第413話 命名!

 「……まあ、そうだよな……はぅ……」


 予想通りの答えが返ってきた双魔は小さく息を吐いて、女の子を膝の上に座らせた。ここに来てからの反応から察するに、首を傾げる時は本当に分からない時だ。


 「ソーマ、どうするのだ?」

 「どうするって……」

 「名前が分からないなら、双魔君がつけてあげればいいんじゃないかしら?」

 「確かに、それがええかもね……色々呼ばれたらこの子も混乱してまうかもしれへんし……」

 「ゲロロ!ちげぇねぇ!何しろ”ぱぱ”って呼ばれてるんだからな!子に名前を与えてやるのは親の仕事だぜ?坊主」

 「いつまでもおチビちゃんって呼ぶわけにもいかないし……私もいい考えだと思うわ!双魔さん、お名前、つけてあげて頂戴」

 「……名前……俺が……いや、まあ、俺しかいないか…………」


 巨樹の精霊に取り敢えずの名前を付けてやるのには双魔も賛成だ。そして、ここにいる中で名前を付けるのが自分だと言うのも理に適っている。理に適ってはいるのだが……。


 (名前……名前か…………)


 名前を考え、付けてやるというのは、なかなか責任が重いことだ。少なくとも、降って湧いたように直面すると非常に悩ましい。双魔は人はもちろん、動物に名前を付けた経験もないのだ。


 「…………」

 「「「「「…………」」」」」

 「??」


 腕を組んで、両目を閉じ、長考の姿勢に入った双魔を鏡華たちはお茶を飲みながら静かに見守る。膝の上の女の子は突然静かになったのが不思議なのか、双魔の顔と皆の顔をきょろきょろ見比べている。


 (…………特徴から攻めるのが定石か……となると……”フタバ”とかになるのか?それだと安直すぎるか?っても、正式な名前が分からない以上は愛称くらいにとどめておくのがいいか……愛称……愛称なぁ…………)

 (フフフフッ!どうやらお困りのようね!)


 「っ!」

 「「「「っ?」」」」

 「む?思いついたのか?」


 双魔がうんうん唸っていると突然聞き覚えのある声が聞こえた。思わず両目を見開いて周りを確認する。が、声の主は見当たらない。目に映るのは突然動いた双魔を見て驚いている皆だけだった。


 状況を確認して冷静になった双魔は声の主の正体を思い出した。そして、息を落ち着かせるともう一度目を閉じ、椅子に身体を預けた。


 (……フォルセティか?)

 (フフッ!正解よ。困っているみたいだかったから出てきちゃった)


 脳内で語りかけると明るい声が返ってきた。


 (あれ以来だんまりだったのに……どういう風の吹き回しだ?)

 (何となく、よ。普段は貴方がティルフィングと一緒にいる時と、ここぞという時以外は見ないようにしているの。恋人さんたちと一緒にいるのに、中から見られているなんて嫌でしょう?)

 (…………アンタな……)


 からかうように言ってくるフォルセティに双魔は言葉が出ない。確かに、四六時中中から見られているとするならば、プライベートもへったくれもないので、心遣いに文句を言うのも違うだろう。


 (……それで、今はここぞという時なのか?)


 双魔が聞くとフォルセティは満面の笑みを浮かべるだけだった。如何やら答えるつもりはないようだ。


 (……まあ、こっちで勝手に判断するが……この子はアンタと浅からずな関係があるってことだな?)

 (フフフフッ!どうかしら?今はそんなことは置いておきましょう?早く名前を決めてあげないと、その子が可哀想よ。……名前があるということは世界に存在が認められることに他ならないんだから……というわけで、イメージをあげるわ。あとは、双魔の口から自ずと出るはずだから!それじゃあ、またね!)

 (オイッ!フォルセティ?フォルセティ!?…………返事なしか……ん?)


 フォルセティの返事はなかった。また引っ込んでしまったらしい。それと同時に一つの名が、双魔の脳裏に浮かんでいた。


 一方、双魔が一度目を見開いてから、見守る鏡華たちは視線で会話を交わしていた。


 (……さっきのあれは何だったのかしら?)

