第445話 お使いと差入

 「ったく、買い物を頼まれて出かけたら、今すぐ戻って来いとは……」


 双魔はティルフィングと一緒に学園へ向かいながらぼやいていた。


 『双魔、今時間ある?悪いんやけど、明日遣う調味料、注文するの忘れてたみたいやの。クラスの皆は最後の仕上げで手離せないみたいで……買ってきてくれへん?』


 と、鏡華から連絡があり評議会の皆に許可をもらって買い出しに出たのが一時間前。


 『もしもし、双魔?クラスの買い出しに行っていいよって言ったばかりなのにごめん!学園長が遺物科評議会のメンバーは全員学園長室に来るようにって……双魔が出掛けてるって言ったら、待ってくれるって言ってくれたけど……なるべく早く帰って来て!』


 と、アッシュ慌てた声色で電話してきたのが目的の店に着いた三十分前。


 何とも慌ただしい。早歩きは趣味じゃないのだ。急いでいなければさっきの遺物科の制服を着た少女ともぶつかりはしなかっただろう。


 「ソーマ」

 「ん?」


 頼まれた調味料と、差し入れに買ったワッフルの入った紙袋を抱えて隣を歩くティルフィングが双魔を呼んだ。


 「さっき、ぶつかったあ奴、只者ではなかったぞ?強力な遺物の契約者だと思う」

 「ああ……さっきの女の子か。確かに、そんな気配を感じたな……俺もあれは相当名のある遺物の契約者だと思う」


 双魔は数分前に路地から飛び出てきた少女のことを思い浮かべた。パッと見た印象だが真っ直ぐで芯の強い感じの少女だった。髪型だけで判断するのもなんだが、恐らく中華の出身だろう。それにティルフィングの言うとおり、少女からは強力な剣気を感じた。それに遺物だけでなく、本人も相当な使い手のはずだ。フェルゼンと同じようなパワー系の雰囲気があった。


 「また、どこかで会うと思うか?」

 「ん、転校してきたって言ってたし……強けりゃ噂になるんじゃないか?気になるのか?」

 「そんなことはないぞ?」


 ティルフィングはそう言いながら紙袋の中を覗き込んだ。会ったことのない遺物より目の前のワッフルの方が気になるのだ。


 「仕方ないな。一つだけだぞ?」

 「ソーマ!」


 双魔が紙袋に手を突っ込んでワッフルを一つ取り出すとティルフィングは目を輝かせた。


 「ほれ」

 「はむっ!むぐむぐ……あまふてびひだ!」


 蜂蜜のたっぷり染み込んだワッフルを両手の塞がったティルフィングの口に頬り込んでやるとさらに目を輝かせた。出来たてのカリフワ食感のワッフルを食べれば誰でもそうなるというものだ。


 「むぐむぐむぐ……」


 ティルフィングが一生懸命にワッフルを味わっている途中も足を止めなかったお蔭か学園には来た時の半分の時間で帰って来ることが出来た。


 そのまま、足を止めずに最近は来ることの少なくなった遺物科棟に入る。


 「あー、教室が変わったんだよな……確か一つ上の階……そう言えばまだ行ったことなかったな……」


 学年が変われば教室も変わる。が、新年度は学園祭が終わるまで授業らしい授業はない。評議会の仕事が忙しかったせいで教室には一度も顔を出していない。今日が初めてだ。


 「……ここだな……はー、なかなか様になってるな」


 教室を覗き込んでみると、鏡華やアッシュが言ったように中は洋館のような装飾が施され、接客係らしきクラスメイト数人が執事の服やメイド服を着て打ち合わせをしていた。そして、お腹が減ってくるいい匂いも漂っている。


