第438話 総合会議

 フローラがイサベルに話を振った頃。食堂から戻ってきた双魔と宗房はエレベーターが降りてくるのを待っていた。


 「あぐっ……むぐむぐ……あひかわらず……あぐっ……もぐもぐっ……ごくっ!食堂の焼きそばパンはうめぇな。なんでブリタニアにあるのか知らねえが……」


 宗房は美味そうに買ってきた焼きそばパンを齧っている。空いた方の手には全員分のペットボトル飲料が入った袋をぶら下げている。大会議室が評議会室と違ってお茶を淹れるような設備がないためだ。


 「昔、ハシーシュ先生が日本でハマって持ち込んだんだとさ」


 宗房のどうでもいい質問に、どうでもよさそうに答えた双魔は両手で抱えるほど大きな紙袋を抱えている。中は少しの焼き菓子と大量の菓子パンだ。


 「……双魔、お前……摘まめる物って言ってたよな?」

 「……知らないのか?ロザリンさんは健啖家なんだ」

 「カッカッカ!それは初耳だ!相変わらず苦労してそうだな?周りの人間に」

 「生憎、アンタほど迷惑な人間はいないんでね」

 「カッカッカ、手厳しいのも変わらずだな」


 チーン!


 くだらない話をしているとエレベーターがやって来た。乗り込むと宗房がボタンを押し、エレベーターは上昇する。


 「そう言えば、最近、体調はどうなんだ?薬を貰いに来ないからな、クラウディアが寂しがってる」

 「ん?そうなのか……悪いことしたかね?体調不良の理由が分かってな。解決法も見つかったから今は普通だ」


 双魔はティルフィングと契約する前は”フォルセティの心臓”が生み出す膨大な行き場のない魔力を全て”箱庭”に流し、それでも余る魔力を宗房とクラウディアが調剤した強い薬で散らしていたのだ。最近はティルフィングのおかげで魔力が飽和することはなくなったため、薬を貰いに行っていなかった。


 「そりゃあ、重畳……長年の病がこの短期間で治るとは!詳しい話を聞かせてもらおうか!」

 「何か奢ってくれるならな!」

 「カッカッカ!遠慮のない奴だ!いいだろう!日時は後で決めようか!」

 「ああ」


 チーン!


 話の切れがいいところでエレベーターが到着した。会議室の前に立つと宗房が腕時計で時間を確認した。


 「カッカッカ!いい時間だな!」


 コンッコンッコンッ!


 宗房が強めに扉を叩く。重厚な扉は軽く叩いても向こうに音が伝わりにくい。


 『話は終わってる!入ってくれたまえ!』


 フローラの満足気な声が聞こえた。恋がうんたらと言っていたような気がするが収穫のある話が出来たのだろう。


 「遠慮なく失礼して」


 宗房はドアノブに手を掛けると勢いよく扉を開き、スタスタと部屋に入っていった。


 「「「…………」」」


 (な、なんだ?)


 部屋に一歩入った瞬間、イサベル、ロザリン、クラウディアが同時に双魔を見てきた。


 よく分からないが、イサベルは少し呆れたような優しい笑み浮かべ、ロザリンはやる気に満ちた雰囲気を纏い、クラウディアからは何に対してか、確かな熱意を感じた。


 女子四人でしていた会話の内容に関係あるのかは分からないが、少し居心地が悪い。双魔は逃げるように自分の席に着く。


 「ロザリンさん、お昼までの繋ぎです」

 「うんうん、後輩君、ありがとう」


 円卓の上にドサリと紙袋を置き、ロザリンの前に買ってきた菓子パンを並べていく。パイ生地に短めのソーセージを包んだソーセージロール。シナモンとドライフルーツを生地に練り込み、十字の模様をつけたホットクロスバンズ。丸く白い生地を作っと焼き上げ、バターと蜂蜜を染み込ませたマフィンに似たクランペット。パンとデニッシュの中間のような生地を揚げてドーナツにした四角いヤムヤム。全部で四種類、学園で人気の菓子パンだ。全て食べやすい一口サイズ。十個ずつ用意した。


 ロザリンはそれから手をつけようか、嬉しそうに目移りしている。


 「それと……これは皆で適当に摘まんでくれ」


 紙袋から菓子パンを出し終えると、今度は小袋に入ったクッキーやフィナンシェを全員に配る。勿論、ロザリンの分も用意してある。


 「……本当に全部食いそうだな」

 「あ、ありがとうございます…………」

 「ロザリンくんはよく食べるなぁ!」

 「はむっ……もぐっ?」


 宗房とクラウディア兄妹はロザリンの前に並べられた大量のパンに少し引き気味で驚いている。フローラはロザリンの健啖振りを知っていたのか、感心していた。


 陶のロザリンは早速クランペットに齧り付いて首を傾げている。


 「双魔君、代金は……」

 「ん、後でフェルゼンに頼んで経費で落としてもらうからいい。それより、サッサと会議を済ましちまおう。進行は俺でいいな?」


 双魔がぐるりと円卓を見回すが口出す者はいない。了承の合図だ。


 「んじゃ、今日の議題は主に二つ。一つ目が各科で作成した最終確認の書類を読み合わせて問題点がないか確認すること。二つ目が変更点や新たな提案についての確認だ。正直、二つ目についてはあまり話したくないが……」

