第446話 前日の招集
「悪い、遅くなった」
鏡華たちが休憩時間を取り始めた頃、鏡華に買ってきた調味料と心ばかりの差し入れを渡した双魔は遺物科の評議会室に到着していた。
部屋を開けるとアッシュ、フェルゼン、ロザリンの三人が待っていた。
「大丈夫!指定された時間までもう少しあるから!」
「結構時間が掛かったな?遠くまで行ってたのか?」
「少し珍しい物を頼まれたからなって……ロザリンさんは何ですか?」
二人と話しているとロザリンが立ち上がって無言で近づいてきた。そのまま、双魔の手に顔を寄せた。
「……くんくんっ……美味しそうな匂い……」
ヒクヒクと鼻を動かし、そう言うとジッと双魔を見た。そして、今度はティルフィングにも顔を近づけて匂いを嗅ぐ。
「む、む?何だ?」
双魔はすっかり慣れ切ってしまったが、初めてだったティルフィングは混乱しているようだ。
「……ティルフィングもいい匂い……ワッフル?食べた?」
ロザリンは再び双魔を見つめてきた。無表情だが、「私の分はないの?」と不満さと悲しさが混じった感情がひしひしと双魔には伝わってきた。
「……すいません、アッシュから突然連絡が来たので……ロザリンさんの分も買ってきてあげたかったんですけど……」
「あ!ひどいっ!何で僕のせいにするのさ!」
「分かった、分かった……?」
言い訳の材料にされたアッシュかプンスカと怒った。適当にアッシュを宥めながら双魔は有ることに気づいた。この部屋にいる評議会のメンバーは自分を含めて四人。一人足りない。
「……シャーロットはどうしたんだ?」
買い出しに行く前にはいたはずのシャーロットがいなかった。
「シャーロットちゃんなんだけど……双魔が出掛けたすぐ後に具合が悪いって……顔色も良くなくて本当に体調が悪そうだから、ロザリンさんが錬金技術科に連れて行ってくれたんだ」
「うんうん、ちょうどクラウディアちゃんがいたからよかった」
「……なるほど、心配だな」
「確かにな。胸の辺りを押さえてかなり苦しそうだった」
シャーロットの様子をすぐ隣で見ていたらしいフェルゼンが深く頷いた。全員がしっかり者の後輩庶務を心配していた。しかし、学園長からの呼び出しの時刻はすぐそこに迫っている。行かなくてはならない。
「時間、行こう。シャーロットちゃんのお見舞いは後で」
ロザリンが顔を上げて呼び掛けた。双魔たちも頷く。
「ティルフィングはどうする?一緒に行くか?」
「む?ヴォーダンのところにか?……うむ、我も行くぞ!」
「ん、そうか。んじゃ、一緒に行こう。ロザリンさん」
ロザリンはこくんと頷くとドアを開けて学園長室に出発した。それに、アッシュ、フェルゼン、双魔とティルフィングが続く。各々の胸の中で何の用で呼び出されるのかという同じ疑問が渦巻いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「学園長室に行くのなんて、選挙が終わって評議会役員に任命された時以来だな……緊張してきた。アッシュはどうだ?」
皆でエレベーターに乗り込むと評議会室からここまで一言も発さなかったフェルゼンが口を開いた。如何やら緊張しているらしい。確かに、よく見ると顔が強張っている。
「僕も同じかな?緊張するのも分かるなー……グングニルさんに見られると背筋伸びちゃうよね……双魔は?僕たちより行ってるし、緊張しない?」
「ん、そこまで呼び出されてるわけじゃないけどな。だいぶ慣れた。緊張は……まあ、しないでもない。学園長の実力を考えるとな。気分的にはグングニルより学園長の方に緊張する?か……」
「そうなのか?ヴォーダンもグングニルも美味な菓子をくれるぞ?怖くないと思うぞ」
ティルフィングが双魔たちの反応を見て不思議そうに首を傾げている。そもそも、ティルフィングはヴォーダンの下で保管されていた経緯がある。いい意味であの底知れない迫力に何も感じないのだろう。
「まあ、そうか……ロザリンさんは……緊張します?」
「?別に?」
「……あはは、ロザリンさんはそうですよね……」
「ロザリンはいい意味でも悪い意味でも物怖じしないからな……」
チーン!
予想通りの反応にアッシュとフェルゼンが苦笑いを浮かべているとエレベーターが到着を告げるベルを鳴らした。
「はてさて、どんな重大案件かね……んじゃ、準備はいいな?」
「「……」」
エレベーターを降りると目の前は学園長室の重厚な扉だ。緊張しているアッシュとフェルゼンに一応確認を取ると二人揃ってゆっくり頷いた。
コンッコンッコンッ!
「って、ロザリンさんっ……」
「うん?入る前にノックするでしょ?」
双魔が確認を取っている間にロザリンが扉を叩いていた。普段は皆を気遣っているロザリンだが、たまに空気が読めないことがある。
「いや、そうですけど……」
『どなたでしょうか?』
扉を叩いたものだから向こうからグングニルが尋ねかけてきた。ちらりと二人の方を見るとフェルゼンの顔ががちがちだった。アッシュはそれを見たおかげで、緊張が解れたのか苦笑いだ。
「遺物科評議会議長ロザリン=デヒティネ=キュクレイン」
「以下、副議長、伏見双魔。ティルフィング。書記、アッシュ=オーエン。会計、フェルゼン=マック=ロイ。入ります」
『どうぞ。主人様とお客様がお待ちです』
名乗りを上げるとグングニルから入室の許可が下りる。呼び出したのは向こうな上に、扉の外に誰がいるのかは気配や魔力で分かっているだろうが、こういうのは形式が大事だ。それに、双魔はグングニルの一言に引っかかった。
(……”お客様”?誰か来てるのか?……特にそんな気配は感じないが……)
ヴォーダンクラスの人物が招待した客となるとそれに見合うクラスの実力者、例えば”叡智”の魔術師や”英雄”の遺物使い。またはそれに準ずる者と考えるのが妥当だ。そして、その様な強大な力を有する者たちは種類は違えど皆、その力故に重圧を感じさせる。しかし、今、双魔は何も感じていない。
「……」
ロザリンが何か不思議に思ったのか、一瞬、こちらを見てきた。双魔が首を軽く横に振ると頷いて、扉の取っ手に手を掛けた。
「こんにちは」
「失礼します」
「お邪魔するぞ!」
「しっ、失礼します!」
「しっ!しっ!しつっ!失礼します!!」
ロザリンが朗らかに挨拶しながら最初に入った。双魔とティルフィングもそれに続く。アッシュはやはり緊張しているようだが、それよりひどいのはフェルゼンで声が上ずっている上に、言葉に詰まって何とかといった感じだ。
「うむ、よく来てくれた。忙しい時にすまんのう……客人がどうしても君たちの顔を見たいと言うのでな」
学園長は執務机の椅子に腰掛けたまま、双魔たちをにこやかに労った。そして、そのまま視線を双魔たちから、来客用のソファーに送った。
そこには、一人の青年が浅く座り、その後ろには一人の女性が控えていた。
「やあ、本当に忙しい時に済まないね……そうしても君たちには会っておきたかったんだ」
青年はそう言ってにこりと微笑むのだった。
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