 「あっ!伏見くん!久しぶりね!」


 教室の入り口で装飾を施していた女子の一人が双魔に気づいた。


 「久しぶりだな。鏡華に頼まれた物を買ってきたんだが……」

 「本当に!ありがとう!胡椒とか乾燥させたミックスハーブとか、大事な物が無くて困ってたのよ!ああ、六道さん呼ぶわね!六道さーん、旦那さんが来てくれたわよー!」

 「……は?なんだって?」


 女子の発言に耳を疑った。双魔と鏡華の関係は皆の知るところだが、今までこんなことを言われたことはなかった。困惑しているうちに鏡華が姿を見せた。


 「いややわ、旦那はんなんてっ……うちらはまだ祝言上げてへんさかい」


 呼ばれて出てきた割烹着姿の鏡華はまんざらでもなさそうだった。と言うか、かなり嬉しそうだ。そして、そんな鏡華と目が合った。


 「……頼まれたもの、買ってきたぞ」

 「おおきに!無理言ってごめんなぁ?」

 「……そんなことより、今のはなんだ?」

 「ああ、旦那はんって呼ばれたこと?」


 双魔が訊いてきたことを鏡華はすぐに察したらしい。双魔が頷くと照れ臭そうに笑った。


 「……ごめんなぁ?その、出す料理を皆で考える時にうっかり、色々話してしもて……」

 「……そうか。まあ、鏡華が楽しそうなら俺も嬉しいしな、気にしなくていい」


 如何やら、どんな話をしたのかは分からないが、言葉の通り色々話してしまったらしい。その証拠に女子たちから生温かい視線がこちらに向けられている。そして、男子たち、特に彼女や許嫁と言った相手がいない野郎どもからは親の仇を睨むような視線が送られてきている。


 (……早めに退散するか)


 事実、学園長から緊急らしき呼び出しが掛かっているのだ。変に絡まれないうちに評議会室に帰るのが吉だ。


 「用も済んだし、俺はもう行く。学園長に呼び出されてるんだ。ああ、これ、良かったら皆で食ってくれ。んじゃ、鏡華、また後でな。ティルフィング、行くぞ」

 「むぐっ?うむ!むぐむぐむぐ……」


 双魔はティルフィングが大事そうに抱えていた大きな紙袋を押し付けるとそそくさと立ち去ってしまった。何やら口に入れていたらしいティルフィングも双魔に慌ててついていく。


 「あっ!双魔、今作ってる料理の味見……行ってしもた……」

 「せっかく六道さんが料理の味見させてあげようとしてたのにねー?」

 「六道さんの誘いを断るなんて……」

 「例え許嫁と言えど……双魔……許すまじ!!」


 外野がさっさと行ってしまった双魔の素っ気なさに色々と不満を感じている中、当の本人は全く気にしていないようだった。


 「ほほほ、仕方あらへんよ。双魔は忙しいから……それに、家でいくらでも一緒にいられるさかい……だぁれの邪魔もなく。ほほほほ!」

 「「「…………」」」


 朗らかに笑う鏡華が醸し出す言い表すのが難しい恋愛強者としての振舞い、敢えて言い表すなら絶対的な嫁力に文句を言っていた者を含め、その場にいたクラスメイト全員が絶句してしまった。


 「?皆、おかしな顔して、どないしたん?……そう言えば……あら、美味しそうやね」


 鏡華は周りを見回し、思い出したかのように仄かに温かい紙袋を開けた。ふわりと仄かに甘く香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。


 「なになに?……わー!美味しそう!」

 「どれどれ?……ワッフル!しかも出来立てじゃないかしら!?」


 袋の中を覗き込んだ女子二人が目を輝かせた。一緒に厨房係を勤める子らだ。その子が言ったように、紙袋の中はたくさんのワッフルだった。かなりの量が入っている。きっと、クラス全員分買ってきてくれたのだろう。


 「ちょうど、ええ時間やし、休憩にしよか」

 「うん!それがいいよ!せっかく買ってきてくれたんだし!温かいうちに食べないとね!」

 「それじゃあ、私は飲み物用意してくるわ!」


 鏡華の提案に紙袋を覗き込んでいた二人が賛成した。他の面々も賛成のようだ。慣れない仕事に疲れたのかもう腰を下ろしている男子もいた。


 「ほらー!男子共―!おやつ食べられるように片付けなさーい!ウッフォ!さっさと動く!」

 「お、俺だけかよ!?」


 いち早く座り込んでいたウッフォが勝気な女子に叱られて慌てて立ちあがった。それを見て皆が笑う。学園祭も直前、クラスの心は一つになっていい雰囲気だ。


 「…………」


 そんな中、鏡華は一人廊下を見つめている。


 (……学園長に呼び出されるなんて……何や大変なことでもあったんやろか?大事ないと思うけど……)


 心配性の姉さん女房(予定)はいつも通り、可愛くて頼りになる、けれど何処か危なっかしい弟亭主(予定)のことを誰よりも思うのだった。

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