第414話 急な報せと贈り物
「さて、聞きたいことも、話したいことも済んだし……今日はこの辺で暇するかね?」
「お?なんだ、もう帰っちまうのか?」
「左文も待たせてるからな……また、気が向いたら来る」
双魔はユーを抱いたまま、ゆっくり立ち上がった。それを見て鏡華とイサベルも立ち上がって、頭を下げた。
「そしたら、うちらも……お茶ご馳走さまでした。楽しかったです」
「ルサールカさん、ヴォジャノーイさん、また今度お話を聞かせてください!」
「ええ、私も楽しかったわ。双魔さんに頼まなくちゃいけないと思うけれど、いつでも来て頂戴。待っているわ」
「はい!」
「む?帰るのか?少し待って欲しいぞ!はむっ……むぐむぐむぐ……」
ティルフィングは双魔が立ち上がったのを見ると慌てて残っていたお菓子を口に詰め込みはじめた。すぐに 頬が膨らんで栗鼠のようになってしまう。
「あらあら、ティルフィングさん、残っているお菓子と一緒に包んであげるから、無理しなくても大丈夫よ」
「むぐっ?むぐ……もぐもぐもぐ……ごくんっ!そうか?それならばお願いするぞ!」
「そんなにたくさん作ったのか?」
「ええ、何となくたくさん作った方がいい予感がしたの。大正解だったわね。少し待って頂戴」
「ん、ちょっと待ってくれ」
お菓子を取りにキッチンに向かうルサールカを双魔は呼び止めた。
「どうかしたの?」
「できれば包みを二つにして欲しいんだ……もう一人食いしん坊がいてな」
「あら、そうなの。分かったわ!」
ルサールカは目配せをすると大きな籠を手に取って楽し気にキッチンへ歩いていった。
「それじゃあ、外で待ってるか」
双魔が扉を開けて外に出る。ルサールカ以外の皆がそれに続いた。
外に出るとユーの本体である巨樹がざわざわと葉を揺らしていた。心なしか来た時よりも葉が艶やかで美しく見えた。
「お?ゲロロロロロ!いつもより綺麗に見えるな。やっぱり、チビ助の気分に影響されるんだろうな!」
ヴォジャノーイも同じような感想を抱いたのか、豪快に笑い声をあげた。それに影響されて空気がビリビリと少し揺れる。
「ソーマ、ユーはどうするのだ?むぐっ?」
「ティルフィングはん、クッキーの欠片がついてはるよ」
お菓子の食べかすがついたティルフィングの口元を鏡華が持っていたハンカチで拭う。
「ん?そうだな……左文にも改めて紹介した方がいいだろうから……取り敢えず連れ帰るかな?」
「……確かに……ユーさんを見た時に一番動揺していたのは左文さんだったかもしれないわね……」
イサベルの言葉に鏡華と双魔の脳裏にも、静かに怒る左文の迫力ある笑みが浮かんだ。
「ゲロロ!チビ助も連れてっちまうのか?こっちはしばらく寂しくなるな。ルサールカ?……ゲロ?」
ヴォジャノーイは丁度、大きな籠一杯にお菓子の包みを入れて水車小屋から出てきたルサールカに笑いながら声を掛けた。が、それを聞いたルサールカはどこか不機嫌だった。
「あら、貴方は私と二人きりじゃ不満なのね?」
「ゲロ!?そ、そんなこと言ってねぇじゃねぇか!俺はお前がいるお蔭で全然寂しくはねぇ!けど、二人じゃ賑やかには……ゲロ?」
「フフフフッ!冗談よ。私も貴方と二人で十分だけれど、双魔さんたちがいた方が賑やかでいいと思うわ!というわけで、はい、どうぞ!持っていってちょうだい。お土産に桜の茶葉も入れておいたから皆で分けてね?」
「ん、ありがとさん……おっちゃんは単純だから、あんまりからかってやると可哀想だぞ?」
双魔が片手で籠を受け取りながら言うと、ルサールカは楽しそうに笑った。
「フフッ!知ってるわ!それじゃあ、ティルフィングさん、鏡華さんとイサベルさんも、いつでも来てね!美味しいお茶とお菓子を用意しておくわ」
「うむ」
「よろしゅうお願いします」
「是非!ありがとうございました!」
「おチビちゃん……じゃなかったわ!ユーも、また遊びにおいで」
「う!るーちゃ!かえるさん!ばいばい!」
ユーは双魔に抱かれたまま、小さな手を一生懸命振っている。ヴォジャノーイとルサールカは優しい笑みを浮かべて手を振り返していた。
「んじゃ、帰るぞ。ティルフィング、持っておいてくれ」
「うむ!」
双魔はティルフィングに籠を渡すと、右腕で真一文字に空を切った。一瞬、空間に切れ目が入り、すぐに光の扉へと変化する。
双魔は振り向くとヴォジャノーイとルサールカに軽く手を振り、光の中に消えていった。ティルフィング、鏡華、イサベルも光の中に消えていき、やがて光は弾け、そこには何も残っていなかった。