 (ゲロ……さぁなぁ……また、だんまりになっちまったしなぁ……)

 (鏡華さん……)

 (うん、なんや思いついて、考え直してるんやと思うけど……)


 「ソーマはまだ思いつかないのか?」

 「ティルフィングはん、もう少し静かにしててあげへんと……」


 焦れてきたティルフィングを、鏡華が人差し指を唇に当てて宥めたその時だった。


 「……ユー……」

 「っ!双魔君?」


 双魔が何かを呟き、その後、ゆっくりと目を開いた。


 「ソーマ!決まったのか?」

 「……ん、まあ……一応……」


 目をキラキラと輝かせながら訪ねてきたティルフィングに、双魔は歯切れの悪い返事をした。


 「……決まったならよかったわ。そしたら……その子に教えてあげんへんとね」

 「?」


 何が起きたのか分かっていない女の子は双魔の顔を見上げて、双葉をぴょこぴょこ揺らしている。


 「ん、そうだな……」

 「ぱぱー?」


 双魔は女の子を抱き上げて、こちらを向かせる。女の子は首を左右に傾げている。


 「……お前さんの名前は…………」

 「「「「「…………」」」」」


 全員の視線が再び双魔と女の子に集まった。誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえたような気もする。


 「……お前さんの名前は……ユー……だ」

 「……ゆー?」

 「ん、そうだ。今から、お前さんのことをユーって呼ぶ。嫌か?」

 「っ!ゆー?」


 女の子、改め、ユーは双魔の問いに、フルフルと首を振ると、どこか不思議そうに、嬉しそうに自分を指さして、付けてもらった名前を口にした。


 「ん、ユーだ」

 「……えへー……ゆー、ぱぱすきー!」


 ユーは嬉しそうに双魔に抱きついた。ぴょこぴょこ揺れる双葉が双魔の頬をこしょこしょとくすぐるように当たってむず痒い。が、何はともあれ気に入ってくれたようで双魔は安心した。


 「ユー……ユーか!うむ!呼びやすくてよいではないか!」

 「せやねぇ、響きも可愛らしいし……ええんやない?」

 「そうね、本人も気に入ったみたいだし……フフッ、嬉しそう」

 「不思議と親しみやすい感じもするわね……よかったわね。いいお名前を付けてもらって」

 「う!」


 (…………ふぅ……フォルセティ様様だな……)


 ルサールカにそう聞かれたユーは大きく頷いた。本人だけでなく、皆からも好印象で双魔は心の中で一息ついた。フォルセティが「どういたしまして!」ろ言ったような気がしたが、気のせいかもしれない。


 「おい、坊主」


 無事にユーの名前も決まり、和気藹々とした雰囲気となる中、ヴォジャノーイが顔をしかめて、ガラガラ声を上げた。皆の視線が集まる。


 「ん?なんだ?……おっちゃんは……気に入らなかったか?」


 双魔の質問に一瞬、テーブルに緊張が走った。表情から察するにユーの名前が気に入らないというのも十分あり得る話だ。が、それは杞憂だった。


 「ゲロ?いんや?チビ助も気に入ってるみたいだしな。双魔が名前つけたんだからそこはいいんだが……何で”ユー”なのかと思ってな?」

 「…………そう言われてみると……」

 「確かに…………」

 「むぅ?」

 「……なんでだろうな?」


 ヴォジャノーイに同意するように皆の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。双魔の頭の上にも。


 「って!どうして双魔君も不思議がってるの?」


 イサベルがすかさず双魔に鋭い突っ込みを入れた。突っ込まれた本人の顔は全く冴えなかった。


 「……いや、なんととなく付けたからな……何でと言われても……」


 (……フォルセティの声が聞こえなくなるのと同時に思い浮かんだだけだからな……理由を聞こうにもフォルセティから返事はないしな……)


 「ま、ええやないの。ユーちゃんも喜んでるんやし」

 「えへー!」


 鏡華の言う通り、ユーはずっとご機嫌だ。今も双葉が激しく揺れている。


 「名前に特に理由がないことは珍しくないんじゃないかしら?私たちの仲間だって、どうしてそんな名前なのかしら?って不思議に思う精霊が沢山いるわ」

 「ゲロ?そうだな……ゲロロ!坊主、野暮なこと聞いちまったぜ!許してくれ!」

 「ん……別にいい……な、ユー?」

 「う!」


 ユーは両手を大きく広げてぶんぶん振って見せた。「気にしてないよ」のサインか、はたまたヴォジャノーイの質問の意味が分かっていないのか。そこは判断が難しいが、双魔と同じように怒っていないのは間違いない。


 「んじゃ、改めて、ユー、よろしくな?」

 「う!」


 ユーは双魔の顔を見て大きく頷いた。こうして、無事、巨樹の精霊の名は”ユー”と言う不思議なものに決まったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る