 「「…………」」


 二つ目の議題で発案しそうな宗房とフローラを見ると、両人ともニヤリと笑っていた。無事には終わってくれそうにない。


 「……先に一つ目を片付けよう。んじゃ、持ってきた書類を共有しよう」

 「「……」」


 双魔が冊子を持って立ち上がると鏡華とクラウディアも立ち上がり、全員に用意してきた紙を配っていく。


 「さて、全員、手許に各科の冊子があるな?んじゃ、各自確認してくれ」


 双魔の合図で全員が冊子を手に取り、一ページずつ読み込んでいく。宗房だけは遺物科と魔術科の冊子をいっぺんに持つとまるでパラパラ漫画を見るように一瞬で目を通し、パサリと円卓の上に置いた。そして、手持ち無沙汰になったのか足を組んで座っている椅子をくるくる回しはじめる。


 「はむっ……むぐむぐ……はむはむ……」


 ロザリンもすぐに読み終えてしまったのか双魔が買ってきたパンを美味しそうに頬張っている。


 そんなことには気を取られずに他の四人はしっかり内容を確認していく。


 そのまま、十分弱が経った。双魔は全てのページに目を通し終えた。


 (…………特に問題なさそうだな、これまで確認してきたのと変更はない……)


 「……」

 「……」


 イサベルとクラウディアも同じタイミングで読み終えたらしい。アイコンタクトを取ると、二人とも頷いた。各科、不備は見つからなかったというサインだ。


 「…………なるほどなるほど。去年とあまり変わらないねー。うん、終わり!」


 最後にフローラが冊子を円卓の上に丁寧に置いた。これで全員だ。


 「んじゃ、何か問題を見つけた奴は挙手してくれ」

 「「「「「…………」」」」」


 双魔が尋ねても誰の手も上がらなかった。これで一つ目の議題はつつがなく終了した。次は問題の二つ目である。


 「…………………………んじゃ、二つ目の議題に移る。変更点、もしくは…………提案がある奴は……」

 「はい!はいはーい!」


 双魔が長い沈黙の後、議題を進めようとすると、それを遮ってフローラ手を上げ、その勢いのまま立ち上がった。


 「………………」


 面倒事の気配に最早指名する気にもならない。双魔は黙ったまま、手で発言を促した。


 「うん、指名されたね!それじゃあ、提案というか報告を!私は個人的に恋占いの館を開設するから!基本的に運営には関われないんだ!ごめんね!!」

 「…………イサベル」

 「…………ごめんなさい、伏見君……私も初耳だわ」


 フローラの満面の笑みでのゲリラ発言に双魔は絶句、イサベルも聞いていなかったのか両手で頭を抱えてしまった。


 それも当然だ。学園祭運営の要である三学科の議長のうち一人が堂々の職務放棄を宣言したのだから。これではついさっき確認したばかりの書類の内容もパーだ。


 そもそも、学園祭で出店する場合じゃ評議会の臣さと許可が必要なのだが、誰も把握していないとなるとフローラの職権乱用だ。


 「おっと!みんな、イサベルくんも双魔くんも困ったって顔だね??大丈夫!私たちには頼れる男がいるからねっ!!宗房!」

 「カッカッカ!褒められると悪い気はしないな?そこの脳ミソお花畑女から話は聞いてる。代替の布陣は既に組んであるからな。その説明を今からする。いいな?」


 如何やらフローラと宗房は裏で示し合わせていたらしい。二人のワンマンぶりに言葉も出ない副議長陣だが、宗房の頭脳を疑う者は一人もいない。三人とも疲れた顔で頷いた。因みにロザリンは話を聞きながら大人しく、パンをむしゃむしゃ食べている。


 「お花畑女が外れるとなると、頭が一つ減ることになる。が、元々頭が三つある方が非効率だ。本部の統括は俺一人でやる。何かあれば俺から指示を出す。本部詰は基本的にうちの奴らに任せてもらう。有事の際は遺物科と魔術科の方がいい動きが出来るからな。次に……双魔」

 「……何だ?」

 「お前に警備主任を任せる」

 「………了解」

 「カッカッカ!やけに物分かりがいいな?」

 「もう勝手にしてくれ…………」

 「カッカッカ!それじゃあ好きにさせてもらおうか。主任の警備巡回はペア行動だ。どの時間に誰と組むかはシフトは明日までにお前に送るから確認しておいてくれ」

 「ん」

 「他の連中はある程度、自由に動いていい。俺は前から思ってたんだ。ブリタニア王立魔導学園評議会のメンバーだとしても学生ってのは変わらない。出来るなら学園祭を楽しんでもらいたいってことで、俺に任せて今回は楽しんでもらう」

 「「「………………」」」


 突然、宗房がいいことを言い出したので副議長三人はポカンとしてしまう。


 「流石、宗房!いい男は言うことが違うね!」

 「もぐもぐもぐ……ごくんっ……私もいいと思う」


 他の評議長二人は宗房に賛成のようだ。双魔たちも特に反対するつもりはなかった。直前の変更で面食らってしまったが、宗房が言うことは理に適っているし、実行する力もある。


 「ってことで、俺からは以上だ!カッカッカ!諸君、存分に学園祭三日間を楽しめ!!カッカカッカッカッカ!!」


 宗房の高笑いが大会議室の中に響いた。学園祭前、最後の総合会議はフローラが呼んだ混乱と、それをすぐさま収めた宗房の手腕で幕を閉じた。

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