第429話 副議長二人の苦悩
「坊ちゃま、鏡華様、イサベル様、ティルフィングさん、玻璃さん、レーヴァテインさん、いってらっしゃいませ」
「ん、行ってくる」
「いってきますだ!」
「「行ってきます」」
「「…………」」
左文に見送られて全員で家を出る。双魔と手を繋いだティルフィングは元気に手を振ったが、レーヴァテインはムスッとして黙って歩きはじめた。
レーヴァテインが学園についてくると言い出した時は意外だった。しかし、理由を聞いてすぐに納得した。
『私、お姉様とは片時も離れたくありませんの!!』
強すぎる姉妹愛ゆえだった。因みにと言うか、当然だが、それを聞いたティルフィングはもの凄く嫌そうな顔をしていた。
しかし、幸いと言うべきか、基本的に人見知りなところは姉妹で似ているようで、学園では静かに傍にいるだけのようだ。
ティルフィングから聞いた話ではサロンにいて、他の遺物が話しかけてきてもだんまりらしい。
(……今はいいが……そのうち面倒なことにならなきゃいいが……)
ブリタニア王立魔導学園に契約者が在籍する遺物たちは途轍もなくマイペースな代わりに、他者に寛容である者が多い。ティルフィングの愛嬌もあってだろうが、レーヴァテインの有り様も認めてくれているのだろう。が、他者を顧みない遺物は存在するし、人間ならなおさらだ。事情が事情なため、レーヴァテインが殻に閉じこもろうとするのは仕方ないが、託された身としては心配だった。
そんなことを考えながら足を進めていると、前を見慣れた背中が二つ歩いている。向こうをもこちらに気づいたのか足を止めると振り返った。
「あ、双魔。皆もおはよう!」
「貴方たちは朝から賑やかね」
アッシュとアイギスだ。二人ともいつも通りの様子で、いつも通り道行く人たちの注目を集めていた。言わずもがなだが、双魔たちも毎朝注目の的だ。レーヴァテインが増えてからはさらに視線が集まっている気がする。やはり、魔導学園の制服を纏って、美人を何人も連れていたり、人間とは異なる姿の遺物と歩いていると自然とそうなってしまうのだ。
「ん、おはようさん」
「おはようだ!」
「アッシュはん、おはよう。アイギスはんもご機嫌麗しゅう」
「おはようございます」
「「…………」」
レーヴァテインはアッシュとアイギスを一瞥するとすぐに視線を逸らしてしまった。浄玻璃鏡は少しだけ首を動かして会釈する。
「…………レーヴァテインさん、まだ馴染めないのかな?」
合流すると、双魔の隣を歩くアッシュが心配げに囁いてきた。
「ん、まあな……サロンでの様子はどうですか?」
「そうね、知っていると思うけれど、ティルフィングにべったりよ。他の遺物とは話す気もないみたい。別に気にするような狭量な遺物はいないし、長い目で見てあげたらいいと思うわ」
「……ああ」
アイギスの話はティルフィングに聞いたそれと全く変わらなかった。「長い目で見る」というのもその通りだ。千年単位で存在している遺物の言葉はやはり含蓄の濃度が一味違う。
「でも、きっと大丈夫だよ!最近は僕も笑ってるところとか見るし……」
「本当か?」
「うん、この間も評議会室でお茶してる時に、ケーキを食べて喜んでるティルフィングさんを見てニコニコしてたよ?」
「……そうなのか」
レーヴァテインが家の外でも笑顔を見せているというのは意外だった。気になってさりげなく後ろに視線を遣ると、バッチリ二つの蒼い目線が合ってしまった。
「っ!」
「…………」
レーヴァテインは双魔の視線で自分の話をされていたことを察したのか、機嫌が悪そうに睨み返してきた。
「程々に前途多難そうね」
「…………はぁ…………せめて、ティルフィングと普通に接せるようになれば……」
アイギスの言葉が肩に重くのしかかった気がした。双魔のため息にティルフィングが見上げてくる。
「ソーマ、我もあ奴を邪険にしたいわけではないのだが……鬱陶し過ぎるのだ……妹だと言うのも、我は……むぅ……」
ティルフィングもティルフィングで思うところがあるらしい。双魔は兄弟がいないので、これについては何も言ってやれない。
「妹なんてそんなものよ。姉にくっついて回るわ。鳥の雛みたいにね。折角だから、貴女も少し大人になってみたらどうかしら?」
「……むぅ……って!あ奴は我の妹ではないぞっ!」
「…………難しいな」
アイギスの助言にティルフィングは考え込みそうになったが、妹であることを否定した。双魔は天を仰いだ。
「そ、双魔!今日は学園祭前の最後の総合会議なんだから!今からそんな感じだと、もっと大変だよ?……あの濃い人たちの相手は普通でも大変なんだから……」
「……あー…………あー……そうだった…………」
アッシュの言う通り、今日は学園祭三日前。遺物、魔術、錬金技術、三学科の議長と副議長が集まり、学園祭の運営に対しての議案を持ちあう総合評議会の予定が入ってくる。三日前ともなると普通は各事項の確認で終わるはずなのだが、魔術科、錬金技術科は共に現議長が捻りに捻りが加わったような曲者なのだ。正直、無事に終わる気は全くしない。大事故を如何に事故の範囲に収めるかの会議になりそうだ。
「……双魔君」
「……ん?」
双魔が面倒な予感の容量超過に溶けかけた雪だるまのような表情になっていると、後ろで鏡華と話していたイサベルがおずおずと肩を叩いてきた。振り返ると、イサベルは何かを諦めたような遠い目をしていた。
「……議長……何か企んでるみたいなの……」
「…………そうかー……そうだよな……」
「「……はぁ……」」
双魔とイサベルの深いため息が重なった。組織において上から二番目というのは一番苦労するポジションである場合が多いのだ。ロザリンはマイペースだが、周りを大きく振り回すようなことはしようとしない(双魔が振り回されている点については、ノーカウント)。一方、魔術科の議長は積極的に振り回そうとする。イサベルの苦労が双魔にはよく分かる。
「ふ、二人とも!元気出して!何かあったら僕も力になるから!」
「若いころの苦労は買ってでも、言うさかい。疲れたら、慰めてあげるから頑張り。イサベルはんも、お菓子の差し入れするよ?何がいい?」
「……どら焼きでお願いします」
「…………副議長……辞めたい……」
どんよりとした雰囲気を纏った二人を先頭に、学園の正門はもうすぐそこだった。
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