「フフフフッ!いい娘たちだったわ。双魔さんは幸せ者ね」
「ルサールカ……その……だな……」
ルサールカが振り向くと、ヴォジャノーイが大きな身体を丸め、吸盤のある人差し指をつんつんと突き合わせ、モジモジしていた。如何やらルサールカがまだ不機嫌なのではないかと心配しているらしい。
「あら?可愛い人ね!私は最初から怒ってないわよ?ほら!ね?」
「ゲロォ!?」
ルサールカは勢いをつけてヴォジャノーイに抱きついた。抱きつかれたヴォジャノーイの青い顔はゆでられた蛸のように真っ赤になってしまうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……そろそろ戻ってきても良い頃ですが……」
双魔たちが箱庭で水車小屋の外に出た頃、アパートの番をしていた左文は時計を見てポツリと呟いた。丁度、双魔たちが箱庭に行ってから二時間が経っていた。普段なら、そろそろ夕食について考え始める時間だが、今日は他のことが気になってそれどころではなかった。
(……あの双葉が生えた幼子のことは分かったでしょうか?……冷静になれば坊ちゃまの御子なわけはないのですが……ティルフィングさんの時も……はぁ……私は駄目ですね……坊ちゃまのことで何かあると頭に血が昇ってしまって……)
左文が白湯の入った湯呑を揺らしながら、自分の性分を恥じていた時だった。
ピンポーン!
「っ!危ないっ!零すところでした!って、驚いている場合ではないですね。お客様でしょうか?」
慌ただしく立ち上がるインターホンの画面を覗き込む。映っていたのは男女一組、それぞれ執事服とメイド服を纏った見るからに一流の奉公人だ。
「はい、どちら様でしょうか?」
『私たちはガビロール宗家にお仕えする者でございます。こちらにお嬢様がお伺いしていると思われるのですが……ああ、申し訳ない。一応、身分の証拠となる物を』
執事とメイドはそれぞれ胸元につけた無花果の金細工をカメラ越しでも見えるように示した。無花果はガビロール宗家の徽章だ。身分に偽りはないようである。
「左様ですか……確かにイサベル様は当家にいらっしゃいますが……」
双魔たちはまだ箱庭に行ったまま帰って来ていない。説明するのも難しい。はてさて、そうしたものかと左文が困ったその時だった。
「……来……る……ぞ」
双魔たちが言ってから一切口を開かなかった浄玻璃鏡が声を出した。
「え?っ!」
次の瞬間、室内が閃光に充たされた。左文は咄嗟に目を腕で庇う。そして、数秒後、目を開けると、そこには四つの影。双魔たちが帰って来たのだ。
「ん、ただいま」
双魔の腕の中には双葉の生えた幼子がご機嫌といった表情で抱かれている。もう一度連れて帰って来たということは何か分かったのかもしれない。
「お、おかえりなさいませ……坊ちゃま、鏡華様、イサベル様……イサベル様?」
「?左文さん、何かありましたか?」
「イサベル様!丁度良かったです!今、玄関にガビロール宗家にお仕えしているという方がお二人訪ねていらっしゃいまして……」
「ガビロール宗家……あっ!!すっかり忘れてたわ!私が出ます!」
左文に来訪を伝えられたイサベルは何か重要なことを忘れていたのか、大慌てでリビングを飛び出し、玄関の方へと消えていった。
「イサベル、どうしたんやろ?」
「……さあな?ん?」
「む?ソーマ、どうしたのだ?」
「ぱぱー?」
「いや、そう言えば……俺が帰ってきた時にイサベルが玄関の前に立ってたんだが……何の用だったんだろうな?」
「……別に、何の用もなくても双魔に会いたかっただけかもしれへんやろ?」
「……いや、それはそうかもしれないけど……いや、うん……」
「とりあえず、双魔も出てき。当主公認の婚約者なんやから、仕える人たちにも顔覚えてもらわんと。ほぉら」
「あ、おい、押すな!っ左文!ちょっと預かっててくれ。ユー!すぐに戻ってくるからな!」
「坊ちゃま!?……」
「……う?」
「……少し待っていましょうか……」
左文は双魔に手渡された幼子と見つめ合う。幼子は不思議そうに首を傾げている。仕方がないので椅子に腰掛ける。
双魔を廊下に押し出した鏡華はすぐに戻って来た。
「……左文はんも怖がられへんね……うちは魔力の性質が炎やから、樹の精霊のその子には怖がられてしまうんやて」
「……まあ」
「左文!ルサールカにたくさん菓子を貰って来たぞ!」
