第439話 遺物たちの茶会

 双魔たちが会議をしている頃。大会議室の二つ上の階、遺物サロンでは恒例のお茶会が開かれていた。


 メンバーはいつものティルフィング、ゲイボルグ、安綱にカラドボルグ。それに、ティルフィングの隣で大人しく座っているレーヴァテイン。


 アイギスはというと、カラドボルグの顔が見たくないのか違うテーブルで他の遺物と談笑している。顔を合わせると喧嘩になることは二人共分かっているので、入れ替わりでお茶会に参加するのが暗黙の了解だった。


 「本日も日本茶で申し訳ないですね……」


 安綱が急須で人数分の湯呑に緑茶を注ぎながら苦笑した。最近は紅茶やコーヒーよりも日本茶が多い。


 「気にすることないわよ!私、日本のお茶って好きよ!色も春らしいしね!」


 カラドボルグが虹色の髪をかき上げながら笑った。


 「うむ!我もコーヒーと違って苦くないから好きだぞ!」

 「ヒッヒッヒ!俺は喉が潤えば何でもいいけどな!安綱の茶はなかなかうまいと思うぜ!」

 「恐縮ですね……ああ、今日はせめて菓子だけでも洋風にとこんなものを用意してみました」


 各々に緑茶を注いだ湯気の上がる湯呑を配ってから、安綱は紙袋を取り出し、テーブルの真ん中に置かれたトレーに中身を出した。


 傾けられた紙袋からころころと一口サイズの揚げ菓子、砂糖をまぶしたドーナツが山を作っていく。


 「これは?」

 「あんドーナツという菓子です。名前の通り、ドーナツの中に小豆餡が入ったもの……洋風とは言いましたが、結局、和のものでしたね……申し訳ない」

 「いただきます!はむっ……むぐっ!むぐむぐ……ごくんっ!安綱、美味だぞ!謝ることはない」

 「ふふふっ……ティルフィング殿に気に入ってもらえたなら、他の皆さんのお口にも会いそうですね」


 ティルフィングの笑顔を見た安綱は八重歯を見せて微笑んだ。


 「それじゃあ、私も一つ……あむっ!……うん!甘いわね!しっとりしてて美味しいわ!」


 カラドボルグもあんドーナツを一つ口に放り込んで笑みを浮かべた。ゲイボルグは甘いものには興味がないので、平らな器に注がれた緑茶を楽しんでいる。


 「レーヴァテイン殿も、よろしければ」

 「……あ、ありがとうございます……」


 安綱に声を掛けられたレーヴァテインはぼそぼそとお礼を言いながら、落ち着かなそうに俯いた。ティルフィングと一緒に居たい一心でサロンに来てはいるが、他の遺物に気を許すことが出来ないのか、家にいる時とはまるで別人だ。


 そして、そんな様子の遺物がいれば、当然話題は彼女のことになる。


 「それにしても、レーヴァテインって本当にティルフィングとそっくりよね!ねえ!顔を良く見せて?」

 「……えっ……あの……」

 「ね?」

 「………うう……」


 カラドボルグのまぶしい笑顔に勝てなかったのか、レーヴァテインは恐る恐る顔を上げた。


 「やっぱり、そっくりね!ティルフィングはどう思ってるの?」

 「むぐっ?」


 カラドボルグがティルフィングを見ると、栗鼠のようにあんドーナツを口に詰め込んでいた。話しかけられたためか、急いで咀嚼する。


 「あっ……お姉様、私のお茶を……」


 既にティルフィングの湯呑の中が空になっていることに気づいたレーヴァテインは自分の湯呑を差し出した。ティルフィングはお茶のたっぷり入った湯呑を見て、一瞬固まったが、結局湯呑を手に取った。


 「……んっ……んっ……ぷはっ!確かに、顔は我と似ている、ソーマもそっくりだと言うが……こ奴は決して我の妹などではない!」

 「ヒッヒッヒ!ティルフィング、お前がいくら否定しても双魔は妹だって言ってるんだろ?双魔はお前に噓なんかつくのかよ?」

 「む……それは……ソーマは我に嘘などつかないが……」

 「それじゃあ、レーヴァテインはお前の妹ってことだろうがよ?」

 「むぅ……違うと言ったら違うのだ!」


 ゲイボルグに痛いところを突かれたティルフィングは唸り声を上げると駄々を捏ねる子供のようにブンブン手を振った。


 「何故そこまで邪険に?我らの目から見ればティルフィング殿と姿は瓜二つ。少し、レーヴァテイン殿の方が容姿は大人びていますが……傍から見れば姉を慕う良き妹のようですが?」

 「そうよねー?今だって、自分のお茶をティルフィングに上げたし……もう少し優しくしてあげれば?」


 安綱とカラドボルグもレーヴァテインの肩を持つようなことを言い出したので、珍しくティルフィングの目尻がつり上がった。


 「お主らはここでのこ奴しか見ていないからそんなことが言えるのだ!他の者の目がない所に行けばお姉様お姉様とべたべたくっついてくる!テレビを観ていても、菓子を食べていても、風呂に入っていても……兎に角、鬱陶しい!そもそも!我は妹とは認めていないのに妹と称しているのが気に食わん!」

 「っ!お、お姉様……そんな………」


 ティルフィングの自分に対しての思いを聞いて、耐え切れなくなったのか、レーヴァテインの蒼い瞳が潤み、透明な雫が白いドレスを濡らす。


 「あら、泣かせちゃった……可哀想に……」

 「ヒッヒッヒ!姉貴なのに妹泣かしちまったな?」

 「だから!我は姉ではない!大体、我ら遺物に兄弟姉妹がいるなどおかしい話ではないのか!?双魔に聞いたら唸っていたぞ!!」


 ティルフィングの一部的を射た反論にゲイボルグたちは顔を見合わせた。


 「そう言われると……」

 「確かにな」

 「しかし、姉妹剣という言葉があります。例えばアロンダイト殿やガラティーン殿はエクスカリバー殿の姉弟であると聞きますが……」

 「ああ、そう言えばそうだったわね!」


 安綱の例えにカラドボルグが思い出したかのように手を打った。アロンダイトとは円卓の騎士であるランスロット卿の、ガラティーンとは同じく円卓の騎士であるガウェイン卿の剣であり、アーサー王の剣、エクスカリバーと産まれの近しい姉妹剣であるとされている。


 「む、むぅ……そうなのか?」


 今度はティルフィングが難しい顔をする番だ。自分のような存在にも兄弟姉妹が存在する可能性があるとなっては、レーヴァテインが妹であることは否定できなくなってしまう。


 「……ティルフィング、もう、お止し」


 混乱して頭を抱えるティルフィングに、今まで静かに話を聞いていたもう一人の遺物が優しく声を掛けた。

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