりで来たんじゃないんだ。さっきも言ったけれど、君たちも忙しいだろう。私も学園で若き日を過ごした身だ。学園祭の忙しさは分かるとも。だから……君たちの顔を良く見せて欲しい。もう一度、確かめておきたいんだ。これからの世界を守っていく若い世代の代表たる君たちが、未来を託すに足る存在なのかをね……」
ジョージの言葉に初めて、世界を守護する聖剣の王たる威厳が籠った。双魔たちは自然と背筋が伸びていた。ジョージの眼差しがそうさせた。
「…………」
「……うん」
「…………」
「…………うん」
「っ!…………」
「……うんうん」
「…………っ!っ!」
「……………………うん」
ジョージはロザリン、双魔、アッシュ、フェルゼンの順にじっくりと顔を見つめた。見つめられた子どもたちは一切目を逸らすことなく、真っ直ぐにジョージの赫い瞳を見つめ返してきた。強き意思を感じさせる翡翠の瞳。深い理性と優しさを秘めた燐灰の瞳。か弱き者を守る覚悟を備えた碧の瞳。何者にも立ち向かう勇気に満ちた紫の瞳。皆、まだまだ未熟さはあれど、世界を託すに相応しい資質がある。
未熟であるということは成長の余地があるということだ。それを伸ばすのはヴォーダンや妹の役目だ。自分にはまた違う役割がある。兎も角、ジョージは満足した。期待通り、目の前にいる少年少女は、来るべき戦いで世界を導いてくれるだろう。そう確信した。
「改めて、ありがとう。私のために時間を取ってくれたことに感謝する。君たちに会えて……良かったよ」
ジョージはそう言うと優しく微笑んだ。緊張していた四人はそれで少し身体から力が抜けたようだった。一安心する若人たちを見て、ジョージはもう一度、柔らかい笑みを浮かべるのだった。
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