ティルフィングが大きな籠一杯に詰められたお菓子を目を輝かせながら見せてくる。
「まあ、まあ!今度、ルサールカ殿とヴォジャノーイ殿にも何かお返ししなければいけませんね」
「「…………」」
そんなことを話していると話が済んだのか双魔とイサベルが戻って来た。双魔は戸惑いと照れ臭さが混じった困り顔。一方のイサベルは少し俯いて恥ずかしそうにして、胸元には何やら平たい木箱を抱えていた。
「話終わったん?早かったね?」
「…………ん……いや、俺も理解が追いついてないというかだな……」
「「「?」」」
双魔の様子から察するに想定外の出来事が起きているのは確かそうだが、深刻な事態というわけでもなさそうだ。
鏡華、左文、ティルフィングの三人は仲良く首を傾げた。
「あ、あの!え、えーとですね……これ!どうぞ!」
「うん?うち?何やろ……開けてええの?」
「は、はい!」
「……これは……ほほほ!なるほど!そういうこと」
鏡華はイサベルが勢いよく差し出した木箱を受け取ると蓋を開け、目を見張ったが、すぐに楽しそうに笑った。
「何が入っているのですか?お見せいただいても?」
「ええよ、見れば左文はんも察すると思うわ」
「……これはっ!……まさか、そう言うことでしょうか?」
鏡華にそう言われ、もう一度首を傾げた左文は箱の中身を目にすると、驚いてイサベルに訊ねた。
中に入っていたのは白い粉にまみれた少し灰がかった独特な色の麺、そう、蕎麦が入っていたのだ。
「ご、ご挨拶が遅れました!今日から隣の部屋に引っ越してきたイサベル=イブン=ガビロールです!ご迷惑をおかけするかもしれませんが……よろしくお願いします!!」
空回っているのか、気合が入っているのか、よく分からない大きな声と共に、腰が直角になりそうなほど頭を下げるイサベルを鏡華と左文は優し気に受け入れ、ティルフィングも興味津々。双魔は……やはり、困ったような笑顔を浮かべたが、そこには嬉しさが滲んでいた。
「ああ、そう言えば……丁度良かったか……イサベルに渡したいものがあったんだ」
「……私に?」
双魔は何かを思い出したのか、そう言うと懐に手を突っ込んでゴソゴソ探りだした。
「っと、これだ……まあ、何というか……俺からの気持ち兼引っ越し祝いってことで……」
双魔が差し出した手には掌に収まるほどの木箱が載っていた。照れているのか、双魔は手を真っ直ぐに伸ばしたままふいっと顔を逸らし窓の外を見ている。
「あ、ありがとう……」
「……ん」
イサベルは両手でそっと木箱を受け取った。双魔から貰う初めてのプレゼントだ。以前、花を貰った時も嬉しかったが、あの時は余裕がなかった。今は胸に温かさと熱さが満ちている。
「……開けてもいいかしら」
「……ん」
双魔は窓の外を眺めたままぶっきらぼうに頷いた。
「…………?」
箱のふたを開けると中には白い薄布に包まれた何かが入っていた。それをそっと手に取り、薄布を剝いでいき、やがてプレゼントが姿を現した。
「…………綺麗……」
出てきたのはため息が出るほど美しい、青紫色の花を象ったブローチだった。金細工と宝石で緻密に、まるで本物の花のように作られている。
「ブローチ……この花……どこかで見たような……」
イサベルはその花に見覚えがあった。ブローチをよく見ようとティルフィングと鏡華が覗き込んでくる。
「おおー!綺麗だな!鏡華の髪飾りに似ているぞ!」
「ほんに、綺麗やね……確かに、うちの簪に似てるかも……この花は……竜胆やね?」
「竜胆……っ!」
その花の名を聞いたイサベルの記憶が甦る。
『…………こっちの方がよく似合う』
『…………確か竜胆と言ったかしら?イスパニアではあまり見ない花だけど……フフフ、良く似合ってるわよ』
その花は、オーギュストとの見合いを避けるために、双魔を連れて両親に会った時、双魔がイサベルに一番似合う花として贈ってくれたあの花だった。
「…………」
はっとして双魔を見る。愛しい彼はあの時と同じように、照れ臭そうに顔を逸らしていた。
イサベルはブローチを両手で包み込み、胸の前に当てた。溢れ出しそうな気持ちを抑えるので精一杯だ。
「……双魔君……ありがとう……一生、大切にするわ……」
出てきたのは目一杯の気持ちを詰め込んだ、ありきたりの言葉。
「……ん」
彼はその言葉を聞いて、やはり、いつものように、少し頬を赤く染めてぶっきらぼうに返事をするのだった。
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