第430話 うちのクラスの出し物は?
「……まあ、うじうじ言っても仕方ないしな……俺はこのまま評議会室に行く。アッシュもだろ?」
「うん、そうだね!イサベルさんは?」
「それじゃあ、私も……」
「私はサロンに行くわ。安綱がお茶を淹れてくれるみたいだから」
アイギスは最近、日本茶がお気に入りらしい。安綱が淹れるお茶は美味なので、彼女もお気に召したのだろう。
「我も!」
「お、お姉様……私も……」
「……好きにしろ」
人前だからか、遠慮気味なレーヴァテインを見たティルフィングは一瞬、口を尖らせてから頷いた。
「うちはクラスの出し物の準備。玻璃もサロン?」
「……う……む……一……杯……馳走……に……な……る」
「そ」
浄玻璃鏡もサロンに行ってお茶を飲むようだった。二人の会話を聞いた双魔の脳裏にふと、一つの疑問が浮かんだ。
「鏡華」
「なぁに?」
「……うちのクラスって何やるんだ?」
学年が一つ上がったわけだが、学園では基本的にクラス変えはない。正式に講師となったことで双魔は魔術科に転属したことになるが、遺物科にも席は残っているためクラスの一員であることは変わりない。のだが、昨年末から準備はしていたようだが、評議会の仕事に拘束されていた双魔は何の出し物をやるのか知らなかった。
(……まあ、正直、あまり興味がなかったのは秘密だ……)
全体的に興味はないのだが、ここまで直前になると少し気になった。準備と称して、鏡華が家で縫物や書き物をしていたのは知っているが、具体的に何をするのかは聞いていなかった。
「噓っ!信じられない!双魔、自分のクラスの出し物も知らないの!?……って思ったけど、双魔はそうだよね……うん、仕方ないか……」
アッシュの呆れと諦めの視線がチクチクと刺さる。コミュニケーション能力の高いに人気者は聞くまでもなくしっかり準備に参加していたようだ。
「……鏡華」
「ほほほ、双魔も忙しかったさかい、仕方あらへんよ。アッシュはんも堪忍なぁ?」
「……まあ、確かに僕も騎士団は通常業務だけだったから……双魔の方が忙しかったよね……」
縋るように鏡華を見ると微笑みながら慰めてくれた。鏡華に言われアッシュの視線も少し同情的になった。アッシュも双魔と同じように王宮騎士団所属の身だが、以前、ロンドンの中心にムスペルヘイムの巨人が現れた時のような非常事態でない限りは拘束時間が短く、双魔より多忙ということはあまりないのだ。
「給仕……」
「メイドさんとか執事の衣装で接客するやつ。日本にもあるでしょ?」
「ああ……なるほど……」
確かにそんな趣旨の喫茶店があるというのには双魔も覚えがある。客を館の主人に見立て、店員たちがいろいろなサービスを行う店だったはずだ。
「……ということは……縫ってたのはその衣装か……」
鏡華が左文と一緒に縫っていたのはメイド服、もしくは執事服なのだろう。
『おかえりなさいませ。旦那はん』
一瞬、グングニルのようなメイドの衣装に身を包んだ鏡華の姿が思い浮かんだ。とても似合っている。が、他人に見られるのはどうか。思考に釣られて自然と鏡華に視線が向いた。
「何?……ああ、ほほほほ……安心してええよ。うちは裏方。お料理作るだけやから」
「っ!そうか……」
「……まあ、双魔が見たいんやったら、家で着てもええけど……ほほほほ」
「……」
考えていることを見透かされた上に、魅力的な提案をされては、双魔は照れを誤魔化すのにだんまりを決め込むしかない。
「……また、すぐイチャつくんだから」
「……イチャついてない」
「見苦しいよ!ね?イサベルさん?」
「確かに……少し恥ずかしいけれど……普通じゃないかしら?」
「ああ……イサベルさんも双魔の味方だった……」
アッシュは真面目なイサベルに同意を求めたのだが、顔を仄かに赤らめてやんわり否定されてしまった。
(……イサベルさんも他人の目がなかったら……結構、積極的なのかも…………)
「アッシュは……あれだ。コーヒーの監修したんだろ?」
「うぇ?あ、うん。そうだよ?」
イサベルが双魔と二人の時にどんな顔をしているのか、想像しかけたところで双魔に訊ねられたので頷く。
「そうだよな……アッシュのコーヒーに鏡華の料理か……普通の喫茶店として客が集まるんじゃないか?どっちも美味いからな」
「っ!そ、そんなにいきなり褒めたって何も出ないよ!?」
「……何をそんなに慌ててるんだ?」
「…………」
突然、双魔に褒められてしどろもどろになるアッシュを、イサベルがじっと見つめていた。
「カフェか!美味なものがありそうだ!ソーマ、我もその給仕のカフェと言うのに行ってみたいぞ!」
「そうだな。時間があったら一緒に行ってみるか……レーヴァテインも行くだろ?」
「っ!……お姉様が一緒なら……」
物珍しそうな話と食べ物に釣られたのかティルフィングは興味津々だ。レーヴァテインも一緒に行きたいのだろうが外では大人しいので誘ってみるとボソボソと呟きながら頷いた。
「……ずっとこれくらい大人しければ……我も我慢できると思うのだが……」
家の中とのギャップに、ほとんど愚痴を言わない素直なティルフィングが思っていることをポロッと漏らしていた。双魔の見立てだと、ティルフィングはレーヴァテインを心の底から嫌っているわけではない。妹ということが事実なのかとその存在への混乱。それと、過剰にベタベタとくっついてくるレーヴァテインなりの姉への愛情表現が鬱陶しいのだろう。
(……そのうち、レーヴァテインが距離感を掴んでくれることを祈るしかないか……)
ティルフィングと契約を交わしてからというもの、とても楽しいが、気苦労も絶えない。双魔は思わず苦笑を浮かべた。
そうして賑やかにしているうちに各自が分かれる場所に差し掛かる。
「んじゃ、俺たちはこっちだな」
「うん。お仕事頑張ってな」
「ソーマ、後で評議会室に行くぞ!」
双魔たちは手を振りあうと、それぞれ目的の場所に足を向けて別れるのだった。
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